(写真は、昨日10月2日夕刻に原左都子が東京都内で撮影した虹)
昨日東京都内で出現した上記の虹をご覧になった方は、私以外にも存在するであろうか?
写真は虹の発生より時間が経過して後に撮影したため、既に消滅段階で形が崩れかかっている。
昨夕おそらく私は虹の出現より消滅まで30分以上に及んでこの虹を観察し続けたのだが、それはそれは稀に見る色彩くっきり鮮やかで大きく立派な虹だった。
一時は虹が描く半円アーチのすべての大パノラマも鑑賞可能だった。 その後雲がかかりつつも、昨日の虹は外円の薄い副虹も二重に伴いつつ、大東京の大空をバックスクリーンに素晴らしいまでの天空ショーを繰り広げた。
昨日の午前中は台風通過による雨に見舞われた東京だった。 午後になって雨がやむと同時に蒸し暑さが漂い始める中、私は所用のため外出した。 夕刻になり出先の建物より外に出ると、蒸し暑さが倍増し10月初旬とは思えないような不快な空気が我が身を襲ってくる。
この時期に、まさか熱帯夜が到来せねばよいのだが… などと危惧しつつ道を歩いていると、母親が男の子2人を引き連れた家族が程近い場所で同じ方向の道の帰りを急いでいる。
この親子に関して説明すると、母と幼稚園児程の下の男の子は自転車に二人乗りし、小学校中学年程と思しきランドセルを背負った長男がそれを追うようにハーハー息づかいで小走りしているシチュエーションである。 (こういう場合、母親は自転車から降りて長男の歩行に合わせ自転車を引いて歩いたらどうなのか?)などとの、要らぬお節介老婆心が我が脳裏に湧き出る。 (そうではなく、自転車に子どもを乗せた状態で引き歩くのは重労働なのだろうか?)なる母親擁護心も伴いつつ、長男と母親との会話が私の耳元に届いてくる。
長男曰く「○○を買って欲しい」 母が応えて曰く「そんなもの必要ないよ!」
長男君が息を切らしつつ母に訴えるその嘆願を端で聞いていると、単に“だだをこねている”と言うより、ある程度の論理性を持って母親にそれを購入する妥当性を訴えている様子だ。 にもかかわらず、あくまでも母親の回答は「No!」一辺倒の様子だ。
その時である。
空を見ていた長男君が叫んだ! 「あっ。虹だ!」
私はすぐさま長男君の視線の先の大空を見上げた。
長男君の叫び声に、一家の母も弟も自転車から降りて空に視線をやった。 「ほんとだ! わあ~、きれい!!」
その後一家は3人一緒に大空の虹に見入ったようだ。 長男君の嘆願も一旦中止となり、一家は虹を眺めながら仲良さそうに帰り道を歩んで行った。
いや、この虹が実に実に美しい。
私も我が家への帰り道を急ぎつつ、反対方向から来る小学生女児団体が背面にあるこの虹に気付いていない風景に出会った。 よほど「ほら、みんな。素晴らしい虹が出てるよ!」と教えてあげたかったものの、女児達の大声での盛んなおしゃべりの程に圧倒され、言いそびれた……
その後角を曲がり車の通りが少ない公道上で、私は携帯を取り出し滅多に見る事のない立派な虹を写真撮影する事とした。 そうしていると、やはり虹を背面に一人で下校中の小さい男児が私の撮影に気付いた。 (この人、何を写しているのだろう?)なる懐疑心の下、男の子はすぐさま私のカメラターゲットである背面空の虹を振り返り「すごい!!」の歓声である! 私も「すごいね!」と返すと、少年はほんの少し微笑み返してくれた。
私の携帯撮影を背後で見ていた高齢女性が声をかけて下さる。「本当に綺麗ですね。」 応えて私曰く「こんな立派な虹を東京で見られる事は滅多にないですね」 それに更に応えて女性曰く、「さっきはもっと綺麗だったのですよ。そろそろこの虹も消え去るのでしょうね。」…
いやはや、大都会東京に於いて行きずりの人々と会話をする機会など普段は皆無と言ってよい現世ではなかろうか? 特に下手に小学生程の小さい子どもに声をかけようものなら、不審者扱いされかねない現代の悲しい社会事情だ。
にもかかわらず大都会における人と人との一期一会の心の触れ合いを、天空のいたずらにより突如出現した虹が一時もたらしてくれる昨夕の出来事だった。
最後に「虹」との自然現象に関してウィキペディア情報の一部を以下に引用しよう。
虹とは、赤から紫までの光のスペクトルが並んだ円弧状の光である。 気象現象の中でも大気光学現象に含まれる。
太陽の光が、空気中の水滴によって屈折、反射されるときに水滴がプリズムの役割をするため、光が分解されて、複数色(日本では七色とされる)の帯に見える。 雨上がり、水しぶきをあげる滝、太陽を背にしてホースで水まきをした時などによく見ることができる。虹は多色の分類に含まれるかもしれない。
過去に於いて、私は航路によりアンカレッジ経由でヨーロッパを訪問する飛行道中で「オーロラ」を窓から一見したことがある。 オーロラとは形を変えつつ様々な色合いで天空をショーアップする自然現象と捉えている。
それももちろん美しい事には違いないのだろうが、「虹」の美しさとは特別ではなかろうか?と昨夕再認識させられたのだ。
あの半円形の幾何学的七色の光スペクトルが、庶民にも堪能できるべく世界中の各所で出現するのだ。
こんな自然界の奇跡とも表現可能な「天空ショー」を、人生何度目かに昨夕垣間見る事が叶った私の今後の人生も、是非共虹色に輝きたいものである。
昨日東京都内で出現した上記の虹をご覧になった方は、私以外にも存在するであろうか?
