前号記事の内容について、もう少し補足しておきます。私はこの記事を、別に共産党を叩くだけの為にアップしたのではありません。
今も原発・安保ヨイショに終始している自民党や産経・右翼メディアについては、もはや論外です。かと言って、彼らから批判されている民主党とて、自民党と五十歩百歩で、とても支持する気にはなれません。元々彼らは、自民党から枝分かれした政党にしか過ぎません。この前の福島現地視察の時も、岡田幹事長や枝野官房長官ときたら、防護服にガスマスクの出で立ちで、ホンの5~20分程度の視察でお茶を濁しただけだったらしいじゃないですか。まるで汚いものに触れるかのような態度で。共産党の志位委員長や小池晃氏が、平服姿で地元の自治体首長や住民たちと、長時間膝突き合わせて懇談したのと、まるで対照的です(参考記事1・2)。この一事を以ってしても、本当に被災住民の事を思っているのは誰なのか、如実に分かろうというものです。
それは、共産党と同じように脱原発を掲げている社民党にも、少なからず言える事です。確かに社民党は脱原発を掲げてはいますが、ではもう一方の安保についてはどうだったか。かつて自民党と連立を組んだ時に、それまでの安保廃棄・自衛隊解消から、安保も自衛隊も容認する姿勢に、180度転換してしまったではないですか。この党は、共産党との統一行動や統一戦線形成に背を向け続け、公明党や自民党・民主党に擦り寄る事ばかりに汲々としてきた為に、かつての支持の大半を失う事になってしまったのです。この事についての総括がないまま、もし仮に与党に復帰する事があったとしても、また同じ轍を踏むに決まっています。
では、それに対して共産党はどうか。民主党や社民党よりも信頼が置けるのは確かですが、でもこの党とて、原発の見直しは言っても、脱原発を明確には言わない「もどかしさ」があるのは否めません。それに、直近の東京・世田谷区長選挙で、社民党推薦ではあっても脱原発を明確に掲げ、同じ都内の狛江市長選で共産党員市長の応援にも駆けつけてくれた保坂展人(のぶと)候補を支持せず、徒に自党の候補に拘り続けた姿勢についても、セクト主義という点では社民党とも似たり寄ったりではないですか。
勿論、だからと言って、「どの党もみな同じ」「誰が政治家になっても同じ」であるとは、私は思いません。「誰がなっても同じ」という事で何もしないのでは、自民党や右翼・財界を喜ばす事にしかなりません。また、各党それぞれに問題があり、原発政策に不十分さがあったとしても、その程度は様々です。積極的に原発を推進してきた与党内の確信犯と、それに十分抗する事が出来なかった野党とは、明確に区別すべきでしょう。前者があくまでも打倒対象でしかないのに引き換え、後者は少なくとも打倒対象ではない。しかし、護憲・革新や左翼・リベラルだからというだけで盲目的に支持するのではなく、あくまでも是々非々の立場で「批判的に支持」すべきというのが、現段階での私の立場です。
その中で、今回の福島原発事故を機に、世論の中に出てきた新しい動きに、私は注目しています。今まで原発に無関心だった若者や主婦が、反(脱)原発のデモや集会に、自主的に続々と参加し始めています。4月10日の東京・高円寺でのデモに続き、この前の5月7日の東京・渋谷のデモも、警察の不当弾圧にも関わらず、1万5千人もの参加で、成功を勝ち取る事が出来ました。そういう流れが、今や東京だけでなく、全国各地に広がっています。
従来は政党や労組とは無縁だった人たちが、それらのデモにどんどん加わって来ているのです。チュニジア・エジプトで始まったジャスミン革命も、原動力になったのは、既成野党やイスラム教指導者ではなく、それらの無名の人たちでした。その無名の人たちが、それまで磐石だと思われていた独裁体制を崩壊に導いたのです。
翻って我々はどうか。ともすれば、民主党を「第二自民党」、社民党を「民主党の下駄の雪」呼ばわりし、共産党の「不甲斐なさ」を詰る我々にしても、今まで安保や原発を受け入れ、原発の下請け労働者や、地方の原発銀座や、沖縄・岩国の米軍基地周辺住民の犠牲の上に胡坐をかいてきた事については、これら諸党とも五十歩百歩ではなかったか。
