礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

鶴田三千夫の『技術と社会政策』(1941)

2015-01-10 05:44:15 | コラムと名言

◎鶴田三千夫の『技術と社会政策』(1941)

 昨日は、寺尾宏二の『日本賦税史研究』(光書房、一九四三)という本を紹介した。本日は、鶴田三千夫の『技術と社会政策』(光書房、一九四一)という本を紹介してみたい。この両書は、ともに光書房という出版社から発行されている。
 著者の鶴田三千夫については、詳しいことはわからないが、マルクス主義的な発想に立って、社会政策の問題を研究していた人のようである。
 同書が発行されたのは、一九四一年(昭和一六)八月、日米開戦の四か月前である。その「はしがき」を読むと、「労働力」をめぐって、当時、おこなわれていた議論の一端が見えて興味深い。

 は し が き
【二段落分、略】
 今次の欧洲大戦に於いて、わが盟邦ナチス・ドイツが、電撃戦を敢行し、一戦毎〈ゴト〉に世界戦史上稀れにみる戦果を収めえたのは、一に〈イツニ〉ドイツ技術の驚異すべき進歩の結果にほかならないのであつて、しかも、かくのごとき技術の進歩をもたらしたものは、優秀なる科学者・技術者および科学・披術研究機関の整備による諸技術的手段のおびたゞしい達成であるとともに、同時にここに見逃すべからざることは、かかる高度な抜術的諸手段を駆使しうる知的・技術的水準の高い労働力を豊富に培養せるところのナチス社会政策の広汎なる実施にほかならないといふことである。すなはち、八時間労働制と最低賃銀制および業績賃率制とによつて、労働者の向上的生活を保護するとともに、休養をとり・教養を高め、文化を吸収し・技能を練磨しうるに足る余暇時間を保証して、その質の発展的培養を図り、さらに婦人・幼少年労働者のためには特別なる保護施設をほどこしてその早期損耗を防ぎ、すすんでは健康・失業・養老等幾多の社会保険を実施して労働力の質量的維持・培養を怠ることなく、かつ、ドイツ労働戦線による全国的職業競争を実施してあらゆる職業部門に属する労働者の技術の練磨・向上に尽力し、同時に労働手帳制度による労働力の配置を適正ならしめる等、およそ、労働力の質量的維持・培養ならびにその配置を任務とする社会政策のあらゆる領域を実施して至らざるはないといふほどの状態に達してゐるのである。さればこそ、ナチス・ドイツの技術が世界に冠たる地位を把持〈ハジ〉してゐるのであり、しかもかかる国家によつて十全に配意せられたる労働者なればこそ、国家の急に処して協心戮力〈リクリョク〉よく国家目的達成に身命を賭しうるのであり、かつまた、民族意識に目覚めた強烈なる精神力も生れ出づるのである。
 ひるがへつて、わが国の社会政策におもひをいたすとき、なほいまだかかる点においてナチス・ドイツに及ばざる点多々ありといはざるをえない。わが国の技術における「後進性」ないし「植民地的性格」の存続は、わが資本制国民経済の特殊な構造と発展によるものであり、それは一方では、先進工業国の諸技術的手段の輸入=移植に専念してわが国独自のものの達成を怠りしことと、他方では知的・技術的水準の高い労働力が微温的な社会政策によつて不十分にしか培養せられなかつたこととの結果にほかならないのである。されば、わか国の技術をして、その「植民地的性格」を脱却し、「日本的性格」の独自のものたらしめ、それをして大東亜共栄圏建設の斧鉞〈フエツ〉たらしめるためには、科学者・技術者による技術の研究・達成を振興せねばならぬこといふまでもないが、それとともに、わが国社会政策の微温性を止揚し、それを徹底的に拡充することによって、労働力の十全なる質量的維持・培養を企図せねばならないのである。【以下略】

 要するに、日本もナチス・ドイツにならって、労働者の生活向上を保証せよ、という趣旨の主張をおこなっているのである。鶴田三千夫のことは詳しくないし、まして、この当時の彼の思想傾向を知る手がかりもない。しかし、当時、こういう論法を用いて、労働者の生活向上を訴えていた論者がいたことがわかって興味深い。
 国立国会図書館のデータによると、光書房という出版社が本を刊行し始めたのは、一九四一年(昭和一六)のことで、この『技術と社会政策』は、同社にとって、四番目の刊行物だったと思われる。ちなみに、『技術と社会政策』を発行した時点における同社の住所は、東京市神田区神保町一ノ三。

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