●ウチの職場でのちょっとした出来事
柳沢厚労相の「女は子どもを産む機械」発言(1月27日、松江市の自民党決起集会にて)を巡って、実はウチの職場でもちょっとした出来事がありました。
31日の昼休みに休憩室でこのニュースを見ていた所長がいきなり、「厚労相もああやって謝っているのだから許してやれよ」とテレビに向かって言ったのです。その場には私も居て、私は普段は面と向かってやり合う事は余り無いのですが、その時は流石にその発言にはカチンと来て、「トンデモ発言を糾弾して何が悪いのか」と言っちゃいました。それに対して所長曰く、「発言は確かにトンデモだが、謝っているのだから良いではないか」という、そういうやり取りがありました。まあそれはその一瞬だけの出来事で終わって、後に尾を引く事も全然無く今日まで来ているのですが。
●人間は機械の部品ではない!
このニュースの取り上げられ方ですが、当該発言を「トンデモ」視する側がこの問題を人権問題として捉えているのに対して、「別にどうって事ないじゃないか」視する側は、単に男女間の対立・軋轢としか捉えていないのではないか。そして、何か「女どもが何をギャーギャーほざくか」みたいな捉え方をしている。そういう感じがします。(その他にも、民主党の点数稼ぎだとか、果ては隠れ小泉派による安倍降ろしの陰謀だとか、色々諸説が飛び交っていますが、これらの諸説の真偽にまで言及していると話がややこしくなって私の手に余りますので、とりあえずは横においておきます)
柳沢失言の根底に女性蔑視があるのは間違いないです。これは当人が、自分の奥さんを今までずっと「家内」と呼んできた事や(こちらのニュースは世間では余り問題視されていない様ですが、この呼称は戦前家父長制の名残そのもの)、今回の事件に際しても、「自分の娘は男子とも分け隔てなく育ててきた」と言い訳している事からも(そんな事は男女平等の世の中では当たり前、それを今更言い訳にするか?)伺えます。
ただこの事件を、単に女性蔑視やバックラッシュの観点から<だけ>で非難していたのでは、逆に、この問題を単に「男女間の対立」として興味本位にしか捉えない商業メディアや芸能記事の、格好の餌食にされてしまってそれで終わってしまうだけではないか。そういう懸念があるのです。
柳沢大臣が主管している厚生労働行政は、今焦眉の問題として政局を揺るがしている労働法制改悪(WE、労働契約法の導入、解雇自由化、裁量労働制の拡大)の主戦場でもあります。そういう大臣の失言であるという事を、まず念頭に入れて考えなければならないと思います。「女は子どもを産む機械」という心性の持ち主が、男性労働者だけを人間扱いする事など、絶対に在り得ない!これは即ち、「男は利潤を生む機械である」「労働者は単なる企業の歯車、奴隷でしか無い」という事を意味します。「ある社会の女性解放の尺度は、その社会の人間解放の尺度でもある」とはフランス革命当時の空想的社会主義者フーリエの言葉ですが、そういう意味では、この柳沢発言というのは、「女性」だけではなく「男性も含めた人間全体」の問題なのです(記事の表題を単なる女性蔑視ではなく人格否定としたのも、その為です)。
●謝ってそれで済む場合と、それだけでは済まない場合がある。
「謝っているのだから許してやれよ」という先述の所長発言に関して言うと、これはその問題の性質や中身によります。柳沢厚労相は「××は機械である」と言いましたが、これが若し「××はエタである」と言ったとしたらどうでしょう。若し自分が未解放民だったとしたら、こんな事を言われて聞き流す事が出来ますか。いくらその発言の前後に「ごめんなさいよ」とか「こういう喩えで何ですが」とかいう言い訳、アリバイめいた言葉を挿入していたからといって、そして事後に上辺だけの陳謝をしたからといって、「それで済む話」などという事には絶対にならないでしょう。
その事後の陳謝にしても、ただ鸚鵡返しの様に「女性蔑視だった、迷惑をかけて悪かった」と言っているだけではないですか。自分の発言やその背景となる歪んだ認識の「何処が女性蔑視だったのか」、その事で「誰がどれだけ傷ついたのか」という事に対する総括がなければ、謝罪した事には全然なりません。一般人が、待ち合わせ時間に遅刻したり借金を期日までに返せなくて謝るのとは、訳が違うのです。まかり間違えても、「惻隠の情」などという生半可なモノで、ウヤムヤに出来る問題などではありません。
●「柳沢発言擁護論の裏にあるもの」を考える
