原左都子エッセイ集

時事等の社会問題から何気ない日常の出来事まで幅広くテーマを取り上げ、自己のオピニオンを綴り公開します。

国家最高権力者の “リーダーシップ力” とは一体何か?

2016年12月05日 | 時事論評
 本日(12月5日)つい先ほど見たネット情報の中に「特別検察官が態勢整備着手…最大105人で捜査」と題する韓国の朴槿恵(パククネ)大統領に関するニュース報道があった。

 早速、以下に紹介しよう。
 朴槿恵大統領の友人女性の国政介入事件について、政府から独立して捜査する朴英洙パクヨンス特別検察官(元ソウル高検検事長)が捜査チームの態勢整備に着手した。
 特別検察官は今月中旬にも捜査を始める方針で、大統領の関与をどこまで立証できるかが焦点だ。
 朴特別検察官は4日、記者団に「(捜査チームの)組織が準備できれば捜査の方向を決める」と述べた。今週中に捜査を補佐する検事らの派遣を受け、来年3月下旬頃までに捜査を終え、関係者の起訴について判断する。
 特別検察官の捜査対象のうち、特に焦点となっているのが朴大統領の友人崔順実チェスンシル被告が私物化したとされる財団に大企業が巨額出資した経緯をめぐり、朴大統領に「第三者供賄罪」を適用できるかどうか。 同罪は公務員が職務に関して不正な依頼を受け、第三者への賄賂を供与させた際に適用される。
 (以上、ネット情報より引用したもの。)


 現在隣国韓国では上記事件に反発し、国を挙げて国民が大揺れに揺れている。

 そんな中、本日昼過ぎ、何と!韓国民が日本の安倍首相の“リーダーシップ力”を高く評価し始めていると日本国内某民放テレビ放送が言うではないか?!? 


 ここから原左都子の私論だが、ちょっと待って欲しい。

 私は大学院を修了し「経営法学修士」を取得しているが、当時私が学んだ学問のひとつ「組織論」の一端「リーダーシップ論」に関して、我がエッセイ集バックナンバー内で取り上げている。
 本エッセイ集開設初期頃の2007.11.19 バックナンバー 「組織論における『パワー概念』」に於いて、「リーダーシップ論」の一項目である「パワー概念」につき記述しているため、その一部を以下に紹介させて頂こう。
 組織論に「パワー」という概念がある。この場合の「パワー」とは、個人ないし集団が相互に行使するあらゆる種類の影響を意味する。 Max Weber は、「パワーとは行為者が社会関係の中で抵抗を排除してでも、それが依拠する基盤が何であれ、自己の意思を貫徹する立場にある可能性である。」と定義している。 「パワー」を一種の心理的力として、個人間の相互作用におけるその潜在性の側面を強調する立場もある。 French=Raven は「パワーとは与えられたシステム内で集団ないし他人に影響を与える潜在的な能力である。」と定義する。
 「パワー」の定義は多様であるがこれらの定義に一致していることは、パワー現象は二人あるいはそれ以上の人々の相互作用という複数の状況のみに生起することであり、社会的行為者間の関係においてのみ意味のある概念であるとしていることである。
 (以上、「原左都子エッセイ集」バックナンバーより一部を要約引用したもの。)

 上の記述内で紹介した、French=Raven の思考を私が好んでいたこともあり、当時授業課題としてFrench=Raven の「パワーの5類型」を取り上げ、学生間でのディスカッション課題とした事が懐かしい。
 そんな学業経験もある私は、 “リーダーシップ力” とは、まさに与えられたシステム内で集団ないし他人に影響を与える潜在的な能力であり、パワー現象は二人あるいはそれ以上の人々の相互作用という複数の状況のみに生起する事象、と今尚捉えている。


