まるみのあっちこっち巡り

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日本100名城 甲府城

2025-01-06 00:17:26 | 日本100名城



甲府城は武田氏滅亡後、豊臣秀吉の命により築城。
山手御門は、山手門と山手渡櫓門の総称で、
甲府城にあった3つの出入口の一つです。

1998年の発掘調査で石垣の一部が発見され、
当時の工法を用いて復元されました。







関東の徳川家康に対抗するための
重要な戦略拠点として築かれたといわれ、
徳川となってからは西側への備えとしての
重要性を保ち続けたといわれています。







明治時代になると石垣も崩され、
堀も埋め立てられました。
現在、甲府城は中央本線の開通で分断、
城跡の一部が公園として開放されています。







穴倉があり平面が不整形の本丸天守台。
豊臣系築城技術が生かされた石垣が見事です。

後年、柳沢吉保が城主となり、
さらに城と城下町の整備を行っています。







天守などの構築物がないだけに
石垣の素晴らしさが際立っています。
富士山や甲府城の稲荷櫓(鶴舞城公園)
などが一望できます。







再建された稲荷櫓は、鬼門の北東にあることから
艮(うしとら)櫓と呼ばれた二十櫓です。
山手渡櫓門と稲荷櫓の中は展示室、
江戸時代の歴史資料などが展示されています。







かつては20haほどの広大な城郭でした。

別名:舞鶴城、一条小山城
種別:平山城
築城者:豊臣秀勝、徳川家康
築城年:1583年
主な城主:加藤氏、浅野氏、徳川氏、柳沢氏

山梨県甲府市北口2-5-5

2024.3.8


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