例えば、東電の企業体質が今盛んに叩かれていますが、この東電における「情報隠し」や「臭い物に蓋」の事なかれ主義、ワンマン経営やイエスマン人事、労使協調の御用組合、その下で横行する「下請け虐め」や「派遣切り」、現場の「被曝・奴隷労働」に見られる利益至上主義、それを支えるヒラメ社員の「社畜・奴隷根性」といったものは、何も東電だけに限りません。チッソ・雪印や、最近では食中毒事件を引き起こした安売り焼肉チェーンなど、他の企業にも共通して見られるものです。だから政府・財界などは、ひたすら東電だけを悪者にする事で、他企業の悪行や搾取には累が及ばないように、右翼・商業メディアを通して、巧妙に世論操作を行っているのです。
その我々の中にある「ヒラメ社員の弱さ」や「社畜・奴隷根性」が、長年に渡って自民党や大企業による支配を支え、安保や原発にも暗黙の了解を与え続けてきた事で、民主党や社民党を骨抜きにし、共産党を頑(かたく)なにさせてきたとも、言えるのではないか。「放射能がうつる」と言われて広まった、かつての原爆被曝者や今の福島県民への醜い差別も、その我々の弱さの為せる業ではないか。今回の事故で、その醜さが白日の下にさらけ出されてしまったのです。変わるべきは、これら諸党であると同時に、我々自身の「不甲斐なさ」や「奴隷根性」でもある。今回の草の根の反原発デモに参加した人たちは、その事に徐々に気付き始めてきたからこそ、デモに加わるようになったのではないでしょうか。
またまたブログ更新に間が空いてしまいました。少し気を緩めるとこの有様です。
今回は、ミクシイでお知り合いになった方のブログ「矢野匠の、日々是大波」から、ある記事の紹介をしたいと思います。この矢野匠さん(ミクシイ名はジャッカル)は、ご自身も電力企業の元社員だった人で、それがこの原発事故で会社に見切りをつけられ、「脱原発のネット番組制作」に携わるライターとして再出発なさった方です。このブログも、この5月に立ち上げたばかりで、まだ数本の記事しかアップされていませんが、どの記事も示唆に富む内容になっています。
ここで以下に紹介するのが、その「唯一の「被爆国」であるという自負のみでは、何も変わらない。」というタイトル記事です。原発をアメとムチで地方に押し付けながら、それを必要悪と嘯いてきたこの国の政治は、そのまんま、米軍基地を沖縄に押し付けてきた構造と同じであり、それを「仕方ない」と認めてきた多くの国民の問題でもある、という事です。
(転載開始)
今日の記事は、過去に反核兵器・反原子力に長く携わってきた先人たちを批判する内容になりますが、そこはぐっと我慢して、最後までお読みいただければ幸いです。
日本は先の大戦終盤に、アメリカにより2発の原子爆弾を投下され、その後の放射線障害による死者を含めれば、広島・長崎で35万人に及ぶ犠牲者を出している国です。
アメリカでは、原爆投下は戦勝の決定打であり、これが無ければ本土決戦でより多くのアメリカ兵が死んだだろうから、これは正義だと言う、独りよがりの論が未だに支配的であり、日本人が企画しようとする反核写真展や上映会も、会場の許可がおりないなど、未だに迫害を受けています。
戦争における被爆&被曝を経験したのは、日本が世界で唯一の国である事は確かです。
しかし、その事実に間違いは無い物の、「にもかかわらず」、原発推進の自民党政権の長期支配を許し、また、国連での核兵器廃絶決議に、アメリカの後追いで賛成しない、腰砕けの政権を長く支配者に頂いていた国でもあります。
また、これは日本人の責任では無いですが、戦後直後に、アメリカ軍は広島・長崎に科学者や医師を送りこみましたが、それは被爆者救援が目的ではなく、放射線・放射能が人体に与える影響を調査する為の人体実験の場としての物でした。
