アンダンテのだんだんと日記

ごたごたした生活の中から、ひとつずつ「いいこと」を探して、だんだんと優雅な生活を目指す日記

成長・変遷する家族

2014年12月31日 | 生活
くだらないテレビ番組を見ながら、いらない本を整理して古本屋送りの箱をまとめる。

   にほんブログ村 教育ブログ 中高一貫教育へ←盛りだくさん、充実した年でした。

…という、まったり進行が我が家の年末です。もっとも、うちの場合はクリスマスもちっとも「暴走」しているわけじゃなくて、ドアリース一個という簡単装飾でしたが(だって、クリスマス前とか別に会社は休みじゃないしねぇ)。

ドアリースを架け替えれば正月準備完了(^^;;


「普通の家族がいちばん怖い」にあった傾向のかなりの部分はあらかたはまるっと我が家にも当てはまり、

第一章「してもらえる『お客様』でいたい」…ハイ、クリスマスディナーもピアノの先生任せ、よしぞう実家に行けば上げ膳据え膳。私が実家依存しないのはできないから(関係が悪い)。代わりに子どもの誕生日もクリスマスもピアノの先生頼みっていうね。

第二章「好き嫌いで変える」…ハイ、お節は買って用意しますが、みんなが好きで食べるものしか買いません。従って、伊達巻、紅白かまぼこ、栗きんとん、数の子などはありますが、田作り、昆布巻き、紅白なますは割愛されています。お雑煮は作るけど、どちらの味も継いでない、作りやすさと好みで決まったオリジナル。まさにこの本のインタビューにあったように「自分がいいと思ったら取り込めばいいし、面倒くさいのはやらなくていいと思っているから」ってやつ。

といった具合。

しかし一方、「これだけは絶対当てはまらない」と思った特徴はコレ。「建前と本音(あるいは言行)の不一致」。

事前調査シートでも、あるいは調査後インタビューでも、「私は日本の家庭の伝統行事を大事にしていきたいという思いが強いので、お正月らしいことや日本にしかない伝統もきちんと引き継いで、子供に残していきたいと思っています」といいつつ、その同じインタビュー中に「(お屠蘇について)実家ではやっていたけど、あんな甘ったるいもの飲んでいらなれないから、私はやめた」「(親世代のお節作りを)一切手伝っていない。教わっただけではとてもまねできないと思うし、味なんかもちょっと引き継げないかなと思うんで、お客様として食べるだけですよ」というように。

もう一つは、子どもとの距離感である。近いといっていいのか、遠いといっていいのかわからないんだけれども、

ノリのいいイベントや、サンタさんのような「夢」の演出がないと子どもとどう関わっていいかわからないような不安を持っているという傾向。子どもに対しての当然な躾や、語ることや、共同作業をするにも腰が引けている状態。たとえば、伝統を伝えることが大事だと思うので、お節を買って「見えるところにおいて」おくけれど、同時に食卓を囲むようにあえて呼んだりしないし、あえて食べさせたりもしないし、お節などその伝えたいことにつついて語ることもしないなど。

この二つについては、我が家には見当たらない。前夜の夜更かしが祟って寝坊している子どもたちをわざわざ起こしていっしょに雑煮を囲むことにも、小学校が終わると同時にサンタさん終了にすることにも、ややこしい話題についてあえて語ることにも、「参加」「体験」ではなくほんとうに家事を担わせることにも、それらをやらずに済まそうというようなためらいは感じない。

でも、この本を読み込んでいくと、こういう二つの「怖さ」の根っこ部分のメンタリティーというのか、子どもとトラブりたくない気持ちとか、子どもを大事にしているようでいて一番大事なのは自分で、子どもにはアクセサリー的な「参加」をさせようとするとか、そういうのはきっちり私も持っていた(持っている)ものだとあらためて感じる。

それでもなお、その怖さが子どもの成長とともに助長されるのではなく消えていったのはなぜかと考えるに、それはひとえにまたろうの存在と、それに続くこじろうとはなひめが、ちっともまたろうに似ているわけではないけれど何かしら大事なところでまたろうの影響を被っていることが大きいと思う。

