◎ドイツは日米国交の改善に尽力すべし(スターマー特使)
近衛文麿手記『平和への努力』(日本電報通信社、一九四六)から、「三国同盟に就て」という文章を紹介している。本日は、その二回目。引用にあたっては、漢字による表記を「ひらがな」、「カタカナ」に直すなど、原文に少し手を入れた。
三国同盟は昭和十五年〔一九四〇〕九月廿七日に締結せられたのであるが、その前にドイツ外相リッベントロップ〔Joachim von Ribbentrop〕の特使としてスターマー〔Heinrich Georg Stahmer〕公使来り、同公使は松岡〔洋右〕外相と九月九日十日両日会見懇談した。その時の会談記録は、同盟の具体的目標及成立事情を知る上に於て極めて重要であるから、その一部を左に抜萃〈バッスイ〉する。
一、ドイツは今次戦争が世界戦争に発展するを欲せず、一日も速〈スミヤカ〉にこれを終結せしむることを望む。しかして特に米国が参加せざる事を希望す。
二、ドイツはこの際対英本国戦争に関し、日本の軍事的援助を求めず。
三、ドイツが日本に求むる所は、日本があらゆる方法において米国を牽制し、その参戦を防止する役割を演ずることにあり、ドイツは今のところ米国は参戦せずと思惟するも、しかも万〈バン〉これなきを期せんとするものなり。
五、ドイツは日独間に了解あるいは協定を成立せしめ、何時にても危機の襲来に対して完全に且つ効果的に備ふること両国にとり有利なりと信ず。かくしてのみ米国が現在の戦争に参加すること、又は将来日本と事を構ふることを防止し得べし。
六、日独伊三国側の決意せる毅然たる態度明快にして、誤認せられざる底〈テイ〉の態度の竪持と、その事実を米国を始め世界に知悉せしむることによりてのみ、協力且有効に米国を抑制し得、これに反し軟弱にして微温的なる態度を採り、もしくは声明をなす如きは却て〈カエッテ〉侮辱と危険とを招くに止まるべし。
七、ドイツは日本が能く現下の情勢を把握し、以て西半球より来る事あるべキ危険の重大性と現実性とを自覚し、以て米国始め他の列国をして揣摩臆測〈シマオクソク〉の余地なからしむるが如き、日独伊三国間の協定を締結することに依りてこれを予防するため、迅速且決定的に行動せんことを望む。
十、まづ日独伊三国間の約定を成立せしめ、しかるのちただちにソ連に接近するにしかず。日ソ親善につきドイツは「正直なる仲買人」たる用意あり。而して両国接近の途上に越ゆべからざる障害ありとは覚えず。従つてさしたる因難なく解決し得べきかと思料す。英国側の宣伝に反し、独ソ関係は良好にしてソ連はドイツとの約束を満足に履行しつつあり。
十一、枢軸国(日本を含む)は最悪の危険に備ふるため徹底的用意あるべきは勿論なるも、しかし一面ドイツは日米間の衝突回避にあらゆる努力を吝ま〈オシマ〉ざるのみならず、もし人力の能くなし得る所ならば進んで両国々交の改善にすらも尽力すべし。
十四、スターマーの言はただちにリッベントロップ外相の言葉として受取られ差支なし。
この会談記録によりても知らるる如く、三国同盟条約締結には具体目標が二つあるのである。第一はアメリカの参戦を防止し戦果の拡大を防ぐことである。第二は対ソ親善関係の確立である。〈一八~一九ページ〉
ドイツは、アメリカの参戦を警戒していた。そのことは、一、三、六、十一、の各項に明らかである。近衛が指摘する通り、三国同盟の目標の第一は、「アメリカの参戦を防止し戦果の拡大を防ぐこと」にあった。
スターマー特使は、松岡外相との会談で、ドイツは日米間の衝突回避にあらゆる努力を惜しまない旨を強調し、「進んで両国々交の改善にすらも尽力すべし」とまで言っていた。にもかかわらず、日本は、三国同盟締結から一年数か月、ついにアメリカに対し宣戦を布告した。これにともない、ドイツ・イタリアもまた、アメリカに宣戦を布告することになった。
日本が英米に対し、宣戦を布告するにいたった経緯は、非常に入り組んでいるが、この宣戦布告が、ドイツの「期待」を裏切るものであったことは間違いのないところであろう。