礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

昭和10年代における長時間労働の実態

2015-01-12 05:29:19 | コラムと名言

◎昭和10年代における長時間労働の実態

 昨日の続きである。『技術と社会政策』(光書房、一九四一)の著者・鶴田三千夫は、ナチス・ドイツを引き合いに出しながら、「一日八時間労働制」の必要性を説いた。「勤労精神の振作」を言うのであれば、まず、労働力の再生産を保証しうる物質的基礎を整えよという主張である。
 鶴田はなぜ、そのようなことを主張したのか。理由は言うまでもない。当時の労働実態が、労働力の再生産を保証しうる状態とは掛け離れたものになっていたからである。
 法政大学大原社会問題研究所編著『太平洋戦争下の労働者状態』(「日本労働年鑑」特集版、東洋経済新報社、一九六四)の第三編第三章第四節には、次のような記述が見られる(この本は、インターネットで閲覧できる)。

 労働時間の増大傾向に対してはすでに「軍需品工場ニ対スル指導方針」(一九三七年〔昭和一二〕一〇月、厚生省社会局長指示)、「軍需品工場ニ於ケル交替制実施ニ関スル件」通牒(一九三八年〔昭和一三〕八月)が出され、過長労働時間の抑制と交替制の奨励がなされたがいっこうに効果はあがらなかった。一九三九年〔昭和一四〕三月には工場就業時間制限令が公布され五月から実施された。これは、金属、機械器具工業の、工場法適用工場において男子労働者(一六歳以上)の就業時間を一二時間に制限し、さらに毎月最低二日の休日を設け、一日の就業時間が六時間を越えるときは最低三〇分、一〇時間以上のときは最低一時間の休憩時間を設けることを義務づけたのであった。もっとも右の時間制限には例外規定があって、交替制または業務の性質上とくに必要のある場合には、届出によって一二時間以上就業させることができた。今同制限令が実施された時点における機械器具工業の規模別の労働時間の実態を示せば、第五七表〔略〕のとおりである。就業時間一二時間を上回る労働者は全体の六・二%ほど存在した【注1】。先にあげた平均の数値では就業時間は一〇時間三六分であり、機械器具工業の平均をとっても一〇時間四七分であるが、この表によればむしろ一一~一二時間に最も分布が集中している。この産業での支配的な就業時間は一一時間以上一二時間未満であった、といったほうが適当であろう。なお、この表について注目すべきことは、大規模工場の方が過長労働が多くみられたということである。五〇人未満の小工場では一八時間を越えて就業した労働者は皆無であった。

 労働時間が増大してゆく当時の傾向に対しては、厚生省社会局などの官庁も、一応の危機感を抱いていたものと思われる。だからこそ、「軍需品工場ニ対スル指導方針」などが発せられたわけだが、これらによって、実態が改善されることはなかった。
 そうした中で、鶴田三千夫は、『技術と社会政策』という本を出版し、あえて「一日八時間労働制」の必要性を説いたのである。
 なお、上記引用中に、【注1】とあったが、これも以下に、引用しておく。

【注1】機械・器具工場における長時間労働の実態について、一労働者は次のように語っている――「例へば、朝七時二〇分に出勤する。それから夕方の五時までが、定時間ですが、その後は残業になり、それからまた翌日の定時聞までぶっつゞけ、家から持って来る朝飯を食ってから、また晩の五時までやる。すると三六時間の労働時間が三八時間八分になり、都合、三時間ばかりの歩増しがつくのです。それをやらなければ、実際われわれの生活は立たない。自分の身体が衰へるのはわかってゐるけれども、そんなことはいってゐられないから進んでやる。やる奴は一週間に四回もやる。だから倒れる。私らの「倒れる」は、死んでしまふことです。」(「社会政策時報」二〇三号「工業従業員の健康問題座談会」)、大河内一男「労働政策に於ける戦時と平時」東大経済学部編「戦後日本経済の諸問題」(一九四九年)二〇六ページから引用。

 この注に見られる長時間労働の実態は恐るべきものがあるが、残念ながら、この注を見ただけでは、これが、「いつ」の実態なのかがわからない。ただし、『社会政策時報』二〇三号が出たのが、一九三七年(昭和一二)であることから、その年またはそれ以前の実態であることだけは、見当がつく。【この話、続く】

今日の名言 2015・1・12

◎私らの「倒れる」は、死んでしまふことです

 昭和初期、長時間労働を強いられていた一労働者が吐いた言葉。『社会政策時報』203号「工業従業員の健康問題座談会」における発言というが、原文は未確認。上記コラム参照。

*明日以降、数日間、都合により、ブログをお休みいたします。

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