またろうはいつもそこにいてちゃんと家のほうを向いてくれて、親が語ったことはちゃんと(反発することはあっても)受け止めてくれて、困ったことがあれば真心を持って助けてくれて、そんなことのすべてがありつつも自分は自分であって親が何かを言おうがしようが曲がらない(^^;; そういう絶大な信頼感。

それで、親のほうが逆に影響されたという気がする。

一番手のかかる困ったちゃんだと思ってた子が、実は一番、家族の健全性を保つ鍵になっていたり。
春からは、またろうがいなくなっちゃうんだよなー。大丈夫かな。

にほんブログ村 ピアノ  ←ぽちっと応援お願いします
にほんブログ村 ヴァイオリン ←こちらでも
にほんブログ村 中高一貫教育


「はじめての中学受験 第一志望合格のためにやってよかった5つのこと~アンダンテのだんだんと中受日記完結編」ダイヤモンド社 ←またろうがイラストを描いた本(^^)


「発達障害グレーゾーン まったり息子の成長日記」ダイヤモンド社
(今回もイラストはまたろう)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

クリスマスとお正月の間

2014年12月30日 | 生活
クリスマスというものが、お正月と妙に日程が近かったのって、まぁ元々は偶然だろうけど…

   にほんブログ村 教育ブログ 中高一貫教育へ←やっぱりお正月といえばコタツとみかんとテレビ

実際問題、これって重要なポイントになっているよね。

クリスマスで全力ではしゃいじゃっても、すぐ正月が来るから大丈夫、みたいな…

普通の家族がいちばん怖い 崩壊するお正月、暴走するクリスマス」(岩村暢子、新潮文庫)を読んで、こういう定点観測のおもしろさがじわじわ来た。思い当たるフシや、意外にも(笑)うちは違うと思うフシなどあり、結局のところ「怖い」ものが何かということはひとことでは言えないんだけど。

定点観測というのは、ふつうのご家庭に、「レンズ付きフィルム」での食卓記録やアンケートインタビュー調査をして食生活の実態に迫るものなんだけど、これが五年の間隔を空けて二度行われたことで、時代というか時流の経年変化の方向がわかるんです。

二度というのは1999年12月/2000年1月と、2004年12月/2005年1月。うちにとっては、はなひめが生まれる直前と、はなひめ四歳のときということになる。

その間の変化をひとことでまとめると、「派手になるクリスマス、しょぼくなる正月」ということなんだけれど、家の中に外に(電飾含む)クリスマス装飾はどんどん増えていき、特に「サンタさんが来る年齢」の上限アップが目立つ。

お節を作る習慣というのは既に薄かったけれど、さらに(自前で)買って食べるということも減っている。そして特に目につくのは、仮に家族全員が家にいても、食べる時間もしくは献立がバラバラであること。

我が家にもまるっと当てはまることとしては、お節を作る習慣がないこと、あと正月飾りなども形骸化し、そもそも飾られていなかったり、意味を知らなかったり。

しかしこれは我が家にとっては2000年とかに始まったことではなく、元から(^^;; で、あえていうなら私が文化の継承をしなかったのではなく、実家にも元々、そんな習慣はない。鏡餅は飾るとあとが面倒(固くなっちゃったお餅)だから省略、お節は特に好きじゃないから作らず、お雑煮だけは父が食べたがるからテキトーに作られていたがほんとにテキトー。インスタント汁物にちょっと焼いた餅をぶちこんでもOKで特に伝統というのはない。

というわけで、2000年どころかほぼ半世紀前からこの本にあるようなトレンディな状況だったんだけど…

この本でいう「普通の家族がいちばん怖い」というのは別にお節が作られないことそのものを指しているわけではなく(たぶん)、日本の伝統文化が失われつつあることを指しているわけですらない(おそらく)。

そうではなくて、食卓の変化に表れている家族や生活の変化が怖いという趣旨だと思う。

サンタさんが中学生にも高校生にもプレゼントを持ってくるというのは、単にクリスマスプレゼントというものがあるという意味ではなく、この調査によれば、サンタさんという存在を信じさせたままで、リアリズムのタッチで演出するということだ。「サンタクロースを信じていないような、夢のない子どもってなんだか心配」「サンタクロースを信じているうちは、ウチの子大丈夫だって、私は思っているんです」「子どもにサンタの夢を与えておくと、大人になっても生活を楽しいものだと思って生きていけるんじゃないかと思うんです」というような。