直後に広島に設置され、今も存在する「放射線医学研究所」も、今でこそ日本の物ですが、最初に設置したのは米軍であり、米軍が撤退するときには、調査データ等を根こそぎ持ち帰りました。
ですから、放射線や放射能の挙動に関する知見が最もあるのは、日本では無くアメリカなのです。
アメリカは、その後も自国内の実験場での原爆実験や、威力が大きい水爆になってからは、南太平洋のビキニ環礁などで、頻繁に水爆実験を繰り返しました。同じ事は、旧ソ連、中国、フランスについても言える事です。
これらの、原爆実験、水爆実験においても、アメリカは、自国の陸軍の兵士たちに放射能の影響や脅威を教えることなく、実験で爆発した直後の爆心地に、防護服無しで突撃訓練させるなど、広島・長崎の実態を知っていたはずなのに、そのような無謀な行為をしたのは、自国民を人体実験材料にしたのだと言えると思います。また、同様に水爆実験では、実験関係者は防護服を着用していたのに、現地の住民たちには何も対処をさせなかった上で、今に至るまで、それら現地の島民らの健康調査を継続しているのは、やはり人体実験の意味合いがあったのではと言われています。
付言すればこれらの水爆実験では、日本の漁船「第五福竜丸」の船員たちが死の灰を浴び、被曝しました。日本は三回目の被曝の犠牲者でもあります。
しかし、敗戦後、アメリカ軍が放射線医学の基礎資料を持ち帰ったり、GHQの指示で、原爆の後の広島・長崎の様子に関する情報は制限され、被爆国でありながら、日本国民は正確な被曝に関する情報を得る事が出来ないまま、長い期間にわたって被爆直後に流れた「デマ」が流布する結果となりました。
当初のデマでひどいのは、「白い服を着ていれば、新型爆弾の影響力から逃れられる」と言う物でしたが、より深刻で、今でも広く流布している誤った情報の一つは、「放射線障害は遺伝する」と言う物です。科学的な詳細はここでは触れませんが、胎児のときに被爆した被爆2世が原爆症(放射線障害)による病気を起こす事はありますが、生殖細胞に害をうけなかった被爆者の、戦後に受胎し産まれた子供に原爆症が遺伝する事はありませんし、親が生殖細胞に傷を負った場合、通常は受胎能力を失う為、やはり原爆症が遺伝する事はありません。
確かに、生物のこれまでの進化の過程では、宇宙線の被曝による、突然変異が原因と言う説もありますが、現実に、原爆症が遺伝したと言う事実は報告されていないはずです。
なのに、このデマが広まり定着した為、広島・長崎の被爆者やその2世たちは、いわれなき差別に苦しむ事になりました。
さて、被爆国でありながら放射線障害に関する情報が制限された日本では、「原爆は怖い」「放射能は怖い」という、概念だけが刷り込まれた状態で、その後の反核運動が進みます。
その後の反核運動は、そのバックにいる旧・社会党と日本共産党の路線対立から分裂し、相互にいがみ合う時機が長く続きます。
当時の旧・社会党の主張については、あいにく私は知らないのですが、日本共産党については、1970年代になっても、「中国共産党の核兵器は、アメリカ帝国主義に対する防衛のための核兵器だから容認できる」という、トンでもな意見を言っていました。これは、私自身がNHKの番組を見て、同党の幹部がその通りの発言をしているのを記憶しているので間違いありません。
今は、日本共産党もそんな意見は持っていませんが、過去にそういう発言をしていた事は、反核運動や反原発運動で大きなしこりとなって残る事になります。
しかし、時代の変遷とともに、これらの対立も徐々に収まり、今は、原爆投下の日の式典や集会も、合同で開かれる事も多くなりました。
ですが、日本人が、被爆国であるにも関わらず、戦前の軍国主義・階級性社会への回帰を目的として存在する自民党に長く政権を預けていた結果、日本には、世界第3位の数の原発が作られると言う状態になり、さらに今の原発災害の情勢下にも関わらず、経産省は今後2050年までに、34基の原発を新設すると言う計画を降ろそうとしません。