 それ故に私は、高校に於ける大学推薦条件として生徒の「リーダーシップ力」を重点に置いている事実に関しても、幾度も娘が通う私立高校に対して異議申し立てして来た。

 以下に、本エッセイ集数年前のバックナンバー「『人物本位入試』が掲げる“人物”善悪の基準って何??」 の一部を要約して、今一度反復させていただこう。
 娘の高校にての三者面談に於いて…
 「高校による大学推薦に際し、貴校の場合は生徒の学業成績以外に“人物評価”も吟味していると聞く。 その“人物評価”に関してお尋ねしたい。 既に指定校推薦者は決定済みのようだが、如何なる“人物評価”基準によりそれを決定したのか?  我が家の娘は“指定校推薦”を得られなかった立場だが、学業成績に関してはその基準を満たしていると捉えている。 そうなると、娘の場合“人物評価”面で指定校推薦決定者より劣ったとの結論となろう。 それが得られた生徒との間に如何なる差異があったのかを明確に説明して欲しい。」 
 これに応えて担任曰く、「○さん(娘のことだが)の場合、高3直前に進路変更したことが最大のネックとなった。 指定校推薦を決めた他生徒の場合、もっと早くから当該大学の推薦を狙いずっと頑張り続けていたためこちらの生徒を推薦した。」
 分かったようで分からない解答ではあるが、要するに決して“人物評価”でお宅の娘さんが劣ったとは、担任の口からは発されなかったのだ。   これには親として多少救われると同時に、親との面談の場で担任が“禁句”を発しないよう、よくぞまあ徹底的にマニュアル化されていると、当該私学の教員指導ぶりに根負けの思いも抱いた。
 ただ、元教育者である私は更に食い下がった。
 「娘が指定校推薦を得られなかった事由に関しては、一応納得しよう。 それはそれとして、推薦制度に於ける“人物評価”の不透明さを私は常々懸念している。 例えば、一基準として“リーダーシップ力”が挙げられるようだが、たかが10代の子どもの如何なる能力を持って“リーダーシップ力”が優れていると捉えるのか? 特に年齢が若い場合は本人が天然気質で無邪気に騒いでいるのみの要因も否定できなければ、単に学校現場にとって扱い易い生徒にしか過ぎない場合もあろう。 そうではなく、10代レベルでは表出し得ない“リーダーシップ特性”を水面下に内在している今だ未完成の生徒も数多く存在する現状を如何に評価出来るのであろうか?」 等々…   この私の問いかけに関して、おそらく担任は「今後の検討事項とします。」と応えたような気もするが、明確な回答は得られずに面談が終わったと判断する。
 (以上、「原左都子エッセイ集」バックナンバーより一部を要約引用したもの。)
 

 最後に、原左都子の結論に入ろう。

 過去にそんな諸活動をして来た立場から物申すならば、現在安倍首相が日本国内で実行している「パワー」?(と言えるか??) を韓国国民の皆様が “リーダーシップ力” と表現して下さるのは「誤り」の部分が多いと結論付けたいのだ。

 いえいえ、韓国の現在の国内事情は痛い程理解しているつもりだ。
 とてつもなく低レベルな事件を、国家最高権力者に引き起こされた韓国国民の怒りの程はごもっともだ!

 それにしても私としては、隣国韓国民の皆様がこれ程までに“怒り”の感情をぶちまけて良き国にせんと必死で闘っている姿が羨ましくもある。

 我が国の現在の事情を語りたくもないが、国営放送とも表現可能なNHKがこれまでずっと選挙戦の都度「安倍政権」に迎合して来た事実が、現在の安倍政権持続の一つの源となっている事は歪めないだろう。
 しかも、本日更に当該NHKが安倍政権の長寿をニュース報道で国民に伝える始末だ……
 そんな国営放送の後ろ盾を得て図に乗り、力無き底辺国民の言論統制まで実施し自分を支持しない国民を重圧する国家のリーダーに、“リーダーシップ力”があるとは私は思わない。
 更には、我が国の国民は義務教育課程で“集団主義”と“横並び”教育を強要されている。 そんな国民に国家に対して“怒り”をぶちまけ、良き国にせんと闘うポリシーなど育つはずもない。


