原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

独裁義父母からの脱却

2009年12月14日 | 人間関係
 結婚以来、我が嫁ぎ先の義父母からの信頼が厚く厚遇を受け続けている私にとっては、別世界物語のようなアンビリーバブルなほどに不幸を背負い込んでいる主婦の相談を目にした。


 早速、朝日新聞12月12日(土)別刷「be」“悩みのるつぼ”より、「財産を握る義父がひどすぎます」と題する40代主婦の相談を、以下に要約して紹介しよう。
 20代前半で義父一代で築いた商家に嫁いだ主婦だが、独裁者ともいうべき義父母は男尊女卑の傾向が強い。血縁のみ大事、嫁は他人だという家の中でずっと苦しんでいる。 夫は肩書きのみ名ばかりの社長で、すべての実権は義父が握っている。子ども達も進学し家計が苦しいので、自分達が掛けている生命保険から借り入れをしたいが、その権利書を握っている義父に対して夫は「オヤジに渡してくれとは言えない」の一点張り。 義父は多額の財産を運用するため嫁や孫の実印を勝手に作ってまで株や預金をやりたい放題。 結婚してすぐ妊娠した時には「男を産め!」の連呼で、女の子を産んでノイローゼになりそうな私に「男を産むまで何人でも産んでちょうだい」、「女の子はいらないから始末しなさい」との義母の言葉で、難産になった。 その後も書ききれないほど辛いことばかりだ…
 (以上、“悩みのるつぼ”の相談より要約引用)


 早速、私論に入ろう。

 厳しい見方をするが、この相談主婦の生き方はあまりにも「受身」的であると私は感じざるを得ない。
 前近代的で“独裁者”である義父母を相手に、民主的な家庭を築き直すべく“意見交換”に挑もうとした歴史がこの主婦に結婚後一度でもあるのだろうか?  それともDV(ドメスティック バイオレンス)の被害者のように既に独裁の恐怖心にがんじがらめになっていて、服従するより手立てが取れないまでに病的な心理状態に陥っているのであろうか?

 それ以前の問題として、「夫」との関係や「夫」の考え方は如何なるものなのだろう?  相談から推測するに、親には楯突けない“軟弱者”の夫であることは明白なようだが、夫婦関係に関する主婦側からの不満はどうやらない様子である。 それにしても、義父母と嫁との関係においてその仲立ちとなって家庭をまとめるのは「夫」の役割であるのに、この主婦の夫はどうやらその役目を果たす力量が皆無のようだ。
 何故にそんな軟弱者の夫と結婚する決断をしたのかの主婦の心理が不可解である一方で、相談内容からはとりあえずは主婦側に離婚願望はない様子でもある。 ということは、この相談主婦は“独裁義父母”の下での結婚生活続行を前提として、その独裁からの脱却の糸口を見出すべく新聞に相談を持ちかけているのであろう。


 辛い思いをしている相談者に対しては酷で失礼かもしれないが、この種の理不尽なまでの“不幸”を好き好んで背負い込んでいる人種とは、元々そういう気質や素質を自ら内在させているからこそ、そういう結果がもたらされるのではないかとも思うのだ。

 相談内容の冒頭に「20代前半で商家に嫁いだ主婦」とある。 あくまでも私の推測の域を超えていない話なのだが、この主婦は20代の若気の至りでの結婚に際して「私も将来は商家の社長夫人だわ~~ これは美味しい!」などと、自分勝手な夢物語を描いたのではあるまいか?? 
 これが私のように世間を散々渡り歩いた海千山千の後の晩婚ともなると、身勝手で我が身息災な結婚後の事細かい計算まで出来てしまうものなのだ。 「商家? 経済情勢が厳しくなると必ずや経営難に落ち込むぞ。 それに義父母が牛耳っている商家の嫁なんて、単にただ働きさせられるだけじゃん… 勘弁して欲しいよねえ~」 (不謹慎でスミマセン…
 
