小樽の街ブラを中断して、
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「柳川湯」でひとっ風呂浴びた後は、再び小樽運河を散策します。
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太陽が傾いてくる時刻を迎え、小樽の青空はより澄み切っていました。
レトロな倉庫群が水面に映る運河は小樽を代表する風景ですが・・・
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あえてその反対側の遊歩道を歩いていきます。
こちらはレトロな倉庫が運河沿いにはなく、現役感のある建物が建ち並んでいるようです。
運河沿いを走る小樽臨港道路に、レトロな建築物が並びます。
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最初の建築物は、旧小樽倉庫【小樽市指定歴史的建築物・第13号】。
小樽散策前に観光案内所だと思って入った運河プラザも、旧小樽倉庫の一部分だったのです。
明治23年(1890年)から明治27年建築、倉庫は木骨石造りで事務所は木骨煉瓦造りとなっています。
色内地先の埋め立て直後に建てられた営業用倉庫のひとつ。
正面右手の倉庫が最初の建設で、増築を重ね2つの中庭を囲む大倉庫となりました。
寄棟の瓦屋根にしゃちほこをのせた和洋折衷のデザインで煉瓦造りの事務所を中心に左右対称に展開し、全体として優雅な美しさをみせています。
北側を市博物館、南側を運河プラザに活用、公開されています。
(小樽市の案内看板より)
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運河プラザから離れたところにある入口は、小樽市総合博物館別館「運河館」に続きます。
せっかくなので中に入ってみます。
そういえばこれまで何軒も歴史的建造物をめぐってきましたが、中に入ったのはこの旧小樽倉庫と、後述の1軒だけになってしまいました。
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館内にあった人口の棒グラフ。
大正時代までは、小樽市の人口が札幌のそれを上回っていたのです。現在はというと・・・・・・(T_T)
札幌は明治4年でわずか13人の集落だったのが、現在は人口190万超となりました。
一方小樽は平成に入って人口が減り始め、現在は約12万人ほどとなっています。
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活気があったかつての商都・小樽の街並みの再現。
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小樽の自然、小樽周辺にはこんな動物がいますよ~的な展示だったでしょうか。
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なぜか火をおこしてみようというコーナーがありました。
やってみましたが、火がおこる前にリタイア・・・。
ライターやマッチがいかに便利なものなのか、思い知らされました。
そして平素の体力不足も・・・(T_T)
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旧小樽倉庫の中庭。
秋の晴天に向け、しゃちほこがのびのびと背伸びしているかのようです。
旧小樽倉庫の次に現れたのは、旧大家倉庫【小樽市指定歴史的建築物・第1号】です。
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明治24年(1891年)建築、木骨石造り。
石川県出身の海産商・大家七平によって建てられ、建物の妻壁に「山七」の印があります。
外壁に札幌軟石を使用し、越屋根と入口部分の二重アーチが特徴です。
その雄大さと独特の姿は運河地区の石造倉庫を代表するもののひとつです。
(小樽市の案内看板より)
いっぽう運河は、
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あまりレトロな雰囲気はありません。
歩いている観光客も少なかったです。
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古いアパートのような社宅のような建物の先で、運河の幅が広がります。
このあたりは通称北運河と呼ばれるそうですが、この広い幅が元来の小樽運河だったのでした。
現在の小樽運河の姿は、道路拡張工事のため半分を埋め立てられたことに由来するのですが、このあたりは埋立てが行われず元の姿が残っています。
北運河のところにある歴史的建築物、
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旧澁澤倉庫【小樽市指定歴史的建築物・第20号】。
明治28年(1895年)建築、木骨石造り。
運河北部寄りの倉庫群のひとつ。
大きな切妻屋根を架けた本体の前面に、2棟の角屋が突き出る変わった形をしています。
向かって右手が一番古く、明治28年に建てられた棟。
その後左棟を並べて建て、次いで2棟をあわせた大屋根を架けて、今の姿になったといわれます。
(小樽市の案内看板より)
現在は「GOLD STONE」というカフェになっているようですね。
当時は店名を見て、「ああ、歌いながら作っていくアイスクリーム屋か」と思いました。
でもあちらは"GOLD"じゃなくて"COLD"でしたね。
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現役感あふれる運河沿いの建物。
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北運河に停泊する船舶。
こちらの運河はいちおう現役のようですね。
北運河を離れ、近くにある運河公園へ。
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西日に照らされる噴水が、なんとも美しいです。
そして、この公園内にも建築物が。
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旧日本石油倉庫【小樽市指定歴史的建築物・第53号】です。
大正9年(1920年)建築、木骨石造り。
小樽運河周辺には、明治から大正期にかけて、木骨石造の倉庫が軒を連ねていましたが、本倉庫は、その典型的な建物です。
小屋組は、クイーンポストトラス(対束小屋組)と呼ばれる洋風の構造です。
2本の束が、陸梁の中央付近で左右対称に建てられています。
平成10年の運河公園オープンに先立ち、新しい石を用いて建て直されています。
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そしてこの後、噴水の後ろに構える建物に、私は入っていきました。