あるBOX(改)

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「川勝正幸さんお別れの会」

2012年02月17日 | サブカル
2/12、関係者による「川勝正幸さんお別れの会」が行われたそうな。

川勝正幸さん、亡くなったんだよな。1/31に。
自宅の火事で・・・というと景山民夫ちゃんと同じじゃないか。

音楽や映画などサブカルチャーを守備範囲とするライターにして編集者だった川勝さん。
自称「ポップ中毒者」。
’80年に広告代理店に入社。雑誌編集などのかたわらで音楽シーンにもかかわり。
ケラ等の「ナゴムレコード」創立を援助したとか。

フリーになってからも渡辺祐らと事務所を設立。

1989年、スチャダラパーを初めてメディアで紹介。

高円寺のレコードショップでの定期的トークショウなど、POPを啓蒙する活動は一段落したものの
著書の代表作は「21世紀のポップ中毒者」は現在のメディア人に大きな影響を与えた・・・・ってか。



スチャダラ・ファンの連れは、けっこうビックリして
TBSラジオの追悼番組をわざわざ聴いたそうですよ。

ボーズは結構淡々としていたそうですよ。
ラジカルガジメリビンバシステムで登場し、川勝氏の紹介で世に出た感のある宮沢章夫氏も同様。

川勝さん、17歳のスチャダラBOSEの自宅に電話かけて「インタビューさせてください」って言ってきたそうな。
面白い物へのアンテナが凄かったんだろうねぇ。

クレイジーケンバンドも川勝さんが推した部分もあったそうな。

POPやオシャレだけじゃなくて、どっか逆のバランス感覚もお持ちだったようで
杉作J太郎さんなんて、「パンフのコメントがオシャレ関係者ばっかりになり過ぎたら、あえて起用された」そうな。凄ェな。

――以下、ラジオからの抜粋。

ボーズ・・・・「元がボンボンだからガツガツしてなかったよね~」
町山(兄)・・・「いやなジジイになると言っていたのに(号泣)」

番組的には町山(兄)の方が浮いてたそうな。

亡くなったのは1/31か。
立川談志家元の『芝浜』上映会があった日だな。

ワタシャ、また行けなかったよ。

川勝正幸さんの御冥福をお祈り申し上げますよ。


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