ウチの所長とは、この問題についての遣り取りはそこで終わったので、どういうつもりで「謝っているのだから許してやれよ」と言ったのかは、私には分りません。あんまり政治絡みの話題で直属の上司をネチネチ追い掛け回すのもアレですし。そこで、ここではあくまで一般論として、柳沢発言擁護論が出てくる背景についても少し考えてみました。
擁護論といっても、単に「謝っているのだから許してやれよ」とか「別にどうって事ないじゃないか」レベルのものから「女どもがギャーギャーと煩い!」「男たるもの女を思い通りにしてナンボ」レベルの男尊女卑の確信犯まで、その幅は広いと思うのですが。
柳沢発言擁護の立場のサイト・ブログで展開されている言説も幾つか読ませてもらいましたが、押しなべてそれらに共通して私が感じるのは、「生意気な女が、ギャーギャーと煩い!」という心理です。やっかいなもの、こみいった問題、政治的な話題、マイノリティな意見・・・。これら全てを「鬱陶しいモノ」と看做し、「黙っとれ!お上のやる事にいちいちケチをつけるな!」と、有無を言わさず暴力的に排除する。そして臭いモノ、見たくない事には蓋をして村八分にして、自分たちだけの「旧態依然の村」の中で「仲間うちだけで群れる」―そういう心理が。政府が、「格差」や「貧困」という言葉を嫌って、公式の場での使用をなるべく避けようとしていると聞きますが、それと同じ心理ですね。
政治対立が激しくなると、得てしてこういう輩が出てくるものです。政府が法案を強行採決したのに政府ではなく審議拒否した野党が悪いとか、米国の言いなりになって大義名分のないイラク戦争に派兵した政府を責めずに自衛隊撤退を主張した人質家族をバッシングするとか、そういう風にして主客を転倒して物事を捉える「プロ奴隷」が。そういう輩は、「長いものには巻かれろ」という自分自身の本性が露になるのが怖いので、マイノリティ排除に走るのです。
(参考記事)
・「女性は子ども産む機械」柳沢厚労相、少子化巡り発言(朝日新聞)
http://www.asahi.com/politics/update/0128/002.html?ref=doraku
・厚労相発言:野党4党の女性議員有志が辞任求め緊急集会(毎日新聞)
http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/seitou/news/20070201k0000m010149000c.html
・柳沢発言 政府幕引き狙うが、適格性に疑問の声やまず(同上)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070130-00000003-maip-pol
・世界で報道「怒りかりたてた」/厚労相「産む機械」発言/“世論 追及をゆるめず”/世界のメディア いっせい報道(しんぶん赤旗)
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2007-02-01/2007020101_04_0.html
・【Webウォッチ】「女性は産む機械」にあきれ気味(JANJAN)
http://www.janjan.jp/living/0701/0701309124/1.php
・「女性は子供を産む機械」発言(珈琲Time)
「機械はお金で買えるもの、そのうち国家予算を組んで(若い)女を海外から調達するとか言い出しそう。いや、どうせなら子供そのものを輸入したほうが手っ取り早いとか。とにかく人権感覚のない政治家がたくさんいますからねえ。」にはワロタ。
http://kaorunokimi.at.webry.info/200701/article_28.html
柳沢厚労相の「女は子どもを産む機械」発言(1月27日、松江市の自民党決起集会にて)を巡って、実はウチの職場でもちょっとした出来事がありました。
31日の昼休みに休憩室でこのニュースを見ていた所長がいきなり、「厚労相もああやって謝っているのだから許してやれよ」とテレビに向かって言ったのです。その場には私も居て、私は普段は面と向かってやり合う事は余り無いのですが、その時は流石にその発言にはカチンと来て、「トンデモ発言を糾弾して何が悪いのか」と言っちゃいました。それに対して所長曰く、「発言は確かにトンデモだが、謝っているのだから良いではないか」という、そういうやり取りがありました。まあそれはその一瞬だけの出来事で終わって、後に尾を引く事も全然無く今日まで来ているのですが。
●人間は機械の部品ではない!