 それにしてもこの主婦は結婚後早めに「夫」をコントロールしつつ、義父母の“独裁”に対して異議申し立てをするべきだった。 それを実行できる力量が夫同様にこの主婦にも元々備わっていないように見受けられる。
 片や、義父母の立場からその目線で考察すると、我が家の嫁は実に“不甲斐ない存在”でしかなくイライラしているのかもしれない。頼りない息子を嫁が陰ながら支える事に期待していたのかもしれない。 にもかかわらず、自分から何らかの主義主張がある訳でもなく何を言っても反論もない割には、商家の嫁としての働きもイマいち…
 だとすれば、この相談者の家族関係がギクシャクする要因は、この相談主婦もその「夫」も含めた全員にあることは明白な事実だ。


 たとえ社会的には小さいコミュニティである一家庭であろうと、一集団内における人間関係の“相互の影響力”を心得られる家族の誰かがリーダーシップをとるべきである。 一家のわだかまりを払拭しつつ建設的にまとめる力量を有する人材が一人でも存在するならば、その家庭は永遠に安泰なのではなかろうか。 (国政と同じ論理なんだけどね~)

 そのようなリーダーシップ力は発揮できずとも、いつ何時も如何なる時代においても他者を思いやる繊細なハート  が、人間関係が円滑にゆく要素として欠かせないものである。(嘘くさい言葉だけの「友愛」じゃなくてね~)
 この相談主婦も少し心に余裕を持って「独裁義父母」を観察してみると、以外や以外“いい人達”である部分も必ずや発見できるはずである。

 他者を恨みつつ生きるよりも、他者から厚遇されながら生きた方が幸せであるに決まっている。 その他者が身近な存在である程、享受する幸せ感も間近なものと私は実感しつつ、いつもちょっとだけ「おりこうさん」を肝に銘じて、私は今日もこの世を渡り続けているのだけどね…  
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女子ロッカールームの“異変”

2009年12月12日 | その他オピニオン
 世の殿方を喜ばせる目的でこの手の記事を綴ろうという訳ではないのだが、今、明らかに女子ロッカールームにおいて“異変”が起きている。

 今回は、まさに“無秩序空間”と化しているそんな今時の女子ロッカールーム内部の実態を、原左都子がレポートすることにしよう。


 この秋、某スポーツジムに入会した私であるが、当初から嫌な予感はあった。

 入会契約時の書類の一つとして、ジム利用上の“ルールとマナー”に関する文書を手渡されたのだが、これが良識のある人間にとっては今の時代“お節介”に過ぎない事例の例外ではなく詳細に渡っているのだ。
 例えば、「体調がすぐれないときは施設の利用をお控え下さい」「体力体調に無理のないレッスンをお選び下さい」「非常時にはスタッフの指示に従い、落ち着いて行動して下さい」…  これらに関しては人命にかかわる事項であるため、ジム側としても法的に記載責任がある内容であろう。
 一方、「マシンの独占は避けて下さい」「ジム内に留まっての長話はご遠慮下さい」…  このような各自の良識で行動すべき事柄にまで“ルールとマナー”の記述は詳細に渡っている。 規律として管理者から制限されなければ常識的な行動がとれない人種が増殖している今の時代を、こんな所でまた実感させられる思いである。

 そして、今回の記事のテーマに直結する“ルール”として、「ロッカールームやパウダールームでは“身体にタオルを巻くなどして、裸でのご利用はご遠慮下さい」との記載があったのだ。
 (へえ~~。  小さい子どもじゃあるまいし、今時は人前を“素っ裸”で歩き回る大人が増殖しているのだろうか??? まさかねえ…


