◎文体模写(その2)、森鴎外「かどはかし」
昨日の続きである。本日も、アサヒグラフ編『玉石集』(朝日新聞社、一九四八)にある「文体模写」を紹介してみたい。本日は「模・森鴎外」。改行は原文のまま。
=== 文 体 模 写 ===
か ど は か し 模・森 鴎 外
少女の笑ひさざめく声きこゆる折、校門を出で来る二人三人あり。先き
に立ちたる一人に歩みよりたる色黒き小男「おん身は住友邦子の君にあら
ずや」少女はいぶかしげに首を傾けつ。「我はその筋の者なり。おん身の
父君に一大事起りたり。今よりともに警察署に参るべし、いざいざ」とう
ながす男の何とはあらず気ぜはし気なるは、いかなることはりにや。みれ
ば、髪もけずらず、服も整はぬ世にいふ復員くづれの姿なれば少女は怪し
とや思ひけむ「いかなれば警察吏のいでたちし給はぬにぞ」と問ふ。男は
「そのお疑ひは尤もなり。されど、これこそ人目を忍ぶ姿、おん身を悪人
の手より護らんが為なり」と面を柔らげ言の葉もやさしく言なしければ、
ついには従ひゆくをうベなひぬ。
この文章は、一九四六年(昭和二一)九月一七日に起きた「住友財閥令嬢誘拐事件」をモデルにしていると思われる。誘拐事件つながりで、『山椒大夫』の著者、森鴎外の文体を借りたということだろう。それにしても、たいへんな才芸である。