鬼ヅモ同好会第3支部・改「竹に雀」

鬼ヅモ同好会会員「めい」が気ままに旅して気ままにボヤきます。

縁結び祈願のたびへ

2020-01-12 | 鉄道の旅


令 和 元 年 神 無 月 十 七 日 ( 木 )

午 後 七 時 十 六 分

千 葉 県 柏 市

柏 駅 西 口 付 近



3年ぶりの大きな旅へ。

千葉県の柏を本拠としてからはや3年。
自身、不惑までもう幾ばくもありません。

そろそろ身を固めるべきなのではないのか―――そのように考えるようになってきました。

そこで今回は、



秋の乗り放題パスを手にして、西の方・出雲の国にてまじめに縁結び祈願をしてまいります。
もちろん、その道中にてお城に寄り道しまくる所存です。

また、今回はなるべく土地土地の食べ物をいただくということもテーマにしていきます。



旅立ちの前のメシ・・・

 

吉牛@柏、うまい!



この日の夜は少しでも西に近づいておくということで、よね先生のお宅を宿とさせていただきました。




神 無 月 十 八 日 ( 金 )

午 後 四 時 五 十 四 分

横 浜 市 南 区

京 急 井 土 ヶ 谷 駅 付 近


いよいよ出発・・・その前に、

 

牛めし@井土ヶ谷松屋、うまい!

・・・こうして食事をかんたんに済ましてしまうのです。
この話を旅立ちの前に同僚にすると、「それは勿体ない」などと非難されてしまう始末。
そういうこともあって、今回の旅は土地土地のものを食べていくという目標も立てることになったのです。

でも柏と横浜の牛丼はいいんです、旅立ち前だから。




旅立ちの地・京急井土ヶ谷駅



最初の電車・横浜駅方面の電車を待ちながら、縁結び祈願の旅は幕を開きます。





第77回鬼ヅモ同好会麻雀大会手顛末記~詐病か復調か

2020-01-12 | 鬼ヅモ同好会


令 和 元 年 ( 2 0 1 9 年 ) 1 2 月 2 8 日 ( 土 )

午 後 1 1 時 4 5 分 ご ろ

横 浜 市 某 所

鬼 ヅ モ 同 好 会 麻 雀 大 会 会 場



令和元年の年末も、横浜で麻雀です。

日付が変わって集結した、会長、たか先生、よね先生と私。



しばしダラダラと時を過ごし、闘牌が始まります。



会長より「裏切り者」呼ばわりされた私。
このとき私は介護保険料を徴収されていない唯一の会員だったのです。
しかし私や(多分)ほかの会員たちは思っていましたよ・・・

あんたが一番の裏切り者やないか!

それも11月22日いいふうふのひに籍を入れるとは!
会長という漢はそのような軟派な風俗に流されることなく、ましてや「いい夫婦の日」なんぞは鼻で笑っていたはずだ。

ですが我々はこうも考えました。
会長ほど合理的に行動する男は円満な夫婦関係を保つべく、潜在的な危険を排除するに違いない。
潜在的な危険・・・結婚記念日を失念してしまうという、配偶者ある者が犯してはならない失敗。
「いい夫婦の日」ならば、そのような危険は大きく減らすことができるだろう。
くだらない風習であったとしても利用できるものは利用する、それが会長という漢ではないのか―――。

あれやこれやと申しましたが、会長、ご入籍おめでとうございます。



今大会は会長入籍記念ということで、会長を接待することになりそうかなぁ・・・



よね「ロン! 七対子・ドラ4!」
ああ、飛ばされてしまった・・・。



よね「ツモ! 立直・一発・自摸・ドラ4!」


体調不良で休職中だったというよね先生が絶好調。
「体調不良って、嘘なんじゃねぇの?」




会長「ドラ加槓!」
新たに表示された槓ドラも一萬・・・なんとドラ8!



