礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

言語学者・橘正一の業績について(付・「絶好調」の週刊文春)

2012-07-22 07:22:25 | 日記

◎言語学者・橘正一の業績について

 橘正一〈タチバナ・ショウイチ〉という言語学者がいた(一九〇二~一九四〇)。若くして亡くなったためか、あまり評価されていないようだ。多くの優れた論文を残しているが、それらを一冊の本にまとめようという動きがないのは残念である。
 橘正一の論文には、以前から注目してきた。橘正一の論文を読むと、この人は、民俗学ないし民族学(文化人類学)という学問に関心があり、また民俗学的・民族学的なセンスを持っていたという印象をいだく。
 歴史民俗学資料叢書(全一五巻、批評社)に、何編か、彼の論文を収録できたことを、密かな誇りとしている。特に、『性愛の民俗学』(二〇〇七)に収録した「シタクチバナシ」(一九三〇)は、いかにも橘らしいユニークな論文であると考えている。
 その業績には注目してきたものの、橘正一の人物については、まだほとんど調べていない。橘正一の人物や業績について調べている研究者がいるのかどうかも把握していない。
 ただ最近、たまたま開いた本の中に、橘正一について述べている部分があったので紹介しておこう。

 五年〔昭和五年=一九三〇〕の同じ八月に盛岡の橘正一氏は謄写版で「方言と土俗」という雑誌を創刊した。この発行については大田栄太郎と私〔東条操〕とに相談があり連名でという事であったが、事実は橘氏の独力で規画〔ママ〕され経営された。橘氏は既に故人であるからやや詳しく記しておきたい。
 橘氏は盛岡の人で、方言に興味を持ったのはある種の民俗研究かららしいが、二高を出た大正十一年〔一九二二〕以来肺を冒され多く臥床していた。「一つの身に五つの病を持ち」と記した彼は、病床で方言集を集めながら方言の比較研究に熱中した。雑誌を計画した昭和五年〔一九三〇〕には二十九歳であった。この雑誌は四年ばかり続き四十五冊を出した。三十一歳の昭和十一年〔一九三六〕に「方言学概論」を出した。これは八年間の努力で集めた十三万枚の方言カードの結晶だといっている。翌十二年には「方言読本」を出した。両書とも語彙中心のものだが、かなり大衆向で面白く読める。氏の興味は、やがて語彙から語法に移って方言文学を材料として、この方面の論文を続々発表した。十四年から「分類全国方言辞典」を計画し十五年〔一九四〇〕に第四冊目の「諸国助詞方言集」を出したが、同年三十九歳で没した。非常な努力家であり、方言の啓蒙には功績のあった人である。方言研究家には病身のために研究に入った人が多い。元来は全国を踏査するだけの頑健さの必な筈〈ハズ〉の方言研究が、病人の仕事となった点に従来の日本の方言研究の弱い性格が見える。方言研究はどうしても臨地調査の上に築かれなければならない。文献に依存ずるのは権道〈ケンドウ〉である。

 出典は、東条操『方言の研究』(刀江書院、一九五一)である。わずか一ページほどの記述であるが、それでも貴重な情報である。
 私は、この東条操という人物については、よく知らないが(方言学者であることは知っている)、すくなくとも、橘正一のよき理解者ではなかったようだ。
 橘正一を単なる方言学者としか見ていないし、しかも大成できなかった方言学者としか見ていない。「方言の啓蒙には功績のあった人である」というのは、もちろん「褒め言葉」ではない。おそらく東条は、橘が『方言と土俗』というタイトルの雑誌を出し続けた意味を理解していなかったし、橘論文における民俗学的・民族学的な視点にも気づかなかった(気づこうとしなかった)のであろう。
 ちなみに、引用文の最後にある「権道」とは、「正道」の対語で、目的を達するためにとる手段が正しくない道といった意味である。東条操は、自分の方言学が「正道」で、橘正一の方言学は「権道」だと意識していたのであろう。

今日の名言 2012・7・22

◎名誉毀損の裁判は個人の立場でおこなうべきだ

 本日の東京新聞「週刊誌を読む」欄(執筆・篠田博之)によると、このところ週刊文春が「絶好調」のようだ。日経新聞社長の名誉毀損事件、週刊文春広告拒否問題でも、週刊文春側は強気の姿勢を崩していない。一方、日経新聞社内では、「社長個人の問題ならば、名誉毀損の裁判は個人の立場でおこなうべきだ」という意見が優勢らしい。ただしこれは、週刊文春の報道なので割り引いて考える必要があるというのが、篠田博之氏のコメントである。

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1 コメント

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見つけて、やってきました (余白)
2012-07-22 07:43:52
昨日、大塚では、お疲れさまでした。

ブログ、ゆっくり拝見します。

小生のは、
http://blog.goo.ne.jp/kyusan2
です。(「興趣つきぬ日々)

それではまた、お目にかかります。
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