 真の“リーダーシップ力”とは、それを発揮する側と受け入れる側との対等な「相互関係」により成り立つと私は信じている。
 そんな初心を、我が国の安倍政権にこそ自覚し直して欲しいものだが…

NHK籾井会長再任困難報道に安堵する

2016年12月03日 | 時事論評
 本エッセイ集でNHK籾井会長を取り上げるのは今回が二度目だ。

 2014.02.05公開バックナンバー 「NHK人事柔軟化は会長問題発言の尻拭い対策か?」の中から、籾井会長に関して記した部分のみを以下に今一度紹介しよう。
 国営放送局とも表現可能なNHKが、ここのところ職員人事に関して“視聴者”の意向に沿いつつ柔軟対応していると解釈可能ではなかろうか?   こんなNHKの“視聴者の意思を尊重した人事柔軟対応”が過去に於いても存在したのかどうかは私には計り知れない。  そうだとして、NHKの視聴者志向とも言える“柔軟対応ぶり”の実質魂胆とは、国会で好き放題失言しまくったNHK新会長籾井勝人氏としての“あり得ない行動”に端を発していると考察できないであろうか??
 いやはや、NHK新会長の国会答弁での「失言」ぶりとは今時珍しい現象だった。 政権閣僚とて、下っ端の国会議員とて、今時は「失言」「暴言」で即座に議員辞職に追い込まれる時代である。 国会答弁に於いてもそれを重々自覚して慎重に発言している姿が見て取れる。
 そんな中どうした事なのか、NHK籾井会長は、国会の場で言いたい放題の個人的発言を公開してしまった…  この不祥事により一時辞職も危ぶまれたものの「辞職はしない!」と言い切り一応の謝罪はしたものの…  一庶民の立場として貴方の言いたいことは分かるものの、NHK会長の立場で法治国家に於いてはやはり現行法をわきまえないとねえ。
 実にお粗末なNHK会長の不祥事事件ではあるが、それの“尻拭い対策”で今回“民意”を反映したNHK人事が執り行われたのならば、私は歓迎したい。
 (以上、「原左都子エッセイ集」バックナンバーより一部を引用したもの。)


 ここで一旦、原左都子の私論に入ろう。

 この籾井会長、その後もあちこちで「失言」「暴言」を繰り返す始末だ。
 それどころか公共放送局会長の立場にありながら、安倍政権に100%迎合し偏向した放送局に邁進する有様だ。
 この人物がNHK会長になって以降、私など特に政権に関連するNHKニュース報道等がまったく信用出来なくなった。 例えば政党の支持率ニュースに於いて、(これは昔からだが)NHKは他メディアに比し際立って与党(自民・公明)支持率が高いと伝える。