会長の中・ドラ8の倍満が、立直をかけて逃げ道のないよね先生を直撃します。
しかしこの試合、トップはよね先生で会長はラスに。
よね先生がオーラスで親満を2回あがって、逆転してしまうのです。

この試合の私の点数は25,000点、あれほど激しい打ち合いがあったにもかかわらず、増減なしの座っているだけという状況。


今大会はとかくよね先生が強すぎて、私は座っているだけということが多い状況。




会長の入籍祝いは吹っ飛んでしまい、よね先生の快気祝いの前祝いとなってしまったようです。




1 2 月 3 0 日 ( 月 )

大 会 終 了


30日の朝、会長は家庭のため、副会長は用事のために帰路に就きました。
麻雀卓の前で「あけましておめでとうございます!」と新年を慶んでいましたが、今後はそれもなくなりそうですね。

私も帰省することになっていましたが、気が乗らないのでもう1泊させてもらいました。
私は6、よね先生は11と、龍を追求するゲームに勤しんでいました。
その夜、当会御用達のお食事処へ出かけましたが・・・







当会御用達・三本柱、全滅!
洋食のロッシュさん、中華の太田楼さんは「よいお年を~」状態。
蕎麦処太田屋さんは・・・年越しそばの準備で大わらわなのでしょう。

三本柱が軒並み閉店なので、近場のちゃんぽん屋さんも検討しましたが、こちらも「よいお年を~」。


当会御用達のお食事処は「三本柱」ではなく「四天王」。
最後の「四天王」は、地下鉄に乗って伊勢佐木長者町へ。



最後の「四天王」・インド料理のスンガバさんは開店していました。



チーズナン、うまいうまい!!
スンガバさんはメニューを更新したようで、会員がオーダーするラリグラスセットがなくなっていました。
代わりにタンドリーセットが設けられたようなので、これをオーダーしました。
今まではシークケバブが付いていたのですが、タンドリーセットにはありません。
でもチーズナンがとにかく美味いから、よしとしましょう。



戻ってからはず~っと、龍を追求していました。




1 2 月 3 1 日 ( 大 晦 日 )

午 後 1 時 5 8 分

帰 省 へ


重たい腰を上げ、よね先生宅を後にします。
そして・・・



太田屋さんの天せいろ、うまい!
年中行事となっていた太田屋さんでの年越しそば、今回からはこのようにソロ活動となってしまいそうですね。

一抹の寂寥感をおぼえながらも、変わらぬ美味に安堵し、帰路に就いたのでした。



高速バス乗り場の長蛇の列。
補助席まで使い倒す、すし詰めのバス。
そして、実家近所の爺が持ってくる、私の口に合わない料理と安酒が、容赦なく私を責め立てたのでした。



第77回鬼ヅモ同好会麻雀大会顛末記 完

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特急ときわで急ぎ戻る

2020-01-12 | 鉄道の旅


平 成 3 1 年 ( 2 0 1 9 年 ) 3 月 3 1 日 ( 日 )

午 後 4 時 0 2 分

茨 城 県 ひ た ち な か 市

ひ た ち な か 海 浜 鉄 道 那 珂 湊 駅



那珂湊おさかな市場で海の幸に舌鼓を打ち、お土産を買い、



那珂湊駅に戻りました。



夕方となれば史跡名勝は軒並み閉園時刻を迎えますが、季節は春。
この日は水戸梅まつりの最終日。
偕楽園は午後7時まで開いているようでした。

私の頭の中では、偕楽園の梅林の画をこの旅の締めとするつもりだったのです。
そこに、女王様よりLINEが入ってきます。

第一王子、別居騒動勃発。

女王様の第一王子が、わが本拠にて暫時寝食を共にすることになりそうだというのです。
これは一大事、部屋の整理整頓のため、急遽戻る必要に迫られたのです。





那珂湊駅から、急ぎ柏へ。



今度の列車は、16時12分発 湊線 普通列車 勝田行き



那珂湊駅で切り離された車両が、2番線ホームにたたずんでいました。
この列車で勝田に戻るのではなく・・・

 