写真は虹の発生より時間が経過して後に撮影したため、既に消滅段階で形が崩れかかっている。
昨夕おそらく私は虹の出現より消滅まで30分以上に及んでこの虹を観察し続けたのだが、それはそれは稀に見る色彩くっきり鮮やかで大きく立派な虹だった。
一時は虹が描く半円アーチのすべての大パノラマも鑑賞可能だった。 その後雲がかかりつつも、昨日の虹は外円の薄い副虹も二重に伴いつつ、大東京の大空をバックスクリーンに素晴らしいまでの天空ショーを繰り広げた。
昨日の午前中は台風通過による雨に見舞われた東京だった。 午後になって雨がやむと同時に蒸し暑さが漂い始める中、私は所用のため外出した。 夕刻になり出先の建物より外に出ると、蒸し暑さが倍増し10月初旬とは思えないような不快な空気が我が身を襲ってくる。
この時期に、まさか熱帯夜が到来せねばよいのだが… などと危惧しつつ道を歩いていると、母親が男の子2人を引き連れた家族が程近い場所で同じ方向の道の帰りを急いでいる。
この親子に関して説明すると、母と幼稚園児程の下の男の子は自転車に二人乗りし、小学校中学年程と思しきランドセルを背負った長男がそれを追うようにハーハー息づかいで小走りしているシチュエーションである。 (こういう場合、母親は自転車から降りて長男の歩行に合わせ自転車を引いて歩いたらどうなのか?)などとの、要らぬお節介老婆心が我が脳裏に湧き出る。 (そうではなく、自転車に子どもを乗せた状態で引き歩くのは重労働なのだろうか?)なる母親擁護心も伴いつつ、長男と母親との会話が私の耳元に届いてくる。
長男曰く「○○を買って欲しい」 母が応えて曰く「そんなもの必要ないよ!」
長男君が息を切らしつつ母に訴えるその嘆願を端で聞いていると、単に“だだをこねている”と言うより、ある程度の論理性を持って母親にそれを購入する妥当性を訴えている様子だ。 にもかかわらず、あくまでも母親の回答は「No!」一辺倒の様子だ。
その時である。
空を見ていた長男君が叫んだ! 「あっ。虹だ!」
私はすぐさま長男君の視線の先の大空を見上げた。
長男君の叫び声に、一家の母も弟も自転車から降りて空に視線をやった。 「ほんとだ! わあ~、きれい!!」
その後一家は3人一緒に大空の虹に見入ったようだ。 長男君の嘆願も一旦中止となり、一家は虹を眺めながら仲良さそうに帰り道を歩んで行った。
いや、この虹が実に実に美しい。
私も我が家への帰り道を急ぎつつ、反対方向から来る小学生女児団体が背面にあるこの虹に気付いていない風景に出会った。 よほど「ほら、みんな。素晴らしい虹が出てるよ!」と教えてあげたかったものの、女児達の大声での盛んなおしゃべりの程に圧倒され、言いそびれた……
その後角を曲がり車の通りが少ない公道上で、私は携帯を取り出し滅多に見る事のない立派な虹を写真撮影する事とした。 そうしていると、やはり虹を背面に一人で下校中の小さい男児が私の撮影に気付いた。 (この人、何を写しているのだろう?)なる懐疑心の下、男の子はすぐさま私のカメラターゲットである背面空の虹を振り返り「すごい!!」の歓声である! 私も「すごいね!」と返すと、少年はほんの少し微笑み返してくれた。
私の携帯撮影を背後で見ていた高齢女性が声をかけて下さる。「本当に綺麗ですね。」 応えて私曰く「こんな立派な虹を東京で見られる事は滅多にないですね」 それに更に応えて女性曰く、「さっきはもっと綺麗だったのですよ。そろそろこの虹も消え去るのでしょうね。」…
いやはや、大都会東京に於いて行きずりの人々と会話をする機会など普段は皆無と言ってよい現世ではなかろうか? 特に下手に小学生程の小さい子どもに声をかけようものなら、不審者扱いされかねない現代の悲しい社会事情だ。
にもかかわらず大都会における人と人との一期一会の心の触れ合いを、天空のいたずらにより突如出現した虹が一時もたらしてくれる昨夕の出来事だった。
最後に「虹」との自然現象に関してウィキペディア情報の一部を以下に引用しよう。
虹とは、赤から紫までの光のスペクトルが並んだ円弧状の光である。 気象現象の中でも大気光学現象に含まれる。
太陽の光が、空気中の水滴によって屈折、反射されるときに水滴がプリズムの役割をするため、光が分解されて、複数色(日本では七色とされる)の帯に見える。 雨上がり、水しぶきをあげる滝、太陽を背にしてホースで水まきをした時などによく見ることができる。虹は多色の分類に含まれるかもしれない。
過去に於いて、私は航路によりアンカレッジ経由でヨーロッパを訪問する飛行道中で「オーロラ」を窓から一見したことがある。 オーロラとは形を変えつつ様々な色合いで天空をショーアップする自然現象と捉えている。
それももちろん美しい事には違いないのだろうが、「虹」の美しさとは特別ではなかろうか?と昨夕再認識させられたのだ。
あの半円形の幾何学的七色の光スペクトルが、庶民にも堪能できるべく世界中の各所で出現するのだ。
こんな自然界の奇跡とも表現可能な「天空ショー」を、人生何度目かに昨夕垣間見る事が叶った私の今後の人生も、是非共虹色に輝きたいものである。