あるいは、一月一日の朝食に、家族がバラバラな時間に好きなもの(菓子パン、カップラーメン、お雑煮)を食べるような状況について「同じ時間に同じものを」食べさせるような強制はよくないから、という感覚であるとか…(子どもが10歳未満であっても)

お節とかを「見えるように」置いておくけれども、それについて語ったり、あるいは食べさせたりしないことや、仮に子どもに料理をさせる場合でもそれは「自由にさせる(体験)」であって、親子で共同作業をしたり口頭で説明したりはしないとか。

まぁそういうあたりに「怖い」変質が出ているということらしい。

翻って、我が家のあり方というのを考えてみると、今後「お節を手作りする」ような方向性というのはやっぱり考えられないし(^^;; 別にそれはどうしても必要なことじゃないとも思う。でも危うい部分というのもあって、それはそれで考えておくといいことがあるんじゃないかという気もするのだ。

というわけで、つづく。

にほんブログ村 ピアノ  ←ぽちっと応援お願いします
にほんブログ村 ヴァイオリン ←こちらでも
にほんブログ村 中高一貫教育


「はじめての中学受験 第一志望合格のためにやってよかった5つのこと~アンダンテのだんだんと中受日記完結編」ダイヤモンド社 ←またろうがイラストを描いた本(^^)


「発達障害グレーゾーン まったり息子の成長日記」ダイヤモンド社
(今回もイラストはまたろう)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

年内最終レッスンと来年の抱負

2014年12月29日 | ピアノ
「またもや合わせモノとカレーとリンゴの夜」の日の午前中は、年内最終レッスン(ピアノ)でした。

   にほんブログ村 クラシックブログ ピアノへ←年末年始はブラームス

そのちょうど1週間前にもレッスンに行ったので、月イチレッスンを基本ペースとする私にとっちゃ破格ですが。とにかく年明けのわりとすぐに多摩ミューズの会の発表会、その翌週はロビーコンサートと、もちろん「ひとりでれんしゅう」部分が大事だしそれは年末年始を大いにあてにしてはいるけれど、その前にあらかた方針というか納得というかのところまで来てないと「ひとりでれんしゅう」に差し支えるものね!?

ようやく「なんか音符が急に並ぶようになった(ような気がする)」ところで受けた前回のレッスンに比べますと、ずいぶんと音が頭に入っていたので(もちろん暗譜したという意味ではナイ)、レッスンとしても受けやすかったように思います。

間は1週間だし、休日は「練習会」でふさぎ、その他平日は実質練習時間ほとんどなく、という状態については把握しているおゆき先生は「あれ?? マシになってる」とちょっと驚いていたようですが、それはつまり…

私がふだんの練習だといかにぼんやりと弾いているか…
そして、「練習会」とかで緊張して(冷や汗込み)弾くと、その一回をきっかけにずいぶんと頭に入る、ということなわけです。

「ひとりでれんしゅう」をいつもそれだけ真剣にしてたらスゴそうなんだけど。
それがたまに出る「火事場の馬鹿力」ってやつなんだと思うけど。

ともかく、こちらの準備もある程度できたところへ、おゆき先生自身も好きな曲ですからほんとにこってりたっぷり見てもらえて、ずいぶん実り多いレッスンでした。

弾く姿勢や力の入れ方、スラーの最後はドスンとしないなどの基本中の基本については、何度も言われてることですがなかなかー(-_-;; 定着しませんけどともかくその都度。

音を探す都合というか気がせくのでつい、いったん弾いた音をペダル任せにして次の音へさっさと出かけてしまっていたところ、やっぱりツッコミが入って「四分音符はいったん停止!!」…これもついついおろそかになっちゃうよね。

テンポの配分のこととかこの曲ならではのことも、前回よりずいぶん納得が進みました。

二曲目のほうは根本的に、曲のノリ(秘めたる情熱というか…)が大問題でしたけど、これも、先生が脇についてノセてもらうにしても、やはりある程度ちゃんと音が並んでないといじりようがないので、もう一度行ってほんとによかったです。