 あるいは、2016年7月に公開したバックナンバー「今の時代に『言論統制』が実行される事実に直面する恐怖」、及び「許し難き公的年金積立金5兆円計上の失策」内で述べた事実に関し、要約して繰り返させていただこう。
  皆様も既にご存知の通り、昨日(7月1日) 公的年金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の2015年度の運用損失が、5兆円台に達したことが判明した。  更に許し難いのは、自民党政権がこの巨額損失計上の事実を7月10日に実施される参議院選挙の “後に” 「正式発表」すると言う。   これでは、野党から「損失隠しだ!」と批判されて当然だろうし、私自身も、その「票取り」の見え透いた手口に唖然とさせられるばかりだ。  自民党の「票取り作戦」とは、結局、“平和ボケ政治無関心派多数の国民”から何でもいいから票を稼ぎたい魂胆であることが見え見えであるのに嫌気がさす。 一方、朝日新聞はこれに関して報道した。 以下に紹介すると。   GPIFは国民年金及び厚生年金積立金約140兆円を運用している(行政独立法人)だが、非公式で15年度の財務諸表を報告した結果、運用損は総額で5兆円以上に上ったという。  当組織は、14年10月に国内債券の比率を下げ、その代わりに株式比率を50%に倍増。 安倍政権はこれを成長戦略として位置付けたのだが、それがために株価の影響を受け易くなった。  GPIFの運用基準をめぐる議論も再燃しそうだ。 民進党代表岡田氏は、「年金運用とは安定が必要なのに株に過度に依存している」との批判を強める。   単年度の運用損がすぐに年金の支給に影響する状況ではないが、もしも今後長期に渡って損失が続くようだと将来の年金財源が苦しくなる。   年金制度に詳しい専門家は、「与党はGPIFの運用基準を変える時、積立金オーナーである国民に十分な事前説明をしなかった。 野党も運用損で上げ足を取って国民の不安を煽るのはよくない」と指摘した上で、「積立金は国民のもの。財務諸表で年度の運用成績が分かるなら、速報値として開示するべきだ」と求めた。  
 原左都子の私論に入ろう。   いやはや自民党安倍政権としては、参議院選挙を間近(7月10日)に控えている身として、上記の「公的年金積立金株式操作による5兆円損失計上」に関し「言論統制」に突入した事実とは、実際選挙戦を繰り広げている現在に際し大いなる痛手である事実を判明・実証したようなものだ。
 (以上、再び「原左都子エッセイ集バックナンバーより引用したもの。)

 NHKは年金資金運用損失計上問題に関するニュース報道を、参院選開票後までただの一度も実施しなかった。 安倍政権が参院選勝利後、やっとこさ目立たぬように取り上げた。 ただそれも一回きりで、その後もこの事件に触れることは無い。

 そんなNHKの政権迎合 “政権のいいとこだけ放送” 姿勢に安倍政権は安堵し、糠喜びしている様子だ。
  ここのところ身勝手な方針を次々と打ち出し、法案可決に持ち込む独裁的有様。 「70歳以上医療費負担増」や「カジノ法案採決」等々……
 いやはや、国営放送局とも言えるNHKがこれだけ安倍政権に偏向した放送局に成り下がるとは、世も末、恐ろしや~~、 と怯えていたところ……


 私は、昨日一筋の光を見る思いだった。
 その報道内容を、ネット情報及び朝日新聞記事より以下に要約引用しよう。

 来年1月に任期満了を迎えるNHKの籾井勝人会長(73)の再任が困難となったことが11月2日、分かった。 任命権を持つ経営委員会の12人の委員のうち、再任に必要な9人以上の同意を得るのが難しい情勢となったためで、籾井氏は任期1期(3年)限りで退任する見通し。 後任会長の候補には、元三菱商事副社長の上田良一・常勤経営委員(67)が浮上している。
 NHK経営委は6日に会長指名部会を開き、各委員が提出する推薦書に基づき、具体的な候補者選定作業に入る。 
 籾井氏は2014年1月の就任記者会見で「政府が右と言っているものを左と言うわけにはいかない」と発言。 従軍慰安婦問題でも「戦争しているどこの国でもあった」と述べ、強い批判を浴びた。 15年には私的なゴルフで使用したハイヤー代を請求していたことが発覚するなど、言動がたびたび問題視されてきた。 NHK予算は全会一致での国会承認が通例となっていたが、籾井氏の会長就任後、3年連続で野党に反対される事態となった。
 こうした経緯を踏まえ、経営委は次期会長の資格要件として「政治的に中立であること」をより重視する姿勢を打ち出した。 これまでの議論では再任に否定的な委員が優勢で、放送法で会長選任に必要な9人以上の賛同は得られない見込みとなった。
 上田氏は三菱商事副社長を経て、13年6月にNHK経営委員に就任。 現在は常勤経営委員、監査委員を務め、NHKの経営全般に明るい。関係者によると、「籾井会長のハイヤー問題の際に毅然(きぜん)と対応し、他の委員からの信頼も厚い」という。
 (以上、ネット情報及び朝日新聞記事より要約引用したもの。)