 ところが、その“まさか”に直面する日は直ぐにやって来るのだ。

 ジムに通い始めた初日のことである。
 トレーニングウェアに着替えるために女子ロッカールームに入った私は、いきなり衝撃的な風景を目の当たりにして驚愕させられたのだ。  20代位の妙齢の女性が、体のどこをも包み隠さない“すっぽんぽん”の姿で威風堂々と私の方へ迫ってきたのである。
 ここでこの女子ロッカールームの館内での配置を説明すると、ロッカールームを中心に、それと直結してシャワールーム、ジャグジーやサウナルーム、そしてパウダールームやトイレが併設されている。 そのため、エクササイズの終了後、着替えの前にシャワールーム等を利用したい場合はロッカールームで裸になるのはやむを得ない。 ところが、ロッカールームが広いためシャワールーム等との間にある程度の距離があるのだ。その通路で人と行き交うことになる。 そのためジム側が定めた“ルール”において、タオル等の着用を推奨し“裸”で歩くことを規制しているのである。 
 ところが、特に若い世代の女性に多いのだが、この“タオル規制”は守られずに“すっぽんぽん”での通路通行が横行している実態なのである。

 昨日など、エクササイズを終了して化粧直しのためにパウダールーム(化粧室)に入ったところ、ここにも“すっぽんぽん”の妙齢女性が出没しているのだ! 通路とは違って、既に着替えを終えた着衣女性ばかりのパウダールームで“すっぽんぽん”を見かけることは稀なのだが、この女性は他女性の存在がまったく気にならない様子で、“すっぽんぽん”の体に丹念にボディローションを塗り続けている。

 また、ロッカールームで着替えをするに当たって、“パンツ一丁”になって平気な女性が何とまあ多いこと! これも若い世代の女性に多い。 Tバックや、お尻部分が丸ごとくり抜かれたような“エロ下着”を平然と披露しつつ、悠々と着替えをする女性がロッカールームに多発している今の時代である…


 私の世代など、小学校高学年頃から学校の体育の着替えにおいても、スカートを履いたままその下にトレパン等を着込む等の工夫をしつつ、たとえ同性同士といえども体や下着の一部を見せない配慮をして“貞操”を守ってきたものである。 

 女子ロッカールームで平然と裸体を露出する若き女性達と、電車の中で化粧をする女性との心理に共通項が見出せる気がする私である。
 彼女達はその軽薄短小な人生経験において、自分自身のみが絶対的存在であるのだろう。 おそらく彼女達には他者を含む「社会」という周辺環境の存在が欠落していると捉える。 悲しいかなその心理的バックグラウンドとして、自らが社会的存在の一員として周囲から容認された歴史が乏しいのではあるまいか?

 加えて今のネット社会における画像の氾濫ぶりも、この荒廃の一因である実態も否定できないのではなかろうか。 彼女達と同じ世代の若き女性達がネット上で裸体を披露することにより、いとも簡単に売名行為に走っている現状である。 ならば自分も裸体を磨いて文字通り“裸一貫”で名を売ろうかと意気込み、若き女性達がフィットネスジムやエステに寄せ掛けている実情なのかもしれない。

 その種の若き女性達を捉まえて、一人のおばさんが何をどうアドバイスしてあげればいいのか途方に暮れる今の廃退した社会の現状である。
 「心底、自分を愛してくれる男性のためにその裸体を取っておこうか…」な~んて言ったところで、虚しさが過ぎるだけの今の世の中なのかしらねえ…


 男子ロッカールームはいかがなものであろうか? ナイスバディの男性達が全裸でウロウロ歩いているのならば、ちょっと覗いてみたくなるかも??      ウッソだよ~~ン
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珍名、奇名も「人の名」

2009年12月09日 | その他オピニオン
 今年生まれた赤ちゃんの名で一番多かったのが、男の子が「大翔(ひろと)」、女の子が「凛(りん)」であるらしい。
 子どもの名の番付を行うことにさほどの意味がない程に、今の時代は親が子に授ける命名は目まぐるしいまでに多様化している。