阿字ヶ浦駅からやってきた上り列車に乗り込みます。



列車は定刻どおりに発車。
那珂湊駅のお隣、高田の鉄橋駅にて。



那珂湊に来るときにはすっかり忘れていた「城攻め」
当駅での収穫はこちら、夤賓閣【ひたちなか市指定史跡】を攻略できました。
(「い」は夕に寅と書きます)

夤賓閣は徳川光圀が建てた別邸なのだそうです。
別邸=城??? という疑問があったためなのか、現在夤賓閣は攻略対象になっていないようです。
システム変更により、現在は大洗町にある祝町向洲台場が攻略できるようですね。
台場=城??? という意見もありそうですが、続日本100名城のひとつに品川台場なんてものがあるので・・・。



中丸川橋梁、通称「高田の鉄橋」を通過。



中根駅
田園にぽつりとたたずんでいる中で桜が咲いている、とてものどかな駅です。
ひたちなか海浜鉄道随一の秘境駅でもあるそうですが、駅名標のデザインにあるように、付近には虎塚古墳【国指定史跡】という前方後円墳があるそうです。



金上駅
隣駅が日工前駅から工機前駅に変わってしまったので、この駅名標はもう見ることはできません。


工機前駅、そして勝田駅へ。
わずか15分のひたちなか海浜鉄道の旅は、これにて終了。




午 後 4 時 3 0 分

J R 勝 田 駅


さて、勝田から柏へ帰る電車は・・・



発車標の写りが非常に悪いですが・・・
先発は、16時34分発 常磐線 普通電車 水戸行き
次発は、16時47分発 常磐線 特急電車「ときわ82号」 品川行きです。

緊急事態が発生しており、魚をお土産にしていることもあるので、次発の特急電車で帰ることとします。



急きょ、みどりの窓口へ。
まずは、勝田から柏までの特急券を購入します。
乗車券は、茨城県内についてはときわ路パスが使えますので、その先の区間の乗車券をあらたに購入することになります。

乗車券については普通電車で帰ったとしても必要になるので、実質的には1,000円の費用負担で特急に乗ることとなります。



帰路の手配をしたところで、勝田駅の外へ。



「名物からあげ」ですか・・・そういえば朝は食べられなかったので、ちょいと立ち寄ってみますか。



唐揚げそば@勝田、なかなかうまい!
唐揚げは我孫子と同様にもも肉を使っているようですね。
そこと比べると一歩後れはとるものの、それでもなかなかうまかったです。




駅に戻りました。
あらためまして、今度の電車は16時47分発 常磐線 特急電車「ときわ82号」 品川行きです。
停車駅は水戸、友部、石岡、土浦、柏、上野、東京、品川、土浦・柏間の各駅をすべてすっ飛ばす、ときわの中では最速達のタイプです。



ときわさんがやってきました。
指定席は1号車の7番D席、進行方向右側の窓際です。



ときわさん、柏に向けて発車。



むこうに見える建物は、日立製作所 G1 TOWERというエレベータ研究塔です。
茨城県で最も高い建造物であると同時に、世界一高いエレベータ研究塔なのだそうです。

ちなみに茨城県で2番目に高い建造物は、牛久大仏
世界一高いブロンズ製人型建造物なんだとか。
3位は茨城県庁、ようやくビルが登場します。



那珂川を渡って、水戸駅に停車。


 