民主党の政治がなかなか進まないのは、民主党自身にも不慣れや、党内の意見がバラバラなどと言った問題があるのも大きな要因ですが、高級官僚の多くが、長年培った自民党との癒着関係を維持するべく、自民党の政権復帰を望んで、民主党の足をひっぱっていると言う事実もあると思います。
さて、日本でこのような事をしている間にチェルノブイリ原発事故が起き、遠く西ヨーロッパにまで死の灰が降ると言う大事件が起きました。
この結果、フランスを除くほとんどの欧州諸国では、原発推進の流れは止まり、その分自然エネルギーの開発・普及に尽力するように政策が転換されて行きました。
今では、スペインでは、立地環境に恵まれているとはいえ、風力発電で、国内の電力の20%以上を賄うまでになり、またドイツは世界一の太陽光発電導入国にもなりました。他にもデンマークの風力や、原発の全面廃止を打ち出した国もあります。
今、日本では、未だに「原発の代替エネルギーはどうするのか?」と言う、時代遅れの主張をする原発推進賛成派がいますが、それは無知かうそつきの発言であり、先進国に数えられる大国で、既に自然エネルギーや、バイオエタノールの様な再生可能エネルギーが、幅広く導入されています。特にバイオエタノールは、国土が広いなどの利点もありますが、ブラジルのような新興国でも、早期に導入が始まっているのは有名です。
さて、こうなると、世界で唯一の被爆犠牲国でありながら、反核・反原子力の勢力は、左派にありがちな(ちなみに私も無党派中道左派・社民主義者を標榜してますので、「左翼」の仲間です)、「路線対立のいがみ合い」の挙句、主敵たる、財界べったりの復古主義者の集まり自民党に、長く政権の座を支配され続けてきました。
その結果、脱原子力についても、チェルノブイリによる恐怖に目覚めた欧州に、大きく遅れをとってしまうと言う、被爆国を標榜する割に、かなりみっともない現状にあるのは確かです。
そして、自民党と癒着した財界の一部である電力を仲間とする原発推進派が伸長した揚句に、今回の福島の原発災害を招いていしまいました。
未だに原発推進を主張する、自民党とその下僕の経産省官僚たちには、その下劣ぶりに、へどが出そうな思いがします。
ある意味、日本人は、広島・長崎の(当事者は当然のごとく判っていても国民の多数は)被爆体験を現在に生かすことなく、今回の原発災害に直面して初めて、自らの生命への脅威と目に見えないが、確実に体をむしばむ放射線の恐怖に目覚めつつあるのだと言う事ができると思います。
今回の原発災害を奇貨として、今度こそ原子力からの解放。そして、反核兵器への歩みを確実な物にしなければならないでしょう。
国連安全保障理事会入りを望みながら、「アメリカの票が1つ増えるだけ」と陰口叩かれるような事をしてきた自民党政権の愚を、今後二度と繰り返してはいけないと、私は強く主張します。
(転載終了)※次号記事に続きます。
今回は、ミクシイでお知り合いになった方のブログ「矢野匠の、日々是大波」から、ある記事の紹介をしたいと思います。この矢野匠さん(ミクシイ名はジャッカル)は、ご自身も電力企業の元社員だった人で、それがこの原発事故で会社に見切りをつけられ、「脱原発のネット番組制作」に携わるライターとして再出発なさった方です。このブログも、この5月に立ち上げたばかりで、まだ数本の記事しかアップされていませんが、どの記事も示唆に富む内容になっています。
ここで以下に紹介するのが、その「唯一の「被爆国」であるという自負のみでは、何も変わらない。」というタイトル記事です。原発をアメとムチで地方に押し付けながら、それを必要悪と嘯いてきたこの国の政治は、そのまんま、米軍基地を沖縄に押し付けてきた構造と同じであり、それを「仕方ない」と認めてきた多くの国民の問題でもある、という事です。
(転載開始)
今日の記事は、過去に反核兵器・反原子力に長く携わってきた先人たちを批判する内容になりますが、そこはぐっと我慢して、最後までお読みいただければ幸いです。
