◎宣伝ビラに目をくれるな、人に話すな(憲兵司令部)
古書店の販売目録を見て、『主婦之友』の一九四五年六月号(第二九巻第六号)を入手した。総ページ数三六、表紙が第一ページ、ウラ表紙が第三六ページである。
見かけは貧弱だが、内容は過激である。もちろん、戦時色一色である。表紙右側には、「本土決戦/勝利の防衛生活」という文字があり、海の上で和船を操っていると思われる女性の姿が描かれている。
紹介したい記事は多いが、本日は、ウラ表紙に載っていた「敵の謀略に騙されるな」という記事を紹介してみよう。原文は、総ルビに近いが、その一部のみを、【 】によって示した。
敵の謀略に騙されるな 憲兵司令部指導
敵は徹底的本土爆撃に加へ、更に思想謀略によつてわが防衛体制を破壊しようとしてゐる。
▲敵の放送を聞いたら直ちにスイッチを切れ。
甘い感傷的な音楽が嫋々【でうでう】と聞えで来る。それがプツッと切れたかと思ふと、『アメリカは日本国民を敵としない、降参すれば幸福な生活を保証する。』といふやうな文句が電波に乗つて来る。――
敵はきつとかういふ手を使ひます。馬鹿な‥‥と笑ひ去つても、度重ればつい耳を傾けるやうになつて来る。さうなつたら完全に敵の術中【じゆつちう】に陥つてゐるのです。
警報が発令されて、敵機は逐次本土に近づきつゝあるといふ防空情報がほんの今あつたのに、突然『』といふ放送が聞える。無判断にそれを信じたら防空態勢はめちやめちやです。
その日の番組以外のものが突然入つて来たり、放送要領が違つたり、聞き慣れぬ放送員の声だつたりして敵側の放送だと疑はれたら、直ちにスイッチを切ること。聞いたら負けです。
▲宣伝ビラに目をくれるな、人に話すな。
敵機は九州でも大阪でも千葉にも宣伝ビラを撒いた。十円札の模様の裏に、生活物資の窮乏につけ込んで軍への中傷を書き立てたもの、表は日の丸で裏に和平宣伝を印刷したものや、病人、死人が折り重なつて倒れてゐる図に、戦災者を絶望させるやうな文句を入れたもの。また『まこと』といふ敵の手で編輯された新聞もある。敵米国の生産力の大きさを誇張したり、一方アメリカにとつて不利な事実も発表し、いかにも日本の新聞のやうに見せかけてゐる。
敵はこれらによつて、軍民離間【りかん】や和平思想を植ゑつけようとするのです。拾つたらすぐ届け出ること。内容も人に告げぬこと。国法で罰せられます。
▲敵機の落したものを拾ふと危険。
敵は飛行機から玩具【おもちや】や万年筆や時計の形をした爆弾を落したり、病菌を塗つたものを落すかも知れぬ。
子供には、道に落ちてゐるものは絶対に拾拾はぬやう、平常【ふだん】からよくよく言ひ聞かせておくこと。うつかり手を触れて大怪我【おほけが】をしたり、生命【いのち】まで失つてから騒いでも後の祭です。
▲投下された生活必需品に釣られるな。
敵は物資の乏しいところへつけ入つて、タオルや石鹸、煙草、菓子類など、無害でそのまゝ役立つ生活必需品を投下することもある。咽喉【のど】から手が出さうなものでも、敵のものなど一指も触れぬ心構へが肝要。ただ利用するだけのつもりが、いつの間にか感謝に変り、厭戦へ和平へと敢闘精神を鈍らせる因【もと】になります。
▲謀略は常に新手【あらて】で来る。
日本人に変装した者が、落下傘や舟艇で人知れず本土にまぎれ込み、偵察をやつたり、鉄橋や工場を爆破したり、また井戸に毒を入れたりするやうなことも予想されます。敵は何をしでかすかも知れぬ。怪しい人がゐるときはすぐ届け出ること。
▲謀略に勝ち抜くには――
敵が狙ふのはわれわれの心の隙です。弱気や好奇心や、恐怖感です。いかなる悪条件下にあつても、敵の甘言【かんげん】に乗せらるやうな心の隙を作つてはなりません。ぐらぐらせぬ信念、あくまで戦ひ抜く精神、これ以外に敵の謀略を撃退する武器はないのです。