水戸駅を出ると、右側には偕楽園【国指定名勝】。
梅の花をじっくりと見たかったなぁ。




石岡駅到着前。
これまでまったく見えなかった筑波山が、最後に少しだけ姿を現してくれました。




利根川に沈みゆく日輪。
旅の終焉が近づいています。




午 後 5 時 4 9 分

千 葉 県 柏 市

J R 柏 駅




ときわ82号は、16時46分に柏駅に到着。



私は急ぎ本拠に戻り、女王様共々騒動への対応に追われたのでした。



【今回の乗車記録】

ひたちなか海浜鉄道 那珂湊駅 1番線 16時12分発
湊線 普通 勝田行き 1両ワンマン
勝田駅 1番線 16時27分着

JR東日本 勝田駅 2番線 16時47分発
常磐線 特急 ときわ82号 品川行き 10両
[JJ07]柏駅 3番線 17時46分着

*所要時間 1時間34分 (移動時間 1時間14分 乗換時間 20分)
*移動距離 102.4km
*料金 1,220円
 ・運賃 取手→柏 220円
     那珂湊→勝田→取手 ときわ路パス使用(使用しない場合、海浜鉄道 350円、JR線IC運賃 1,490円)
 ・特急料金 勝田→柏 1,000円



【今回の「城攻め」成果】

湊線
16時12分 那珂湊駅  発車
16時15分 高田の鉄橋駅(那珂湊から1駅) 夤賓閣(ひたちなか市)を攻略。
16時27分 勝田駅  到着

※システム変更のため、夤賓閣祝町向洲台場(東茨城郡大洗町)に差し替えられています。



日本100名城登城の旅・第21弾~「ちばらぎリベンジ」 完

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那珂湊おさかな市場~28年ぶりのサザエ

2020-01-12 | グルメ


平 成 3 1 年 ( 2 0 1 9 年 ) 3 月 3 1 日 ( 日 )

午 後 2 時 5 6 分

茨 城 県 ひ た ち な か 市

ひ た ち な か 海 浜 鉄 道 那 珂 湊 駅





那珂湊駅を出て、おさかなを食べに行くぞぉ~!



個性的な看板によれば、駅からは約800メートルほど。
看板どおりに歩いていくと、



魚屋と海鮮食堂が建ち並ぶ那珂湊おさかな市場に到着しました。



おさかな市場は、家族連れでいっぱい。
その多くが海産物をまとめ買いしています。

(むむっ、ここは漢一匹がやってくるようなところじゃなかったか?!)

函館山小樽運河のようなムードのあるようなところでは決してありませんが、そういったところ以上に漢単独で来ることが場違いのように感じてしまったのです。

(そんなことはどうでもよい、ここに来た目的は海の幸で舌鼓を打つことだ)

そう思いつつも事前に店を調べてこなかった私。
「小さな旅」(NHK)、「黄金伝説」(テレ朝)で放映されたという貼り紙が掲げられていたお店を見て、とりあえず中に入りました。


中に入った「魚一」というお店。
お食事時から大きく外れた午後3時、店内はガラガラで食事をしようというのは私だけでした。

ここまで食事らしい食事をしてこなかった私。
まずは定食ものとしてマグロ刺身定食(1,500円)をオーダー。
さらに生ガキ(500円)もいただきます。



生ガキ、うまい!
そういえば女王様は生ガキが大好物だったな・・・LINEで飯テロをお見舞いしてやろう♪



マグロ刺身定食! うまい!
マグロは云うに及ばず、何の海藻かわからないですがお味噌汁もいいですねぇ。

香の物を除いて完食。
私の胃袋にはまだじゃっかんの余裕がありました。
そこで、サザエの壺焼き(800円)もオーダーします。


当時小学生だった私は、父とのドライブで房総半島へ。
この日は車酔いにヤラれ、また遊覧船の船酔いにもヤラれていて、体調があまりよろしくありませんでした。
そんな中で昼食に食べたのが、サザエの壺焼き
漫画「ドラえもん」にて、のび太くんがサザエの壺焼きを美味しそうに食べるシーン・・・・・・当時の私には妙に印象に残っていて、
(サザエというのはとっても美味しいものなんだろう)
そう思って、はじめてのサザエを口にしたのでした。
(なんだ?! この焦げたような苦いものは?!)
私はそれ以来、サザエを口にすることはありませんでした。



