原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

医療依存脱却のため国民健康教育の構築を急ごう

2013年01月16日 | 時事論評
 昨日1月15日、自民党安倍政権は70歳~74歳の高齢者にかかる医療費窓口負担について、現法律で定められている通り本来支払うべき2割負担に戻さず、1割に据え置く措置を継続することを閣議決定した。

 当該年齢層高齢者の医療費窓口負担をめぐっては、現在特例的に定められている1割負担から、本来の2割負担に戻すかどうかの検討が行われていた。 しかし、低所得者に対する負担が多くなることなどから、政府は1割負担の特例措置を継続することを正式に決める事となったようだ。


 このニュースに関して、朝日新聞は早くも1月12日の社説において、「高齢者医療 国民はなめられている」と題して安倍政権の今回の決定に対し手厳しい批判を展開している。 

 早速当該朝日新聞社説の一部を以下に要約して紹介しよう。
 どうやら有権者はなめられているようだ。 安倍政権は今回の1割負担特例措置継続に関していつ法律通りの2割にするか、その決定を今夏の参院選後まで棚上げする見通しだ。 ねじれ国会解消のため、自公で参院の過半数を獲得するのが安倍政権の最優先課題であり、「負担増」のようなマイナス材料は極力少なくして、参院選を乗り切った後にすぐに2割引き上げ議論を開始する魂胆だ。
 1割を維持するのにかかる費用は年約2千億円。 これを安倍政権は13年度も「緊急経済対策」の予算案として計上する。 既に支出は1兆円に迫る。 その多くは後世代へのツケ回しである。 さすがに自民党内からも、いつまでも貴重な税財源を投じ続ける訳にはいかない、2千億円は次世代のために使った方がよいとの異論が出ている。  (中略)
 民主党政権を経て、有権者は社会保障に魔法の杖がないことを学んだ。 厳しい財政事情の下、高齢者にも相応の負担を求めざるを得ないことへの理解は広がっているはずだ。 そこを信頼しないでは、あるべき社会保障の姿は描けない。


 さてここから原左都子の私論に入るが、上記朝日新聞社説の内容を私なりの観点から3つに分類した上で、それぞれに対する私論を展開させていただくこととしよう。


 まず一つ目は、安倍政権が“参院選の「票取り」目的”で今回高齢者医療の一端である70台前半高齢者の医療費窓口負担を1割に据え置いたと論評している点。
 これに関しては、朝日新聞の批判通りである。
 
 国家が財政危機に陥り経済が低迷し国際競争力を失おうが、政権が短期間でコロコロ移り変わろうが、何処の政権もその行動原理とは常に“「票取り」目的”でしかない点に関して、実に辟易とさせられる。
 国民から「票」をもらって与党とならねば、党が理想とする政治の実現がままならないことは理解できる。 それにしても、あまりにもあからさまに「票取り」を前面に出されたのでは、朝日新聞の論評通り、政権は(国民はどうせ皆馬鹿ばかりだから)なめてかかろうと考えている魂胆が見え見えというものだ。
 上記社説の最後に記されている通り、前民主党政権の失策により国民は既に社会保障には“魔法の杖”がないことを学んでいる。 現政権はもうそろそろ「票取り」決議を取り止めて、税財源の投じ先を真剣に議論するべきである。


 2つ目の論点であるが、「高齢者医療負担軽減策 イコール 次世代へのツケ回し」 と明瞭に結論付けている上記朝日新聞社説論評に関して、少し原左都子なりに考察してみたい。

 現在の高齢者は過去の政治の“過ち”や“いい加減さ”により、年金制度を含む社会保障制度全般において、本人の現役時代の実力や社会貢献度以上に老後厚遇される結果となっている事実は否めないであろう。 それらが今の時代背景や世代間の公平さの観点から見直されるべきであることには私も異論はない。
 ところが、これが一端「医療費」となると如何であろうか。
 人間を含めた生命体とは年齢を重ねる毎に身体の老化現象と共に様々な不具合が生じるのが常であり、若い世代に比し疾病罹患や不意の怪我等が多発するのは避けられない運命にあろう。 だからこそ法律では70年代前半国民は2割負担として、3割負担の現役世代層とは区別しているではないか! との政府よりの反論も届きそうだ。
 そこで原左都子の私論としては、高齢者と若い世代との医療費負担に於ける整合性を保つための正確な試算を、今一度し直す作業から取り掛かることを安倍政権に提案したいのだが… 


 3つ目の論点として、いよいよ今回の「原左都子エッセイ集」のエッセイ表題に掲げたテーマに入ろう。

 そもそも「医療」というものを今一度政府も医療機関も国民も、皆が捉え直す事から再スタートするべきと私は常々考えている。
 この国に限らず、先進国においては医療という一科学分野が進化発展したが故に、国民は心身の不都合が生じると、安易に「医療」機関に依存するとの行動に出る事が常識化している現状だ。
 国民のその安易な行動こそが、医療行政とそれに迎合する民間製薬企業や医療組織との癒着を増強する後ろ盾となり、ひいては医療保険制度を圧迫し破綻に招いている。
 その結果、現在政権が今回閣議決定したがごとく高齢者医療費負担を1割2割いずれにするかとの(私に言わせてもらうと体たらく)議論に政権が翻弄される顛末となるのだ。

 高齢者は心身の老化現象により不具合が生じ易いと上記に記したが、これに関しても、少しばかりの専門力と日々の自己心身管理力により、個々人が自分にとってよりよい身体環境を維持することが可能である。 それを自ら実践可能な高齢者の皆さんは、おそらく老化現象にもめげず比較的元気にこの世を生き抜いておられることであろう。
  
 原左都子の日々の感覚によれば、「国民健康維持教育」が大いに遅れている我が国を実感させられてばかりである。
 何故この国でその種の教育が遅れているかと言えば、過去の政権が私利私欲に走り続け医療分野との癒着を増強し国民に医療現場受診を煽り続けて来た故であろう。
 
 今後は病気になったら医療に頼る教育よりも、自らの身体を健康に保つべく栄養・体力精神力増進に関する国民教育こそを子どもの頃から充実させるべきである。
 それが叶ったならば国家の医療費負担が大幅に軽減し、今回の閣僚決議もせずに済んだはずだ。

 (最後に参考であるが、原左都子が培った専門科学力を基に我が家に於いて日々指導する「健康維持教育」の賜物か、私と娘の昨年度の医療費は0(ゼロ)であり、母娘共比較的健康体でこの世を生き延びている。)