まーー、結局のところ…

ひとつの曲で一回しかレッスンに持ってかないのって、マズイよね(^^;;

二回持ってくといいなぁと思ったの。
(おゆき先生にも直接、二度以上持ってこいって言われたけど)

というわけで、来年の抱負は!! 「同じ曲を二度以上、レッスンに持って行く」にします~ぱんぱかぱーん♪

にほんブログ村 ピアノ  ←ぽちっと応援お願いします
にほんブログ村 ヴァイオリン ←こちらでも
にほんブログ村 中高一貫教育


「はじめての中学受験 第一志望合格のためにやってよかった5つのこと~アンダンテのだんだんと中受日記完結編」ダイヤモンド社 ←またろうがイラストを描いた本(^^)


「発達障害グレーゾーン まったり息子の成長日記」ダイヤモンド社
(今回もイラストはまたろう)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

またもや合わせモノとカレーとリンゴの夜

2014年12月28日 | ピアノ
今度は「ピアノと戯れるの会」忘年会(^^;; いや~どんだけ遊んでるんだって

   にほんブログ村 クラシックブログ ピアノへ←今日は何にもしない日にしよっと♪

夕方六時開始、朝まで(!)という会で、当初は参加予定じゃなかったのですが、よしぞうとまたろうとこじろうが徹夜カラオケに行くというので(はなひめはスキー)誰もいないんなら家にいてもしょうがないなって、急遽参加表明。

ちなみに、親が同伴でも18歳未満は夜11時以降にカラオケにいることはできません(都の青少年育成条例)。というわけでこじろうが(めでたく)18歳になった記念らしい。でも徹夜でカラオケに付き合う体力気力はないから…そんで代わりに戯れるの会なら徹夜で参加するかというと、ちょっと…このトシになって徹夜しちゃうとあとの回復が辛いんすよ。29日も仕事だしねぇ。

でも、誰も家にいなくて急がないということなら、たとえば終電までOKでしょ。調べてみたら、門前仲町を夜中12時くらいに出れば家に帰れることがわかった。これならゆっくり遊べるねぇ。

会場となるスペースは、そこそこの広さの部屋にベヒシュタインのグランドとキッチンがあるという謎のスペース。

私は買ったものを持って行ったのですが、そこで料理してもいいわけで、なんと手延べうどん!! とか、カレー(ゲンキョワンムー)とか、丸ごとリンゴのパイ包み焼き(o_o)とかをおいしくいただきました。

Shigカレーを二晩続きで食べるとかどんだけ贅沢なんすか。

写真で手に持った皿にのってる謎の黒い物体は、竹炭のバゲットなんですが、これがワインとすんごくよく合ってね。チーズ、バゲット、ワイン…止まらなくなっちゃうんです(^-^) 合わせモノで遊ぶころはすっかり出来上がっちゃっててふわふわ。

けどせっかくなのでヨーコ先生とは合わせモノしたい!! ということで極力正気を取り戻しつつ、フォーレのドリー4~6と、ラプソディー・イン・ブルーを合わせていただきました。いずれもこちらはかなり練習してある曲で、でも先生には突然の振りなんですけど、いずれもしっかり楽しく行き届いたアンサンブルで、ヨーコ先生酔っててもパネェっす(o_o)。こちらは、素面でもややスリリングなドリー第六曲(スペイン)が、酔いすぎると余計スリリングになるということが実験的に確認できました。

ラプソディー・イン・ブルーはピアニカ+ピアノだけど、リコーダーとかオタマトーン(!)も加わって賑やかな合奏でした。

あと、「花は咲く」をみんなで歌ったり、なんかジブリものの六手連弾とかやったんだけど、わりと楽しい編曲だったなと思いつつ、どんな出版社のどんなタイトルの楽譜かは記憶にない(酔っ払いなので)

プレゼント交換の選択順位を決める都道府県カルタでは反射神経の鈍さをいかんなく発揮してダメダメでしたが、中身わからないで選ぶんだし別にあとからだと損ってこともないんで。東京駅限定のフレーバーティー&ジャムのセットをいただきました。

宴はまだたけなわだったので後ろ髪も引かれつつ、でもリンゴ丸ごと焼きは食べたのでそのタイミングで帰宅しました。ばたんきゅー、ぐぅ。。(で、起きたら九時過ぎ) 男三人は死んだように寝てます。