 今からウン十年前に遡るが、私が生まれた頃と言えば女の子の名前の末尾のほとんどに「子」が付けられていたものだ。「子」以外には「美」「代」「恵」で終わる名前が周囲に多かったように記憶している。
 この私の本名とて例外ではなく、「子」の付く至ってありふれた名前を親から授かっている。 子どもの頃は、珍しい名前を持つ友への羨望から自分のごくごく平凡な名前が気に入らず、「何でもっとよく考えないで、こんな“手抜き”の名前を付けたのよ!」と親を責めたりもしたものである。
 そんな“手抜きの名前を付けられたトラウマ”から、遠い将来産む我が子には、熟慮の上での名前を授けたい思いが子どもの頃から強い私だった。


 近年目まぐるしく多様化している子どもの名前であるが、珍名、奇名をはじめ「当て字名」が増えている現状を批判する世論が横行している。
 「当て字名」の例を挙げると、「宇宙」と書いて“ソラ”と読ませるなどは結構市民権を得ているようだが、最近では「一ニ三」と書いて“ワルツ”と読んだり、「七音」と書いて“ドレミ”と読ませたりする名前も出現しているとのことである。
 なるほど。 確かに後者など漢字だけ見て正確に読める人は皆無であろう。しかも電算システム化が進んだ現状において、キーボード変換がしにくい等の事務手続き上からも厄介扱いされる命名であるようだ。


 ここで私事に入るが、上記のごとく我が子の命名に子ども時代からこだわりがあった私が名付けた我が子の名前も、世間で言うところの「珍名、奇名」の一種であるようだ。(原語の意味合いを尊重したいがために漢字での“当て字”は避けてカタカナで命名したため、読みやすいのに加えてキーボード変換という点では一切困らないのだが…)

 この我が子の名前に関しては、現在に至ってはその名前の由来ゆえに周囲に賞賛者が多く、名付けられた本人も名付け親の私としても何の問題もないどころかこの名前で得をすることが多い現状である。
 ところが、我が子が幼少時から子ども時代にかけては、それはそれは苦労した。 名付け親の私の予想をはるかに下回り、我が子を取り巻く周辺社会がその名前の由来に関する認識がまったくない実態だったのである。 我が子の名がカタカナである事に対する周辺からの「どちらか(の親)が外国人ですか?」の質問には、辟易としたものだ。 元々すべての人に理解されるとは予想せずして命名したのだが、これ程までに我が子の名前の由来が一般世間で周知されていないことは想定外で、愕然とさせられたものである。

 そんな周辺への対策として、やむを得ず幼少の頃から“ひらがな”表記の通称名で通してきた娘の名前であるのだが、ありがたくも娘の成長と共に娘が将来生きるであろう周辺コミュニティが移り代わりつつある現状である。
 娘の名前の意味を理解でき容認してくれる周囲環境が拡大している現状にうれしく思う中で、戸籍名のカタカナ名に戻した方が娘自身が将来に渡り得策かと捉えられる今、来年からは通称名を卒業して戸籍名を復活させる予定でいる。


 それにしても、名前のもたらす影響力とは子どもが成長する後々多大であると私は捉える。
 子ども本人の実力に加えて、何故にそういう命名をしたかという親の意向まで見て取れるのが、(個人情報が公開されない時代における)子どもの名前なのではなかろうか。(もっと分かりやすく説明すると、親のバックグラウンドが子どもの名前から推測される時代なのではなかろうか??)


 確かに珍名奇名とは、その名付けの意味を理解しない人種にとっては“愚かな親がその種の名を子どもに付けて子どもを苦しめるだけなのだから、やめるべきだ”との論理になることも理解できなくはない。

 そこで問題になるのは、名付け親の我が子の命名に込める“思い入れ”であろう。
 なぜその命名にしたのかの熱い思いを親が子どもに伝授し得ないとするならば、その命名は子どもを苦しめるだけの存在でしかないかもしれない。
 その名を我が子に授けた親の思いを子どもと共有し得たならば、子どもが成長して命名の背景を理解できる時期が到来した暁には、命名の重さを子ども自らが受容し、誇りが持てるのではあるまいか?


 「人の名」とは、記号や番号であるはずはない。
 まさに“命ある名”を子どもに授ける親の責任は重い。 そして、如何なる名を子どもに与えようともその親の命名への思いはかけがえのないものであるはずなのだ。
 
 (ギリシャ哲学から引用した)我が子の名前を、その意味を理解できない部外者から「珍名奇名」だとして蔑まれ、幼い我が子のためにやむなく長年通称名を使用せざるを得ないという苦悩を味わってきた我が家である。
 それだからこそ私は訴えたいのだが、今の時代の産物として単にキーボードで変換できない等の事務的な取るに足りない理由で、親が子に込めた思いを何の関係もない周囲の他者がその命名を無責任に否定するべきではないということを、改めて認識し直して欲しい思いである。
 この種の発想をする人種とは、悲しいかな人格ある「人の名」を記号番号と同一にしか捉えられないのであろう。

 そうだとした上で子どもの命名に関しては、一時の思いつきではなく、親が一生責任を持てる名を子どもに授けるべきなのは言うまでもない話である。
               
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元々「連立」には無理があった

2009年12月06日 | 時事論評
 12月3日、社民党の福島党首は米軍普天間飛行場移設問題に関して、鳩山内閣が辺野古への移転を決めるならば社民党として連立政権からの離脱も辞さない考えを示した。
 これを受けて、対米関係を後回しにしてでも「連立」を優先する意向の鳩山内閣が、当問題の年内決着をあきらめる結論を出したことにより、新政権内をはじめ米国や沖縄県民の苛立ちと混乱に拍車をかけている現状である。

 片や、亀井党首率いる国民新党は、政府の補正予算案に対し「拒否権」を振りかざし経済対策の閣議決定が見送りとなった。
 亀井氏率いる国民新党はわずか総勢8人の小政党であるが、亀井氏は民主党が参院で過半数に達していない弱みにつけこんで存在感を発揮し続けている。 日本郵政の新社長に元官僚を起用したり、郵政株式売却凍結法案を成立に導いたり…  はたまた、社民党の背中を押して普天間移設問題の年内決着を鳩山首相に断念させたりと、やりたい放題の様子のようだ。

 これらを受けて怒りが収まらないのが民主党党員である。
 「国民新党は社民党と連立をさっさと離脱しろ」 「郵政株凍結法案で協力したんだから国民新党は妥協しろ」 「予算を増やせと言うがどこに金があるんだ。亀井抜きで閣議決定してしまえ!」等々、亀井氏の強気の振る舞いに不満が一斉に噴出しているとのことである。

 外野からは、小泉元首相が厳しい予言をする。 「鳩山政権は参院選までもたない」…
 そして、自民党に関しては「今は隠忍自重のときだ」と突き放しつつ、「日米関係は完全に不信状態になる」と新政権を批判し、来年度の概算要求に対しても「国と地方の債務残高が1千兆円を越えた段階で民主党政権は終わりだ」と指摘する。 加えて自民党の現状については「今はポストが赤いのも電信柱が高いのも自民党が全部悪いという世論だ。2、3年雌伏の時を過ごしたらいい」と語っているらしい。

 (以上、朝日新聞のここ数日の複数記事より抜粋要約引用)


