アンダンテのだんだんと日記

ごたごたした生活の中から、ひとつずつ「いいこと」を探して、だんだんと優雅な生活を目指す日記

Ohtematic@くにたち

2024年07月27日 | 生活
小さいころ(10歳くらいまで)は国立市に住んでいた。「こくりつ」ではなくて「くにたち」である。

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ときどき「国立音楽大学」を「こくりつ」と読んでる人いるけど、「くにたち」です。国立じゃなくて私立だし

「国立」という市名/駅名は「国分寺」と「立川」の間だったからと聞いたことがあるけどそうなのかな? 安直なネーミングだねぇ
元々、何もないところを切り開いて新しい街を作ったからそうなるんだろうね。

国立に住んでいたころの記憶はかなり曖昧で、そこの小学校は卒業したわけではないのでほとんどの人間関係は切れてしまっていて、今でも年賀状やりとりしているのは一人だけ。

その一人というのが男子で、確か小学校一年生くらいのときは毎週(!)決まった曜日に遊んでいた記憶がある。
なぜそんなことになったかというと(当時、今より強固に、男の子は男の子と、女の子は女の子と遊ぶ習慣があったと思うが)、親同士が気が合ったらしく、私は母の自転車のうしろに乗って「水曜日の放課後」に遊びに行っていた。たぶん水曜日は母がレッスンお休みの日だったのだろう。

母同士がおしゃべりをしている間、私は大寺くんと遊んでいたわけだけど、それが不思議とこちらも気が合って、毎回楽しみにしていたように思う。

遊びの中で、大寺くんが自由帳にいろいろ描いて「漫画雑誌」(的なもの)を作っていたのを見せてもらった記憶があるんだけど…なんかおもしろいところがある、フツーではない、感じがした。学年末に作られる文集も、私の作文は「とりあえず達意の文章である」だけのたいへんつまらないシロモノであるのに対し、大寺くんのはかなりぶっとんだ内容で、勢いとオリジナリティーがあった。

そして結局、大寺くんはほんとにイラストレーターになったわけで、これはすごい。

ずいぶん前に、東京で個展をやったときには見に行った記憶があるけど、大寺くんは鹿児島に住んでいるのでふだんは見に行けない。ところがこのたびなんと「国立」で開催してくれるというので行ってきた。しかも二人展で、もう一人(岡本くん)も私のクラスメイトであった、らしい(ごめん記憶にない)。

会場に行くと、二人の略歴と、子供のころいっしょに写っている写真が貼ってあったが、その中に遠足の集合写真があった。確かに、大寺くんと岡本くんと、そして私も写っていたので同じクラスであったことは間違いない。

今回の二人展にはよしぞうと二人で行った。見た中で、よしぞうと私が二人ともすごく気に入って、部屋に飾るにもよさそうな絵があったので購入することにした。あと、大寺くんの著書も買った。


オーテマティック 大寺聡作品集

国立には、小さいころ住んでいたほか、結婚直後にも二年間住んでいたので、そういう意味でも思い出の地である。最近は中央線で国立駅を通過することはあっても降りることはなかったので、「へぇ~こんなになってたのか」驚きがたくさん。

「ロージナ茶房」は記憶にあるまま。


特徴ある形の駅舎は現在の駅舎本体から切り離されてちんまりと建っている。駅舎の縫いぐるみも売ってたw



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