◎リチャード・ウィドマークの代表作は?
リチャード・ウィドマークが出ている映画というのを、あまり観ていないような気がする。リチャード・ウィドマークという俳優は昔から知っているし、彼が出ている映画を、かなり観てきたはずだ。にもかかわらず、リチャード・ウィドマークという俳優を意識しながら観た映画というのが、ほとんどなかったということだ。
数年前に、ジュールス・ダッシン監督の『街の野獣』(20世紀フォックス、一九五〇)という映画を見た。このとき、改めてリチャード・ウィドマークという役者に注目した。この映画では、リチャード・ウィドマークが主役、その役どころは、ロンドンの酒場「シルバー・フォックス」で、客引きをやっている、ハリー・ファビアン。ハリーは、しがない客引きだが、なかなかの野心家で、グレゴリウスというプロレスラーと親しくなったのを機に、プロレスの興行で一旗挙げようと考える。しかしこれが、そう簡単にはいかない。ちなみに、タイトルの「街の野獣」とは、すなわち、プロレスラーたちのことを指している。
リチャード・ウィドマークは、狡猾で強引で、しかも小心者というクセのある役柄を、いかにもそれらしく演じている。しかし、どことなく影が薄い。おそらくこれは、共演者たちの存在感が、リチャード・ウィドマークのそれを、大きく上回っていたからではないのか。たとえば、「シルバー・フォックス」の経営者フィルを演じたフランシス・L・サリヴァン。にくらしいほどの存在感である。あるいは、グレゴリウスを演じたスタニスラウス・ズビスコ。この人の存在感は圧倒的である。なんと彼は、ホンモノのプロレスラー、しかも伝説的ともいえる著名なプロレスラーだったのである。
さて、映画『ニュールンベルグ裁判』では(一昨日、昨日のコラム参照)、リチャード・ウィドマークは、タッド・ローソン検察官(合衆国陸軍法務大佐)を演じている。冷静にして沈着、つねに眼光鋭く、ときに語気鋭く、被告に迫る。このローソン検察官は、リチャード・ウィドマークのハマリ役とも言える。
法廷内で、絶滅収容所の模様を記録した実写フィルムを流す場面がある。コメントするのは、ローソン検察官。この際の、短く抑制したコメントがよい。
また、これは法廷外の話だが、ローソン検察官に対して、軍の上官が、冷戦を理由に、政治的な「圧力」を加えようとする場面がある。今のアメリカとしては、ドイツ国民を敵に回すわけにはいかないというのが、上官の論理である。この時のローソン検察官の苦しげな表情もよい。
インターネット情報によれば、『ニュールンベルグ裁判』は、リチャード・ウィドマークにとって、「自他ともに認める代表作」だったという。さもありなん、と思う。リチャード・ウィドマークは、二〇〇八年に九三歳で亡くなったという。