このニュースの取り上げられ方ですが、当該発言を「トンデモ」視する側がこの問題を人権問題として捉えているのに対して、「別にどうって事ないじゃないか」視する側は、単に男女間の対立・軋轢としか捉えていないのではないか。そして、何か「女どもが何をギャーギャーほざくか」みたいな捉え方をしている。そういう感じがします。(その他にも、民主党の点数稼ぎだとか、果ては隠れ小泉派による安倍降ろしの陰謀だとか、色々諸説が飛び交っていますが、これらの諸説の真偽にまで言及していると話がややこしくなって私の手に余りますので、とりあえずは横においておきます)
柳沢失言の根底に女性蔑視があるのは間違いないです。これは当人が、自分の奥さんを今までずっと「家内」と呼んできた事や(こちらのニュースは世間では余り問題視されていない様ですが、この呼称は戦前家父長制の名残そのもの)、今回の事件に際しても、「自分の娘は男子とも分け隔てなく育ててきた」と言い訳している事からも(そんな事は男女平等の世の中では当たり前、それを今更言い訳にするか?)伺えます。
ただこの事件を、単に女性蔑視やバックラッシュの観点から<だけ>で非難していたのでは、逆に、この問題を単に「男女間の対立」として興味本位にしか捉えない商業メディアや芸能記事の、格好の餌食にされてしまってそれで終わってしまうだけではないか。そういう懸念があるのです。
柳沢大臣が主管している厚生労働行政は、今焦眉の問題として政局を揺るがしている労働法制改悪(WE、労働契約法の導入、解雇自由化、裁量労働制の拡大)の主戦場でもあります。そういう大臣の失言であるという事を、まず念頭に入れて考えなければならないと思います。「女は子どもを産む機械」という心性の持ち主が、男性労働者だけを人間扱いする事など、絶対に在り得ない!これは即ち、「男は利潤を生む機械である」「労働者は単なる企業の歯車、奴隷でしか無い」という事を意味します。「ある社会の女性解放の尺度は、その社会の人間解放の尺度でもある」とはフランス革命当時の空想的社会主義者フーリエの言葉ですが、そういう意味では、この柳沢発言というのは、「女性」だけではなく「男性も含めた人間全体」の問題なのです(記事の表題を単なる女性蔑視ではなく人格否定としたのも、その為です)。
●謝ってそれで済む場合と、それだけでは済まない場合がある。
「謝っているのだから許してやれよ」という先述の所長発言に関して言うと、これはその問題の性質や中身によります。柳沢厚労相は「××は機械である」と言いましたが、これが若し「××はエタである」と言ったとしたらどうでしょう。若し自分が未解放民だったとしたら、こんな事を言われて聞き流す事が出来ますか。いくらその発言の前後に「ごめんなさいよ」とか「こういう喩えで何ですが」とかいう言い訳、アリバイめいた言葉を挿入していたからといって、そして事後に上辺だけの陳謝をしたからといって、「それで済む話」などという事には絶対にならないでしょう。
その事後の陳謝にしても、ただ鸚鵡返しの様に「女性蔑視だった、迷惑をかけて悪かった」と言っているだけではないですか。自分の発言やその背景となる歪んだ認識の「何処が女性蔑視だったのか」、その事で「誰がどれだけ傷ついたのか」という事に対する総括がなければ、謝罪した事には全然なりません。一般人が、待ち合わせ時間に遅刻したり借金を期日までに返せなくて謝るのとは、訳が違うのです。まかり間違えても、「惻隠の情」などという生半可なモノで、ウヤムヤに出来る問題などではありません。
●「柳沢発言擁護論の裏にあるもの」を考える
ウチの所長とは、この問題についての遣り取りはそこで終わったので、どういうつもりで「謝っているのだから許してやれよ」と言ったのかは、私には分りません。あんまり政治絡みの話題で直属の上司をネチネチ追い掛け回すのもアレですし。そこで、ここではあくまで一般論として、柳沢発言擁護論が出てくる背景についても少し考えてみました。