日本は先の大戦終盤に、アメリカにより2発の原子爆弾を投下され、その後の放射線障害による死者を含めれば、広島・長崎で35万人に及ぶ犠牲者を出している国です。
アメリカでは、原爆投下は戦勝の決定打であり、これが無ければ本土決戦でより多くのアメリカ兵が死んだだろうから、これは正義だと言う、独りよがりの論が未だに支配的であり、日本人が企画しようとする反核写真展や上映会も、会場の許可がおりないなど、未だに迫害を受けています。
戦争における被爆&被曝を経験したのは、日本が世界で唯一の国である事は確かです。
しかし、その事実に間違いは無い物の、「にもかかわらず」、原発推進の自民党政権の長期支配を許し、また、国連での核兵器廃絶決議に、アメリカの後追いで賛成しない、腰砕けの政権を長く支配者に頂いていた国でもあります。
また、これは日本人の責任では無いですが、戦後直後に、アメリカ軍は広島・長崎に科学者や医師を送りこみましたが、それは被爆者救援が目的ではなく、放射線・放射能が人体に与える影響を調査する為の人体実験の場としての物でした。
直後に広島に設置され、今も存在する「放射線医学研究所」も、今でこそ日本の物ですが、最初に設置したのは米軍であり、米軍が撤退するときには、調査データ等を根こそぎ持ち帰りました。
ですから、放射線や放射能の挙動に関する知見が最もあるのは、日本では無くアメリカなのです。
アメリカは、その後も自国内の実験場での原爆実験や、威力が大きい水爆になってからは、南太平洋のビキニ環礁などで、頻繁に水爆実験を繰り返しました。同じ事は、旧ソ連、中国、フランスについても言える事です。
これらの、原爆実験、水爆実験においても、アメリカは、自国の陸軍の兵士たちに放射能の影響や脅威を教えることなく、実験で爆発した直後の爆心地に、防護服無しで突撃訓練させるなど、広島・長崎の実態を知っていたはずなのに、そのような無謀な行為をしたのは、自国民を人体実験材料にしたのだと言えると思います。また、同様に水爆実験では、実験関係者は防護服を着用していたのに、現地の住民たちには何も対処をさせなかった上で、今に至るまで、それら現地の島民らの健康調査を継続しているのは、やはり人体実験の意味合いがあったのではと言われています。
付言すればこれらの水爆実験では、日本の漁船「第五福竜丸」の船員たちが死の灰を浴び、被曝しました。日本は三回目の被曝の犠牲者でもあります。
しかし、敗戦後、アメリカ軍が放射線医学の基礎資料を持ち帰ったり、GHQの指示で、原爆の後の広島・長崎の様子に関する情報は制限され、被爆国でありながら、日本国民は正確な被曝に関する情報を得る事が出来ないまま、長い期間にわたって被爆直後に流れた「デマ」が流布する結果となりました。
当初のデマでひどいのは、「白い服を着ていれば、新型爆弾の影響力から逃れられる」と言う物でしたが、より深刻で、今でも広く流布している誤った情報の一つは、「放射線障害は遺伝する」と言う物です。科学的な詳細はここでは触れませんが、胎児のときに被爆した被爆2世が原爆症(放射線障害)による病気を起こす事はありますが、生殖細胞に害をうけなかった被爆者の、戦後に受胎し産まれた子供に原爆症が遺伝する事はありませんし、親が生殖細胞に傷を負った場合、通常は受胎能力を失う為、やはり原爆症が遺伝する事はありません。
確かに、生物のこれまでの進化の過程では、宇宙線の被曝による、突然変異が原因と言う説もありますが、現実に、原爆症が遺伝したと言う事実は報告されていないはずです。
なのに、このデマが広まり定着した為、広島・長崎の被爆者やその2世たちは、いわれなき差別に苦しむ事になりました。
さて、被爆国でありながら放射線障害に関する情報が制限された日本では、「原爆は怖い」「放射能は怖い」という、概念だけが刷り込まれた状態で、その後の反核運動が進みます。
その後の反核運動は、そのバックにいる旧・社会党と日本共産党の路線対立から分裂し、相互にいがみ合う時機が長く続きます。