あれから28年。



サザエの壺焼き!・・・うまい???
わが生涯2度目のサザエ。
小学校からはだいぶ長じ、焦げたような苦味の奥に潜んでいる旨みも感じられるようになりました。



壺焼きのおつゆを味わいつつ、着実に身をいただいていきます。しかし・・・



この緑色の部分って、食っていいのか・・・?
えらくにっが~いけど・・・。

お店の方に「これ食えるの?」なんて尋ねるのは失礼だし、恥ずかしいので、ここは女王様のお力を借ります。

『この緑色のところって、食えるの?』(&画像送信)
「肝だから食べれます・・・」
『苦いヨォ』
「それが美味しいの」
『俺には無理だ』
「なら食うな・・・」
『残します』

LINEでやりとりしながらも、私はサザエの肝を残すことにしたのです。
むむむ、さすがはサザエ・・・一筋縄ではいかないようですな。





サザエの壺焼きへのリベンジが果たせないまま、店を出ました。
まぁ、マグロがうまかったからいいでしょう。



電車でのひとり旅なので、買えるものも限られてしまいます。
持ち運びもでき、冷凍庫に入れなくともよい干物。

 

500円という値段に惹かれて、買ってしまったカレイ。
これらをお土産として、那珂湊おさかな市場を後にします。





那珂湊駅へ。
メディアの撮影はまだ続いていました。





ひたちなか海浜鉄道

2020-01-05 | 鉄道の旅


平 成 3 1 年 ( 2 0 1 9 年 ) 3 月 3 1 日 ( 日 )

午 後 1 時 3 8 分

茨 城 県 笠 間 市

J R 笠 間 駅



笠間城【笠間市指定史跡】の登城リベンジを果たし、この日の旅の目的は達成しました。
あとは、わが本拠地・柏に戻っても良いのですが・・・

時刻はまだ、午後2時前。
手に持っているのは、乗り放題の「ときわ路パス」

茨城県内の鉄道が某TX以外1日乗り放題なので、まだまだ旅を続行します。
今回乗車する鉄道は・・・18きっぷでは乗れない私鉄or第3セクターで、私がまだ乗ったことのない鉄道・・・ひたちなか海浜鉄道
これに乗って那珂湊に向かい、魚でも食べてこようかなぁ~という考えが浮かんでいたのです。




まずは笠間駅へ。
レンタサイクルをお返しして・・・



今度の電車は、13時59分発 水戸線 普通電車 友部行きです。
友部駅は笠間駅から2駅先にある、常磐線との分岐駅。
水戸まで行ってくれないのに水戸線とはこれ如何に?!
それを云うなら、東神奈川で折り返してしまう某路線がありましたねぇ。





14時08分、友部駅に到着。



今度の電車は、14時11分発 常磐線 普通電車 勝田行きです。
ひたちなか海浜鉄道の起点は勝田駅ですから、この電車で終点まで乗車します。
この日は3月31日、梅の季節でもあったので、普段は停まらない偕楽園駅に停車します。まぁ、スルーしますが。



内原、赤塚、偕楽園、水戸・・・何事もなく通り過ぎ、



那珂川を渡ったら、



終点・勝田駅に到着。




午 後 2 時 3 0 分

茨 城 県 ひ た ち な か 市

J R ・ ひ た ち な か 海 浜 鉄 道 勝 田 駅


勝田駅でお乗り換え。



JR線の改札を出ることなく、そのまま上り線ホームへ。
番号こそ1番をゲットしているものの、端っこに追いやられているひたちなか海浜鉄道湊線へ。



ひたちなか海浜鉄道では交通系ICが使えないので、湊線ホームの直前で精算することになります。
「ときわ路パス」を持つ私はそのまま入り、窓口で改札を受けることとなります。



