◎笠間杲雄のエッセイ「排外は国辱」(1941)
笠間杲雄〈アキオ〉(一八八五~一九四五)といえば、戦前は、イスラム通の外交官として知られ人物であった。健筆家であり、岩波新書『回教徒』(旧赤版33、一九三九)などの著書がある。終戦を目前にした一九四五年(昭和二〇)年四月一日、いわゆる「阿波丸事件」で亡くなっている。
本日は、その笠間杲雄が書いた「排外は国辱」というエッセイを紹介してみよう。初出は不明だが、彼の「随想随録」を集めた『青刷飛脚』(六興商会出版部、一九四一)に載っていたものである。
排外は国辱
対外情勢の深刻化するにつれて、いたるところに外国人排斥の声に踊らされる無智の徒の暴行事件などを聞く。誠ににがにがしきことである。時々は欧米人の国籍と人種とを見わけられない邦人が、某国人と思つて乱暴を加へたら、それがドイツ人であつたり、甚だしいのは態々〈ワザワザ〉我国へ招いた某国使節団の一員の夫人だつたりして、本人も官憲も平身低頭、陳謝させられたりする。
英米に対する媚態外交の排斥すべきは、日本国民に一人も異議はない。併し何国人だらうがたとひ其の国家の政策が敵性を帯びて居やうが、平和な旅行者、無実な居住者を捉へて暴行するやうな低劣な国民が一人でも居れば、我が国威を傷つけること、これに如く〈シク〉ものはない。我々は攘夷鎖国の時代を再現するほど蒙昧〈モウマイ〉であつてはならない。
心理学者の説明を聞くまでもなく、外人に暴行を加へたりするのは外国崇拝の潜在意識から出発してゐる。公正な心情の国民なら外国人に一目を置くやうな強がりをやる筈はない。排外は所謂『インフィリオティ・コンプッレクス』で、自尊心の欠如、相手方をえらいと見る前提から出発して居る。これにまさる媚態はない。
その証拠には四年に亘る対支聖戦の間に、唯の一人の在留支那人をも迫害した例はないではないか。支郡人を我々と平等又はそれ以下と見てゐるためである。これに反して支那人は抗日排日をやつて日本に二目も三目もおいてゐる。
外国語排斥にも同じやうな一面がある。如何なる外来語を摂取しても、国語は言霊〈コトダマ〉の幸はふ〈サキワウ〉日本のものである。況や〈イワンヤ〉『ダンス』と舞踊『ぺーア』と梨と云ふやうに、巧に使ひ分けをする自然の発達が国語に在る。無理な訳語で代用するのは、外国語の力を恐れ、外国をあまりに高く評価することになる。ビスマークの国語純化はもつと深いもので、皮相な外国語排斥ではない。現代ドイツ語こそは外国語を最も巧妙に摂取してゐるものである。ドイツ人は欧洲では最も多く外国語に通じてゐる。
我が日本には排外の精神はない。上代にはしばしば敵性を帯びてゐた当時の朝鮮人の混血児たる坂上田村麿〈サカノウエ・ノ・タムラマロ〉を起用して、国軍の総司令官に任じてゐる。それでこそ八紘一宇〈ハッコウイチウ〉である。現代の日本人が暗愚な排外行為をやるならば、日本精神の正反対であり、国辱の極致でもある。
二一世紀の今日だが、七〇年以上も前のこの文章が、なお一定の説得力を持っている。これは一体、どういうことなのか。