 私論に入ろう。

 いやはや、この年の瀬に新政権は大揺れに揺れている模様である。
 無理もない話だ。 国民の誰がどう考えても、そういう流れになることは当初から予測できた事態である。 

 そもそも、民主党が8月の総選挙で「圧勝」とばかり伝えられているが、その裏側では参議院で過半数に達していないのが実情なのだ。
 それに焦った民主党が苦し紛れに取った方策が「連立政権」だった。
 これが実に苦しい。  
 どう判断しても多方面において政策が噛み合わない社民党と国民新党を誘い込んででも「連立政権」を立ち上げねばならぬ、との民主党幹部(小沢氏のみ??)の判断だったことは皆さんも周知の事実であろう。 
 それに誘い込まれた立場の社民党も国民新党も、その決断理由がこれまた苦しい。 とにもかくにも、自らが掲げている政策よりも“政権与党”となることで国民に対する知名度を上げ、次期選挙戦に勝利することを優先しようと目論んだに他ならないのが見え見えなのだ。

 ところがどっこい、社民党の福島党首にしてみれば、先だっての社民党党首戦に当選して党首を継続するためには社民党員の顔色を伺わねばならない。 連立与党の一員として入閣したことにより、普天間問題に関する主張が鈍っていることに対する党員からの機能不全の指摘の挽回を党首として図ろうとの意図で、今頃になって普天間問題による離脱検討案を持ち出すはめになったのである。 無投票で福島氏党首4選の暁に、また新政権へ迎合の発言に翻っているのを、社民党員はどう捉えているのであろうか?

 国民新党の亀井党首…、この人は元々自民党出身であるが様々な政局をくぐり抜けてきている人物で、あの高齢にして今尚一体何を目指しているのか得体が知れない。なぜ、このような得体が知れない人物が率いる小新党と何を好き好んで民主党は連立を組みたかったのか??(その答は小沢氏のみが知るのか?)

 ハイハイ、元首相の小泉さん。 こういう場で登場して、今は何の責任もない立場の人間として好き勝手言ってりゃいいのは美味しいですよね~~。
 長期間政権を操ってきた自民党の先輩として、もっと真にリーダーシップのとれる実力のある後進を育成してから引退すればよかったものを…。 今さら「自民党は隠忍自重の時だ」とか「今はポストが赤いのも自民党が全部悪いという世論だ」とかおっしゃっているが、自民党が犯した過去の過ちのすべてを背負わざるを得ない現党員の辛さをこの私も理解できる。 そういう意味でこの発言は、過ぎ去った者からの叱咤激励としては、残された自民党員にとっては無責任で酷ではないのか…。
 でもまあ、今の自民党は第一野党としての存在感が不甲斐なさ過ぎるのが困りものであるのは事実だ。


 元々「連立新政権」には無理があった。
 民主党は8月の総選挙で“圧勝”した以上、あくまでも「単独政権」として正々堂々と潔く闘うべきだった。 参院選を視野に入れるが故に、選挙民である国民や政界各方面に迎合して中途半端な「連立」など組むべきではなかったのだ。
 「連立」を組んだことの“失策”によって国政が滞り、国民や対外の信用を失っている現状の責任は大きい。
 もういい加減に我が身息災な“参院選挙対策”は後回しにして、重要案件を来年に先送りにせず、本気で国政に立ち向かってはいかがか?
       
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年老いて独り生き抜くには…

2009年12月03日 | 自己実現
 師走に入り、喪中欠礼の葉書の到着と共に、そろそろ年賀状の心配をする時期が到来している。

 自分の年賀状はさておいて、先日より我が田舎の年老いた母の年賀状の作成に勤しむ私である。
 母曰く、文面の印刷は業者に頼むとしても表面の宛名書きを根をつめて手書きすると持病の三叉神経痛が発症して辛い、とのことで、昨年より私が代行作製担当となり、一手に引き受けて私のパソコンで作製しているのだ。 (まんまと高額の代行作製手数料を巻き上げているから、年末のいいバイト収入になるのよ~。 ではなくて、こっちはいいと言ってるのにあっちがどうしても御礼を受け取って欲しいと言うから、仕方なく貰ってあげてるのよ~~?? 
 80歳近くの高齢になって、宛名書きが辛ければもうそろそろ年始の挨拶を廃止してもよさそうにも思うが、何分年老いて独り身であるが故に“人とのつながり”を大事にしたい意向である。その思いを汲んでのせめてもの親孝行である。