にほんブログ村 ピアノ  ←ぽちっと応援お願いします
にほんブログ村 ヴァイオリン ←こちらでも
にほんブログ村 中高一貫教育


「はじめての中学受験 第一志望合格のためにやってよかった5つのこと~アンダンテのだんだんと中受日記完結編」ダイヤモンド社 ←またろうがイラストを描いた本(^^)


「発達障害グレーゾーン まったり息子の成長日記」ダイヤモンド社
(今回もイラストはまたろう)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

合わせモノとカレーの夜

2014年12月27日 | ピアノ
昨日は仕事納めの人も多かっただろうけど、私は29日まで仕事(-_-;; まぁけどふつうに土日休みはあるので多少の解放感はあるという金曜日。

   にほんブログ村 クラシックブログ ピアノへ←気分的には9連休!?

ねこカフェ(shig+夜毎屋邸)にカレーを食べに行ってきました。

リクエストに応えてくれてテーマは「台風」もとい「タイ風」。創作料理クリスマスレッドカレーというらしいがとにかく仕込みにこってりたっぷり時間がかかったもの。鶏の骨付き肉がほろほろ崩れるくらい柔らかく煮えた絶品である。


奥に見える黒っぽい中身の鍋は牛スジの煮込みスープでこれまた、ナントカいうタイ風の麺とからめて食べるとむちゃくちゃおいしいのだ。

そんなこんなでとにかく全員が食べまくって「もうダメ、動けない~」になってもどんどんとにかくピアノを囲んで合わせモノをするという、過酷な会である(嘘)

会社帰りなのでバイオリンは持って行けず、代わりにピアニカを持って行った。持参した楽譜はピアノ+ピアニカ「のだめバージョン」のラプソディー・イン・ブルー。shigさんに伴奏お願いするととりあえずパッと楽しいカンジで弾けるのではあるけど、これは…

「忙しい人のためのラプソディー・イン・ブルーだね!?」
この曲のイイトコロがいろいろと出てこないのでちょっと不満。
shigさんは代わりにピアノ独奏版の楽譜を引っ張り出して弾いていたがこれはこれで激ムズである。

ん~なるほど。

おいしいところがあれもこれも抜け落ちてはいるんだけど、「のだめバージョン」は簡単に曲になってまとまりよく、ある意味うまくできているのかもしれない。

バイオリンは持って行かなかったけれど、きーちゃんさんのバイオリンを借りてちょっと弾いた。

バッハ=グノーのアヴェマリアを
私がピアノ+きーちゃんさんのバイオリン バージョンと、
きーちゃんさんがピアノ+私がバイオリン バージョンでやってみたところ、

前者は一発でかなりしっくり、いい雰囲気(^-^)
私もコレなら聞くゆとりがあるので初回から「合わせ」になる。

逆はやっぱりね…
きーちゃんさんもかなり「必死」だし、
私も楽譜の指示を全部無視して1stポジションベタで弾くしかないので(笑) 味とかソッケとかなくなっちゃう。

ま、しかしこのペアで「両方から弾ける」という超貴重な曲ではあるわねぇ。

水のワグまさん(フルート)も、大量の楽譜を抱えてきて、次々にアンサンブルをやって日頃のウップンを晴らしていた。フルートやってると、とにかくアンサンブルがしたいーという気持ちになるの、よっくわかります(^^)

そんなこんなでいろいろとお腹いっぱいになって帰途につく私ときーちゃんさんと水のワグまさん。

最後は中央線の全線不通にヤラレてけっこう途方にくれる(すごい回り道して帰れたけど)。

にほんブログ村 ピアノ  ←ぽちっと応援お願いします
にほんブログ村 ヴァイオリン ←こちらでも
にほんブログ村 中高一貫教育


「はじめての中学受験 第一志望合格のためにやってよかった5つのこと~アンダンテのだんだんと中受日記完結編」ダイヤモンド社 ←またろうがイラストを描いた本(^^)


「発達障害グレーゾーン まったり息子の成長日記」ダイヤモンド社
(今回もイラストはまたろう)
コメント (8)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする