先日の広島旅行のうちで、広島原爆慰霊式と大久野島毒ガス資料館の様子については以前の記事をご覧ください。ここでは、それ以外の旅先のエピソードについて書きます。(記事にするのが遅くなってスミマセン)
★広島焼は美味しかった。
6日の原爆慰霊式に出て、平和資料館の展示を観た後、資料館内の売店で、広島焼きとモミジ饅頭をランチに食べました。大阪の粉モンてんこ盛りのお好み焼きは胃にもたれます。私としては、量も手頃で、焼きそばもお好み焼きも両方堪能できる広島焼きの方が食べやすかったです。
★被爆電車には乗れませんでした。
広島電鉄の路面電車。この路面電車は郊外鉄道線の宮島線にも乗り入れ、終電まで広島駅前から宮島口まで乗る事が出来ます。宮島線のホームは、路面電車用の低床式ホームと、郊外電車用の高床式ホームに分かれます。路面電車区間の運賃は全区間均一180円。あいにく被爆電車には乗れませんでした。(左下:広島駅前停留所、右下:宮島線商工センター入口駅)
★宮島でシカに境内案内図を食べられてしまいましたw。
6日は午後から原水禁世界大会に飛び入り参加する予定でしたが、会場の県立総合体育館(グリーンアリーナ)に着いても何もやってなさそうだったので、予定を変更して宮島観光に切り替えました。宮島口への電車と宮島へのフェリーもJRの青春18切符で行きました。しかし、残念ながら、最大の見所である厳島神社の大鳥居は、現在、修復工事中で、足場が組まれ、作業員による修復作業の真っ最中で、日本三景の風情は微塵も感じられませんでした(左下写真)。それでも、厳島神社が海上の干潟の上に建てられ、地元の信仰を集めてきた事がよく分かりました。干潟の中に真水の清水が湧き出している所があり、そこに白鷺がいたりして(真ん中下写真)、絵になる風景が広がっていました。神社の神域には鹿が飼われていましたが、観光客がしきりに餌をやるものだから、鹿も当たり前の様に寄って来ます。遂に私が手に持っていた厳島神社の案内図も、鹿に横取りされ食べられてしまいました。(>_<)(右下写真)
★銘菓がもみじ饅頭だけでは…。
広島名物のお菓子を土産に買おうとしましたが、もみじ饅頭しか目に付く銘菓がありませんでした。他も「揚げもみじ」とか「冷やしもみじ」等の、もみじ饅頭のアレンジ版ばかり。冷やしもみじは凍らせているのでアイス代わりに食べようとしましたが、只の冷えたもみじ饅頭に過ぎませんでした(左下写真)。夕食は奮発して、穴子飯と牡蠣フライのコラボ定食にしました。1600円もしましたが、日頃不足しがちな良質タンパク質のDHAやEPAを摂取出来て良かったです(右下写真)。
★さすがは中国新聞、GJ!
さすがは広島の中国新聞。毎年8月6日には番組欄にもさり気なく平和のメッセージが。年がら年中、安倍一派やヘイトをヨイショし、護憲派をサヨクと罵るしか能がない産経・夕刊フジとは格が違います。(残念ながら、この情報は大阪に帰ってから他の方のツイッターの書き込みで知りました。せっかく広島まで行ったのだから、知っていたら私もその番組欄の写真を撮って来たのに!下記がそのツイッターに掲載されていた写真です)
★大久野島のうさぎさんには優しく接してあげて下さい。
暗い話ばかりも何なので、明るい癒し話も少し。大久野島で飼われている兎(左下写真)は、アナウサギという種類で、モグラみたいに巣穴を作ります(真ん中下写真)。ウサギは繊細な動物で、追いかけ回したりしたら、ストレスで衰弱してしまいます。人間の食料も、兎にとっては有害な物もあるので、そのままの形で餌付けは出来ません。歯が鋭い割には視力は弱く、むやみに手を出したら噛まれます。それを弁えた人だけが、兎人(うさんちゅ)として尊敬される事になります。島の名産は蛸です。ランチには蛸フライが載ったカレーを頂きました(右下写真)。
★鉄道地図を買っといて良かった。
青春18切符でJRの普通電車で旅すると、途中駅で何度も乗り換える事になります。普通電車はそのまま折り返しとなり、上り電車は下りホームに止まります。そこで、惰性で次来た電車に乗り換えてしまうと、また来た方向に逆戻りしてしまいます。今日、それをやってしまいました。予定よりも早く大久野島を立つ事が出来、予め時刻表検索で割り出したダイヤよりも、早めの電車に乗る事が出来ました。逆にそれが災いしてしまったようです。山陽本線の三原から福山行きに乗り、福山で岡山行きに乗り換えるつもりが…何か元来た場所に戻っている様な。今、通過した駅が備後赤坂。地図で見ると、やはり広島の方に戻っています。早速、次の松永で再び上り電車に飛び乗りました。まだ地図を持っていたから、僅か2駅の逆走で済んだのです。これが地図も持たず、終電間際の時間帯だったら、一体どうなっていた事やら。深夜には金融機関のATMも止まっています。駅で野宿を強いられた上、会社に「もう1日休ませてくれ」と、お詫びの電話を入れなければならない羽目に陥っていたでしょう。
★遺伝子変性
今日、実家にいた時から通っている鍼灸院に受診に伺い、そこで広島旅行で観た、原爆資料館に展示していた被爆者の黒い爪の写真を観てもらいました。そうしたら、その鍼灸師さんも、その写真には大変驚かれました。
鍼灸師さん曰く「この疾患は遺伝子変性に因るもの」だそうです。
手の皮膚は頭皮と同じ「重層扁平上皮」と呼ばれます。表皮の下の真皮組織には血管や神経が通い、盛んに新陳代謝が行われます。常に新しい皮膚が生まれ、それが上に押し上げられ、表面の古い皮膚は剥がれて新しい皮膚に置き換わります。その新しい皮膚が身体の部位によって毛髪になったり爪になったりするのです。ところが、放射能によって遺伝子の組成が変わってしまうと(遺伝子変性)、本来なら毛髪になるべき頭皮の皮膚が爪になったり、爪になるべき手の指先の皮膚から毛髪が生えてきたりするのです。この写真の場合は、真皮組織と表皮の爪の部分、毛髪の部分が遺伝子レベルで混ぜ合わされ、こんな血管の通う黒い爪が指先から生えて来たのだそうです。
この場合は、たまたま直接被爆したのが指先で済んだから、遺伝子変性も指先だけで済んだのです。それでも血管の通う異形の爪ですから、もはや爪を切る事は出来ません。麻酔手術で「血管」ごと切断する他ありません。もし、これが指先だけでなく身体全体が被爆していたらどうなっていたでしょうか?もし九死に一生を得る事が出来たとしても、化け物みたいな身体で死の淵をさ迷い続けなければならないのです。ベトナム戦争中に撒かれた米軍の枯葉剤のせいで生まれた、ベトちゃん・ドクちゃんという互いに身体が引っ付いた双子の赤ん坊みたいな事になっていたでしょう。
これだけでも、核兵器は必要悪なんかではなく、残虐兵器として廃絶されなければならない事が分かります。これは原発も同じです。福島第一原発の原子炉の中には、今でも溶け落ちた核燃料のデブリ(溶融塊)がそのまま残り、放射能を周囲に撒き散らしているのですから。