擁護論といっても、単に「謝っているのだから許してやれよ」とか「別にどうって事ないじゃないか」レベルのものから「女どもがギャーギャーと煩い!」「男たるもの女を思い通りにしてナンボ」レベルの男尊女卑の確信犯まで、その幅は広いと思うのですが。
柳沢発言擁護の立場のサイト・ブログで展開されている言説も幾つか読ませてもらいましたが、押しなべてそれらに共通して私が感じるのは、「生意気な女が、ギャーギャーと煩い!」という心理です。やっかいなもの、こみいった問題、政治的な話題、マイノリティな意見・・・。これら全てを「鬱陶しいモノ」と看做し、「黙っとれ!お上のやる事にいちいちケチをつけるな!」と、有無を言わさず暴力的に排除する。そして臭いモノ、見たくない事には蓋をして村八分にして、自分たちだけの「旧態依然の村」の中で「仲間うちだけで群れる」―そういう心理が。政府が、「格差」や「貧困」という言葉を嫌って、公式の場での使用をなるべく避けようとしていると聞きますが、それと同じ心理ですね。
政治対立が激しくなると、得てしてこういう輩が出てくるものです。政府が法案を強行採決したのに政府ではなく審議拒否した野党が悪いとか、米国の言いなりになって大義名分のないイラク戦争に派兵した政府を責めずに自衛隊撤退を主張した人質家族をバッシングするとか、そういう風にして主客を転倒して物事を捉える「プロ奴隷」が。そういう輩は、「長いものには巻かれろ」という自分自身の本性が露になるのが怖いので、マイノリティ排除に走るのです。
(参考記事)
・「女性は子ども産む機械」柳沢厚労相、少子化巡り発言(朝日新聞)
http://www.asahi.com/politics/update/0128/002.html?ref=doraku
・厚労相発言:野党4党の女性議員有志が辞任求め緊急集会(毎日新聞)
http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/seitou/news/20070201k0000m010149000c.html
・柳沢発言 政府幕引き狙うが、適格性に疑問の声やまず(同上)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070130-00000003-maip-pol
・世界で報道「怒りかりたてた」/厚労相「産む機械」発言/“世論 追及をゆるめず”/世界のメディア いっせい報道(しんぶん赤旗)
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2007-02-01/2007020101_04_0.html
・【Webウォッチ】「女性は産む機械」にあきれ気味(JANJAN)
http://www.janjan.jp/living/0701/0701309124/1.php
・「女性は子供を産む機械」発言(珈琲Time)
「機械はお金で買えるもの、そのうち国家予算を組んで(若い)女を海外から調達するとか言い出しそう。いや、どうせなら子供そのものを輸入したほうが手っ取り早いとか。とにかく人権感覚のない政治家がたくさんいますからねえ。」にはワロタ。
http://kaorunokimi.at.webry.info/200701/article_28.html
柳沢氏は「人口統計学の話をしていて、イメージをわかりやすくするために子供を産み出す装置という言葉を使った」などと言い訳しているようですが(*引用先より)、この言い訳にこそ、社会主義者さんが指摘されているような「本質」が露呈していると思いますね。
(*引用元)
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/politicsit/36775/