 さて話が変わるが、老後を如何に生き抜くかは今の時代誰しも深刻な課題であろう。
 順当にいくと、この私も近い将来子どもの独り立ちと亭主の先立ちを見送った後は“独り身”となる我が余生の筋立てをもう既に想像しつつある。 
 長~~い独身時代を独り身で生き抜いて来ている私であるが、年老いての独り身とは、キラキラと輝かしい若かりし“我が栄光の時代”の独り暮らしとは諸条件が大きく異なることは明白な事実だ。
 とにもかくにも、我が子も含めて他者の介護の世話になど一切ならずに人生を全うして終焉したい思いが強い(我が父のごとくの“突然死”が理想像!)私であるため、今から脳の老化を阻止し体力を維持すべく切磋琢磨する日々であるぞ。(その科学的な効果の程はともかく、気持ちだけでもと思ってね……


 社会学者の上野千鶴子氏は、我が独身時代に尊敬申し上げていた学者の独りでいらっしゃる。 氏の思想的背景は不明なれど、30代という若さで既に“老い”の問題に着手してきている学者であられる。
 氏は特に「男性」の元気な老後の実例に詳細な見聞をお持ちのようで、“男というビョーキ”に関して最近の著書の中でも私論を展開されておられるようだ。 それによると、“男というビョーキ”とは “弱音を吐けないオレ様的生き方を指す” とのことであり、「死ぬに死ねない今日の超高齢社会では人生は長く、前半の上り坂のスキルは後半の下り坂では使えない」と著書の中できっぱりと断言しているらしい。 それを“治す”ためにはスキル的に先行する女性の知恵も援用するべき、との指摘で男性の意識転換を促しているとのことだ。
 (以上、朝日新聞11月29日「書評」ページの記事より抜粋引用)

 上記の上野氏の理論に従うと、原左都子もどうやら“男というビョーキ”に病む一員と捉える事ができそうなのだ。
 なぜならば、まさに「弱音を吐けないオレ様的生き方」を志向する我が人生を歩んでいることを認めるからである。 ただ、“人生前半のスキルが後半では使用不可”であることぐらいはこの私とて既に認識済であるところは、上野氏が指摘する“老後男性”よりも進化し得ているのであろうか。 それにしても私に限らず今の時代は、ある程度見識のある男性は何も女性のスキルを参考にせずとて、それ位の認識力や覚悟はあると私は捉えるのだが…


 こんな議論を展開できるのは、私がまだまだ若気の至り故であるからに違いない。 真に我が身体が他者の介護を要する存在に成り下がった暁には、それを望まない私は一体何をどうして生きたらいいのであろうか? そうなった暁には既に心神喪失状態であり、不覚にも他者に身を委ねるしか選択肢がない現状なのでもあろう。
 今現在、既に自らその種の意思を喪失している身内を介護している知人の話を見聞するにつけ、本人と介護者双方の心身両面での苦悩を慮りいたたまれない思いに陥る私である。 


 我が田舎での独り暮らし高齢者の母から依頼された年賀状の“代行作製”を執行しつつ、こんな寒々とした日に自分自身の老後にも思いを馳せる原左都子である。

 若かりし頃のように“輝ける”ばかりの人生を老後にも望んでいるすべはないが、自分なりに自分の老後を演出しながら人生を全うしたい気持ちは強い。

 どう考察しても課題が山積みの新政権が、上野氏の望むがごとく社会システムを変革して、近い将来高齢者の生きがい対策に着手するべくはずはない。 元より、私の場合は若かりし頃からもう何十年にも及んで“自助努力”で生き抜く覚悟も重々でき上がっている。

 既に老齢の域にある皆さんにとっては苦しい中にも“自助努力”で乗り越えるしかない老後の日々の生活でしょうが、どうかこの冬を乗り切って暖かい新春を迎えられますように。
        
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