◎民事法規に応急臨時の特例を設くるの必要あり(司法省)
一昨日、昨日に続いて、深谷善三郎編『(昭和十八年二回改正公布)戦時刑事民事特別法裁判所構成法戦時特例解説』(中央社、一九四三)を紹介する。
本日、紹介するのは、「戦時民事特別法解説」の第一編「総説」の全文である(五一~五六ページ)。
「戦時民事特別法」は、一九四二年(昭和一七)二月に公布され、その翌月に施行されている(昭和一七年法律第六三号)。第一回の改正は、一九四三年(昭和一八)一〇月に公布され、その翌月に施行されている。しかし、一九四三年一一月に発行された『戦時刑事民事特別法裁判所構成法戦時特例解説』の「新訂増修」版には、どういうわけか、戦時民事特別法の改正に関する記述がない。以下の「戦時民事特別法解説」は、あくまでも、改正前の戦時民事特別法についての解説である。
戦 時 民 事 特 別 法 解 説
第一編 総 説
一、戦時民事特別法理由書(司法省理由)
戦時に於ける民事上の紛争の敏速妥当なる解決を図る等の為め民事法規に応急臨時の特例を設くるの必要あり是れ本法案を提出する所以なり。
二、戦時民事特別法要網(政府の解説、議会調査部編)
戦時に於ける私権の確保並に民事に関する紛争の敏速且適正なる解決の為に現時の体制下痛切の必要を感ずる左記事項に付き適宜の改正を為さむとす。
第一 戦争に起因する障碍を考慮し訴訟上の期間に相当の余裕を設くること
第二 裁判所は必要あるときは其の管轄に属する訴訟を他の裁判所に移送し又は其の管轄に属せざる訴訟に付き自ら裁判を為すことを得るものとすること
第三 訴訟の円滑なる進行の為に裁判所はる進行のに裁判所は攻擎又は防禦の方法の提出期間を定むることを得るものとすること
第四 債務者が戦争の影響に因り債務を履行すること困難となりたる場合に於ては一定の条件の下に強制執行の一時の停止執行処分の取消を命じ又は破産の宣告を猶予することを得るものとすること
第五 話議の条件に付き相当なる緩和を為し得るものとすること
第六 調停制度を適当の範囲に拡張し且其の運用の適正を期すること
第七 株券、株主名簿又は社債原簿の喪失の場合に付き夫々〈ソレゾレ〉必要なる救済の方法を講じること
第八 裁判所相当と認むるときは証人又は鑑定人に対し其の陳述に代へ書面を提出せしむることを得るものとすること
第九 訴訟手続の中止の場合に付き適当なる改正を為すこと
第十 簡易なる呼出の方法を認むること
第十一 防護上必要あるときは訴訟記録の謄写等を制限することを得るものとすること
第十二 裁判所が為すべき広告は官報のみを以て之を為すものとすること
三、戦時民特別法理由(司法次官大森洪太氏説明)
戦時民特別法制定の理由を説明する、此法律は戦時に於ける民事関係の紛争の処理に資せむとするものである。云ふ迄もなく戦争の私法関係に及ぼす影響は千態万様であつて、之に適応する個々の規定を設けるに於ては実に複雑多岐に亘り如何なる規定を為すも其の全部を蔽ふ〈オオウ〉ことは殆ど不可能に近いと云ふも過言ではないと思はれるのである、従て寧ろ条理に依る互譲妥協を基調とする調停制度を拡張して、戦時下隣保相助の精神の下に円満に各個の事案を敏速妥当に解決する方が適当であると考へて、大体其の方針に則つたのである、之に加へて民事実体法及び手続法に臨時応急の若干の特例を設けようとするものである。
第一章 通則は実体法、手続法に共通するものであつて、本法が戦時に限り民事関係に付て特例を設くるの趣旨を明かにすると共に、戦争の影響を受けて所定期間内に定められた行為を実行することの出来ない場合其の期間を延ばすことにし、尚法律上裁判所が新聞紙に公告すべきものと定められてある事項は甚だ多く其の量も極めて沢山になつてゐるが今の状態下では新聞紙に公告掲載の紙面を得ることが殆ど不可能になつて来たから、戦時中に限り裁判所は官報だけに公告をすると云ふことにしたいのである。