今度の列車は、14時40分発 阿字ヶ浦行き



どん詰まり撮影。



駅名標も撮影。
海浜鉄道の駅名標はなかなか面白いデザインをしていますなぁ。
なんでも、平成27年度のグッドデザイン賞を受けたものなのだとか。

この勝田駅の駅名標、令和の世となった現在は使われておりません。
「にっこう」=日立工機は外資に買収されて日立グループを脱退し、平成30年6月に工機ホールディングスへと社名変更したのです。
そして令和元年10月、日工前駅は工機前駅となり、駅名標もリニューアルしています。



列車は2両編成のようですが・・・後ろの車両は貸切のようです。
前の車両に乗り込んで、ひたちなか海浜鉄道の旅、スタート。




のどかな画です。



中丸川という小さな川を渡ります。
この橋梁は通称「高田の鉄橋」と呼ばれ、すぐそばに高田の鉄橋駅があるのです。




高田の鉄橋駅から2分ほどで、那珂湊駅に到着。
後ろの車両はこの那珂湊駅で切り離され、1両の列車は終点の阿字ヶ浦へと向かっていきました。



上り列車が入線していました。
構内踏切で線路を横切り、駅舎へ。
中では、貸切列車の関係者と思われる人たちが駅を占拠していました。
どうやら那珂湊駅で撮影があるようでした。




なんらかのロケ地となっているレトロな駅舎を後にして、海の方へと歩いていきました。



【今回の乗車記録】

JR東日本 笠間駅 1番線 13時59分発
水戸線 普通 友部行き 5両
友部駅 3番線 14時08分着

友部駅 2番線 14時11分発
常磐線 普通 勝田行き 10両
勝田駅 3番線 14時30分着

ひたちなか海浜鉄道 勝田駅 1番線 14時40分発
湊線 普通 阿字ヶ浦行き 2両ワンマン(1両貸切)
那珂湊駅 2番線 14時54分着

*所要時間 55分 (移動時間 42分 乗換時間 13分)
*移動距離 37.4km
*運賃 ときわ路パス使用(使用しない場合、846円(JR線IC運賃 496円 ひたちなか海浜鉄道 350円))





笠間城リベンジ・後編~荒れ果てた石垣

2020-01-05 | 城郭【続日本100名城】


平 成 3 1 年 ( 2 0 1 9 年 ) 3 月 3 1 日 ( 日 )

午 後 1 2 時 3 5 分

茨 城 県 笠 間 市

笠 間 城 天 守 曲 輪



笠間城【笠間市指定史跡】の登城リベンジ。
ふもとの山麓公園にレンタサイクルを停め、山を登り始めてから約25分。

 

スタンプの絵柄にもなっている天守台に達しました。
スタンプの画角はよく捉えることができたと思いますが、石垣を覆うビニールシートがとても残念ですね・・・。

東日本大震災の影響で石垣が崩れたのだそうですが、その修復がすすんでいないことを見るにつけても、復興が道半ばなのだと感じざるを得ません。





天守台の石垣は、安土桃山時代に城主となった蒲生郷成によって普請されたものです。
近江出身の蒲生氏によって、この地に石垣を造成する技術がもたらされたのでしょう。
それに加え、笠間の地が現在も花崗岩を産出するという、採石に恵まれた地であったこともあり、笠間城は茨城県で唯一、本格的な石垣を備えています。









石垣が、荒れるに任せた状態になっている?
巨石が崩れ落ちそうで、ちょっと怖いですね。



天守跡に鎮座する佐志能神社拝殿
足元の石垣もあやうい感じがしますが、拝殿自体もなんだか荒れてしまっているように見えます・・・。





本丸に戻りました。





本丸から二の丸へと下る石段。
ここにも蒲生時代の石垣が残っています。



二の丸
草木が生い茂り、往時の広さは感じられません。



二の丸から石段を下り、舗装路に出ました。
このあたりで見られる石の造形物は、蒲生時代の石垣ではないようです。



すぐ近くのロータリーのような道。
このあたりは帯曲輪だったそうです。

 