 
 最後に、原左都子の私論でまとめよう。

 国民からの“受信料”収入で成り立っているNHK。
 その公共放送局が、政治的に偏った判断の下に報道を成すなど到底許し難く言語道断だ!
 政治的偏りが歴然としている籾井氏を、3年前に一体誰が何故会長に推薦したのかは私の知ったところではないが、とにもかくにも一期3年でこの人物を再任しないとの結論を導けそうな経営委員会の態度に安堵する。
 NHKにはこの3年間の反省と共に、新会長の下、真の公共放送局として生まれ変わて欲しいものだ。

 更には、もういい加減、全国民半強制の「NHK受信料体制」も本気で見直しては如何か??
 真面目にそれを支払い続けている我が身から発言させてもらうならば、とんでもなく思想が偏った会長が任命されても支払いを強制されるとは、民主主義先進国家下で成せる業とは考えられない。
 
 聞くところによれば、NHK職員は一般国民に比し桁外れに高年収らしい。 
 それら知性も能力もある(?)職員氏らの知恵を絞って新たなNHK運営手段を再考し、自らが所属する組織体の国民主体の今後の健全な存立を模索しては如何だろうか? 

覚醒剤汚染による計り知れない後遺症の恐怖

2016年12月01日 | 時事論評
    遠く遠くどこまでも遠く 流れる河で
    暮れかかる空にあなた思い 今日も待っています
    愛しい人よ 私は歌う 千もの言葉 願いを込めて
    遠い昔のおとぎ話の 恋のように
    どれだけ待てばいいのですか ああ 届かぬ愛を
    二人の運命知らぬ河は 淡い夢をのせて
    流れて行くようで…

    会えぬつらさを語れぬ日々よ 私は思う
    せめてこの髪があなたのもとへ のびるくらいになれと
    愛しい人よ 帰らぬ人よ 私の愛を遮るものは
    深く冷たいこの河の 流れだけなのでしょうか
    どれだけ待てばいいのですか ああ 届かぬ愛を
    二人の運命知らぬ河は 淡い夢をのせて
    流れて行くようで…

          ―  飛鳥涼 作詞・作曲  「万里の河」より -


 チャゲ&アスカが歌った楽曲の中で、私はこの「万里の河」が一番好きだ。
 11月29日の夜から、この楽曲が私の頭の中で堂々巡りする……
 ユーチューブでも何度も聴いた。 そして一緒に歌った。

 どうして、なんで、こんなにも文才にもメロディアスな作曲能力にも恵まれ、そして繊細なハートも持ち合わせている素晴らしいアーチストが、覚醒剤汚染にまみれてしまったのか……
 空しくて、悲しくて、3日前からこの歌を歌う都度涙を流す私だ……


 11月29日付朝日新聞夕刊記事より、ASKA容疑者の覚醒剤汚染再逮捕に関するニュース記事を以下に要約して紹介しよう。
 覚醒剤を使用したとして、ASKA(本名・宮崎重明)容疑者(58)が逮捕された事件で、容疑者が警視庁の調べに対し、「この前に逮捕されて以来、クスリを見ていないし、やっていない」と話している事がわかった。
 ただ、警視庁は本人から通報を受けて25日に自宅で事情を聴いた際、言葉が不明瞭だったことなどから、ASKA容疑者が直前まで覚醒剤を使用していた可能性があるとみて自宅捜索を始めた。
 「盗撮されているので確認して欲しい」との容疑者本人からの110番通報を受け、捜査員が自宅を訪れ、本人と妻から事情を聴いたという。 容疑者は「監視されている」「盗聴されている」と説明。 
 様子がおかしいと判断した捜査員が任意の尿検査を促すと「わかりました」と応じたという。 採取した尿から、28日に覚醒剤陽性反応が出た。
 (以上、朝日新聞記事より一部を要約引用したもの。)