第二章は民事訴訟に関する特例であつて、
「其の一」は、銃後国民の戦時下に於ける勤務の関係、交通機関の状態等に鑑みて、一般訴訟関係人の最も便宜の地に於て裁判を為し得る為に土地の管轄に関する規定を緩和し、又証人鑑定人をして裁判所に出頭せしむることなく書面の提出を以て之に代へるの途を開かうとするのである。
「其の二」は、訴訟の円滑なる進行を図る為に裁判所は攻撃又は防禦の方法を提出すべき期間を定め得るものとし、其の期間内に提出しなかつたものは裁判所の許可のあつた場合だけに主張が出来ることにしたのである、又電話葉書等簡単な方法を以て期日の呼出しを為し得るの途を開くのである。
「其の三」は、訴訟害類には機密に亘る事項も出てくるのであるから、防諜其の他公益上の必要ある場合に於ては訴訟書類の謄写等を制限し得るものとする。
「其の四」は、誠実真面目な債務者でありながら戦争の影響に依りて債務を履行することの出来ないやうな場合には債権者の経済に甚しき影響を与へざることの明かな時に限りて強制執行を緩和し得るものとすること。
「其の五」は、裁判所構成法戦時特例に依る控訴審省略に伴ふ手続規定を設けること等に付て其の趣旨を明かにする為めの規定である。
第三章は、破産及和議に関するものであつて、強制執行に付て述べた所と同様の事情の存する場合には破産宣告を猶予することが出来るやうにすること又和議条件は平等でなければならないことに現在はなって居つて、是に反するものは認められないのであるが、それでは極めて不自由な場合が生ずるのであつて、債権者間に多少の差等を設くるとも衡平を害しないやうな場合には之を許しても差支〈サシツカエ〉がないと云ふやうにしたいのである、即ち成るべく破産手続に依らざる解決が出来るやうにしたいと云ふ趣旨に外ならないのである。
第四章には、調停に関する規定を設けたのであつて現在行はれて居る六種の調停法規に規定のあるものは勿論それぞれ其の規定に依るのであるが、其の以外の民事の紛争に付いても冒頭に述べたやうな理由からして広く調停に付し得るものとしたのである、然し性質上調停に適せざる事案は自ら〈オノズカラ〉除外せられものであることは申す迄もない、此の調停の手続は大体借地借家法と同様になるのであるが、多少異なれる点は、調停裁判所の管轄に相当の余裕を設け、場合に依りては受訴裁判所が自ら〈ミズカラ〉調停することも出来るものとした、又調停は裁判所内一定の場所で之を行ふことを原則とするのであるが必要に応じて所謂現地調停を為し得るものとしたのである、又債権の存在其の他基本の関係に付て争〈アラソイ〉がなく些細な点に付て纏まらぬと云つたやうな場合に、金銭債務臨時調停法第七条に於けると同様に調停に代る裁判を為し得ることとした、又弁護士が代理人として出頭する場合には裁判所の許可を必要としないこととした、是等が異なつた点であつて、此の点は他の調停にも歩調を合せるやうにしたのである。
本法の大要は以上の通りであつて、現時の体制下、即ち此の大東亜戦争下に於て痛切の必要を感ずる事項に付き応急臨時の特例を設けようとするものである。
以上が、「戦時民事特別法解説」の第一編「総説」である。このあとに、第二編「逐条解説」が続くが、これは割愛する。
この『戦時刑事民事特別法裁判所構成法戦時特例解説』という本は、タイトルの通り、「裁判所構成法戦時特例」についても解説しているが、こちらの紹介も割愛する。というわけで、明日は話題を変える。