◎文体模写(その3)、芥川龍之介「いんふれの」
本日も、アサヒグラフ編『玉石集』(朝日新聞社、一九四八)にある「文体模写」を紹介してみたい。本日は「模・芥川龍之介」。改行は原文のまま。
=== 文 体 模 写 ===
い ん ふ れ の 模・芥川龍之介
或る日のことでございます。基督様は「はらいそ」から下界の容子を御
覧になつていらつしやいました。此の下界は「いんふれの」と申して戒を
破つた人々が住む家もなく着る衣物もなく食べるものもなく責苦に満ちた
闇の中に蠢いてゐるのでございます。「さんたん・るちや」を力なく歌つて
ゐる「ひきあ・げしや」や泥沼でもがいてる「さらりまん」、通行止の立札
のやうなものを担いでぞろぞろとあてどもなく行列して歩く一隊などの中
に、傍目もふらす一生懸命にお札を作つてゐる人がございました。勘定す
るだけでも大変なほど沢山のお札でござい走すが「いんふれの」の人々は
此のお札を受取るとすぐそれを食べて了ふから幾ら作つても足らないので
ございます。基督様は悲しさうなお顔で「えんじゆる」をお呼びになり小
麦粉と罐詰を下界に下し給うたのでございます。