 昨日昼間、私は某民放テレビにてこの事件に関する詳細報道・議論番組を視聴した。

 それによると、ASKA容疑者の「監視「」盗聴」「盗撮」に関する恐怖心が尋常ではなく、私の想像をはるかに超えた壮絶なものだったのだ。
 例えばホテルに宿泊した際に、実際に室内にて「赤外線カメラ」を自ら発見したのだという。(真相は不明だが)
 
 しかも今の時代に於いて特徴的な現象なのだろうが、ASKA容疑者は自分が経験した「盗聴」「盗撮」等の“被害”を、ブログ等の媒体により世にリアルタイムで公開しているのだ。
 それに応じる野次馬達の“つぶやき”等々に更に触発され、ASKA容疑者の恐怖心が増大していく様子が目に見えるようで、我が恐怖心をも煽る。

 ASKA容疑者は一度目の逮捕後、自分のブログで9万字もの膨大な字数の私記を発表したとの事だ。
 我が「原左都子エッセイ集」の一エッセイ字数が約3000字。 それに比しても、その字数の膨大さは驚異的だ。 元々文才のあるASKA容疑者のこと、おそらく文章を綴るのはお手のものなのだろう。
 ところがその内容とは、覚醒剤汚染を暴露しているがごとくの部分が多かったらしい。 この“私記”を製本化して販売しようと目論んだ業者も、それ故にその実行を諦めたのだという。 

 そんなASKA容疑者は、一度目の逮捕釈放後まめにネットチェックをしていたらしい。 その行動も「盗撮」「盗聴」等々の恐怖心に由来していたのだろう。 その際、(これは自分の事を非難・誹謗中傷している)と感じるブログ等を発見しては、恐怖心を煽られていたのだという。
 我がエッセイ集もオピニオンブログであり、辛口論評を趣旨としている。 私の場合、ASKA容疑者を取り上げるのは今回が初めてであるが、もしも過去に於いて彼をピックアップしていたとしたらASKA容疑者の恐怖心の上塗りをして、どん底に陥れたのであろうか??
 そういう風に我がブログが閲覧されていると仮定すると、著者である私こそが恐怖だ。
 いや、実際既に10年近くもの長期間エッセイを公開し続けている身として、既にその種の経験もして来ている。 過去に出遭ったその経験を持たらした主が、まさか覚醒剤汚染者であるとは思いたくもないが、もしもそうであった場合、救うべく相手を更に傷付けたとの意味合いで我が責任は大きいだろう。 
 そのように考察するなら、うかうか無責任にオピニオンブログなど綴り公開出来ないとの「文書公開責任論」の初心に戻らねばならない気にもなる。


 話題を、ASKA容疑者再逮捕に戻そう。

 どうやら、芸能界とは覚醒剤汚染の温床であるような気もする。
 一旦その場に身を置くと、水面下でその誘いがうようよしているのであろうか??
 私には未知の世界のため、この場での論評は避けるべきだろう。

 とにかく一旦覚醒剤に手を染めてしまうと、一生そこから抜け出せない地獄を彷徨うことには間違いなさそうだ。
 地獄に陥れられたならば、「監視」「盗聴」「盗撮」等の恐怖に日々翻弄され続ける人生を送らねばならない事実も、ASKA容疑者再逮捕により理解出来た。

 救いは、昨日視聴した民放テレビ番組によれば、覚醒剤離脱専門機関が存在し、その援助をしているとの報道だ。

 音楽分野アーチストとして素晴らしい才能の持ち主であるASKA容疑者も、今一度その機関に依存し徹底的な治療援助を受け完全に覚醒剤から離脱して、自らの才能を再び世に発表して欲しいものだ。


    “ 遠く遠くどこまでも遠く 流れる河で
         暮れかかる空にあなた思い 今日も待っています ”