当時の旧・社会党の主張については、あいにく私は知らないのですが、日本共産党については、1970年代になっても、「中国共産党の核兵器は、アメリカ帝国主義に対する防衛のための核兵器だから容認できる」という、トンでもな意見を言っていました。これは、私自身がNHKの番組を見て、同党の幹部がその通りの発言をしているのを記憶しているので間違いありません。
今は、日本共産党もそんな意見は持っていませんが、過去にそういう発言をしていた事は、反核運動や反原発運動で大きなしこりとなって残る事になります。
しかし、時代の変遷とともに、これらの対立も徐々に収まり、今は、原爆投下の日の式典や集会も、合同で開かれる事も多くなりました。
ですが、日本人が、被爆国であるにも関わらず、戦前の軍国主義・階級性社会への回帰を目的として存在する自民党に長く政権を預けていた結果、日本には、世界第3位の数の原発が作られると言う状態になり、さらに今の原発災害の情勢下にも関わらず、経産省は今後2050年までに、34基の原発を新設すると言う計画を降ろそうとしません。
民主党の政治がなかなか進まないのは、民主党自身にも不慣れや、党内の意見がバラバラなどと言った問題があるのも大きな要因ですが、高級官僚の多くが、長年培った自民党との癒着関係を維持するべく、自民党の政権復帰を望んで、民主党の足をひっぱっていると言う事実もあると思います。
さて、日本でこのような事をしている間にチェルノブイリ原発事故が起き、遠く西ヨーロッパにまで死の灰が降ると言う大事件が起きました。
この結果、フランスを除くほとんどの欧州諸国では、原発推進の流れは止まり、その分自然エネルギーの開発・普及に尽力するように政策が転換されて行きました。
今では、スペインでは、立地環境に恵まれているとはいえ、風力発電で、国内の電力の20%以上を賄うまでになり、またドイツは世界一の太陽光発電導入国にもなりました。他にもデンマークの風力や、原発の全面廃止を打ち出した国もあります。
今、日本では、未だに「原発の代替エネルギーはどうするのか?」と言う、時代遅れの主張をする原発推進賛成派がいますが、それは無知かうそつきの発言であり、先進国に数えられる大国で、既に自然エネルギーや、バイオエタノールの様な再生可能エネルギーが、幅広く導入されています。特にバイオエタノールは、国土が広いなどの利点もありますが、ブラジルのような新興国でも、早期に導入が始まっているのは有名です。
さて、こうなると、世界で唯一の被爆犠牲国でありながら、反核・反原子力の勢力は、左派にありがちな(ちなみに私も無党派中道左派・社民主義者を標榜してますので、「左翼」の仲間です)、「路線対立のいがみ合い」の挙句、主敵たる、財界べったりの復古主義者の集まり自民党に、長く政権の座を支配され続けてきました。
その結果、脱原子力についても、チェルノブイリによる恐怖に目覚めた欧州に、大きく遅れをとってしまうと言う、被爆国を標榜する割に、かなりみっともない現状にあるのは確かです。
そして、自民党と癒着した財界の一部である電力を仲間とする原発推進派が伸長した揚句に、今回の福島の原発災害を招いていしまいました。
未だに原発推進を主張する、自民党とその下僕の経産省官僚たちには、その下劣ぶりに、へどが出そうな思いがします。
ある意味、日本人は、広島・長崎の(当事者は当然のごとく判っていても国民の多数は)被爆体験を現在に生かすことなく、今回の原発災害に直面して初めて、自らの生命への脅威と目に見えないが、確実に体をむしばむ放射線の恐怖に目覚めつつあるのだと言う事ができると思います。
今回の原発災害を奇貨として、今度こそ原子力からの解放。そして、反核兵器への歩みを確実な物にしなければならないでしょう。
国連安全保障理事会入りを望みながら、「アメリカの票が1つ増えるだけ」と陰口叩かれるような事をしてきた自民党政権の愚を、今後二度と繰り返してはいけないと、私は強く主張します。
(転載終了)※次号記事に続きます。