◎嵐寛寿郎と吉田義夫(「隆法窟日乗」より)
本日は、柏木隆法さんの通信「隆法窟日乗」を紹介させていただこう。昨年一一月二八日に、九月二五日付の通信(通しナンバー541)を紹介したが、本日、紹介するのは、その次にあたる「通しナンバー542」の通信である(日付は明記されていない)。
隆法窟日乗(9月
思い出したことが一つ。拙が『新潮45』の依頼で溝口健二の遺族を訪ねて京都の郊外向日市〈ムコウ・シ〉を訪ねたとき、路地の奥から見たことのある老人がこちらにやってきた。よく見ると嵐寛寿郎〈アラシ・カンジュウロウ〉だった。昭和61年の年末だった。「御大〈オンタイ〉お久しぶりです」と声を掛けたら「君も来てくれたのか」という。何の事やら不思議に思っていると正面の寺の門前に「吉田義夫」と書かれていた。吉田義夫といても御存知ない方が多かろうが、拙の年齢だとあらゆる東映時代劇で悪役を努めた俳優である。テレビでは『悪魔くん』のメヒィスト。『男はつらいよ』では旅回りの一座の座長として3,4話出演していた。拙の記憶に残るのは『七つの誓い』で中国人の悪役オンコ役として辮髪のメークで出てきた。晩年になって時々テレビに出ていたが、むしろ画家として法隆寺金堂の壁画模写などに専念していた。東映時代、甲斐庄楠音〈カイノショウ・タダオト〉の指導を受けて『忠臣蔵』の松の廊下の豪華な襖絵を描き、二条城の狩野探幽の襖絵の修復など画家と俳優の二束の草鞋を通した。拙とは撮影所では会ったことはなく、銀幕を通じて知っているだけで、年齢的に一緒に仕事の機会はなかった。拙が出入したころは既に吉田の姿は京都の撮影所にはなかった。拙の記憶には溝口健二も吉田義夫も直接あったことがないからどこか別の世界の人だった。改めて自分が出たテレビ映画を見てみると、随分亡くなった人が一緒に出ている。驚いたのは松尾勝人で、毎年エクラン社宛てに年賀状を出していた。そして毎回、拙の許にも松尾のハガキが届いていたるところが、本人は2007年にすでに亡くなっていて、拙と連絡をとっていたのは千代田進一であることがわかった。これで日本電波というテレビ界から這い上った独自の撮影所を持った最初からの関係者は一人もこの世にいなくなった。社長の松本常保という人は侠界の人であった。松竹の用心棒から身を起こし、困っている役者に救いの手を差しのべた。大木実、河津清三郎、田崎潤、廣澤虎蔵、森繁久彌、高田浩吉、藤山寛美、大谷友右衛門などである。この中で拙の取材に応じて頂いた方は森繁久彌一人であった。『次郎長三国志』の撮影裏話も森繁から聞いたが、主役の小堀明夫だけは小林一三の横やりで仕方なく次郎長に抜擢させられたという。宝塚劇場の掃除夫だった小堀を小林が見つけ芸能界へ入れた。拙も『水戸黄門』の撮影で一度仕事をともにしたが、とても使い物になるような俳優ではなかった。大映の『次郎長富士』では敵役〈カタキヤク〉の穴太徳〈アノウトク〉を演じたが、東宝の『次郎長三国志』が公開されて直後だったからイメージが合わなくて不評に終わった。今も俳優を続けているというが、拙にはさっぱりその消息は掴めていない。実力もないのに幸運のみが招いた不運だった。後が続かなかったのである。日本電波はこの小堀と同じように実力が伴わない俳優がいきなりデビューしたために全員が不発に終わってしまった。松竹が東映に対抗して「七人若衆」を売り出したことがあった。新人七人をまとめて中村錦之助や大川橋蔵に対抗させようとする乱暴な計画である。この七人とは花ノ本寿〈ハナノモト・コトブキ〉、林与一、大谷正弥、中山大介、川田浩二、大谷ひでと、そして松本錦四郎である。出演回数が多かったのは花ノ本寿くらいで、実相寺昭雄〈ジッソウジ・アキオ〉の『無常』などに出た程度で話題にもならなかった。林与一は周知の通り『赤穂浪士』の堀田隼人役くらいが代表作。川田と大谷は使い物にならず、松本錦四郎だけが松本常保によって日本電波が引き取った。松本は松山容子の『琴姫七変化』準主役秋葉浩介に代わって後半から松本錦四郎になり、次作『噂の錦四郎』では主役になった。ところがシリーズが終わると人気は松本錦四郎さっぱりでず、大映の『新選組始末記』に沖田総司役で出たくらいで話題になる作品の出演はなかった。拙が大学4年のある日、撮影所に行くとやけに騒々しかった。何があったかと訊ねると松尾勝人が「松本錦四郎が自殺した」とだけ言った。542
柏木隆法さんは、テレビドラマの仕事をしていたときに、嵐寛寿郎と出会っている。初対面の際、「先生」と呼びかけたところ、「わて、あんたはんの先生と違う、アラカンでおます」と返されたという話が、二〇一四年八月一一日付(通しナンバー84)の隆法窟日乗にある(この日乗は、同年九月二〇日の当ブログで紹介した)。
吉田義夫の名前は、小学生時代から「字幕」で知っていた。当時、見ていた映画の多くが東映の時代劇だったのである。なお、昨日、インターネットで調べたところ、吉田義夫は、東映映画『逆襲! 鞍馬天狗』(一九五三)で、嵐寛寿郎と共演しているようだ。
今日の名言 2016・1・11
◎普通って何なんだろう
放送作家・小山薫堂〈コヤマ・クンドウ〉さんの言葉。本日朝のNHKの番組で聞いた。なお、小山薫堂さんの父・小山清嗣さんは、少年時代の薫堂さんに対し、あるとき、「人は知らず知らずのうちに、最良の人生を選びながら生きている」という言葉を贈ったという。
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