ロータリーから見下ろすと、前回の登城の最終到達地点であった大手門跡です。
これでいちおう笠間城の登城リベンジは達成!・・・ということにしましょう。



まだまだ寒い春先。
さすがにやぶ蚊の大群はいませんでしたが、ユスリカの小さな群れはすでに発生していました。
ユスリカは蚊とは違って吸血しないのですが・・・・・・やっぱり鬱陶しいですね。



帰り道、



笠間のお稲荷さんに登城の達成を報告し、笠間の地を後にしました。





笠間城リベンジ・前編~佐白山登頂

2020-01-05 | 城郭【続日本100名城】


平 成 3 1 年 ( 2 0 1 9 年 ) 3 月 3 1 日 ( 日 )

午 前 1 1 時 3 5 分

茨 城 県 笠 間 市

J R 笠 間 駅



笠間城【笠間市指定史跡】のリベンジを果たすべく、ふたたび笠間の地に下り立った私。



駅を出て右にある観光案内所でレンタサイクルを借ります。



今回の自転車は、いたって普通のママチャリ。
料金は300円で、電動アシストつきのものと比べると200円お安くなっています。
前回の登城の経験を踏まえ、今回は山麓のハイクングコースから一気に本丸を衝くこととしたので、電チャリはいらないと判断したのです。


駅からの道は緩やかながらも上り坂でしたが、己の健脚で走破。



笠間稲荷神社の鳥居を通過し、急ぎ笠間城へと向かいましたが・・・



笠間稲荷といえば、やはりお稲荷さん!・・・ということで、店頭の淑女に誘われて「きむらや」さんへ。
くるみ稲荷、そば稲荷、そぼろ稲荷・・・どれも130円。
そば好きの私としては、ここはぜひともそば稲荷を食べたいところですが・・・

なんと! そば稲荷には我が天敵のキューカンバーが入っているのか!



5個で650円のお稲荷さん。



くるみ稲荷、甘酸っぱくてうまい!
最初はそば稲荷をオーダーしたのですが、くだんの理由でくるみ稲荷に変更。
淑女は「キュウリ抜きもできますよ」とおっしゃっていたのですが、新たに作る時間を考えて、オーダーを変えました。



続100名城スタンプがもらえるかさま歴史交流館 井筒屋
ここでチャリを停めてお稲荷さんを食し、さらにハイクングコースについての情報を確認し、笠間城へと向かいます。



【笠間駅→井筒屋のルート】



JR笠間駅 11時36分発
かさま歴史交流館 井筒屋 11時48分着

*所要時間 12分
*移動距離 1.8km 



井筒屋からは・・・



そばにある丁字路を佐白山方面へ右折。



右手に大石邸址と、大石内蔵助像が見えます。
前回の登城以降に整備されたようで、すっかり小ぎれいになっています。



大石邸址そばの丁字路。
前回の登城ではここを直進したのですが、今回はここを右折します。
ややきつい上り坂がありますが・・・



ホテルなんとか・・・の分かれ道は左折。
すると左手側に開けた土地が見えてきます。



佐白山麓公園に到着。
笠間城主下屋敷の跡地であり、ハイキングコースのスタート地点でもあります。
レンタサイクルを停めて、ここからは徒歩で進みます。



【井筒屋→笠間城主下屋敷跡のルート】



かさま歴史交流館 井筒屋 11時56分発
笠間城主下屋敷跡 12時06分着

*所要時間 10分
*移動距離 0.5km 





山麓公園内に建つ時鐘楼【復元】。
江戸時代から用いられてきた時鐘【笠間市指定文化財】が掛けられています。



ふたつの碑の間から上っていく階段道。
笠間城の山登り、ここに開幕。




午 後 1 2 時 1 2 分

佐 白 山 ハ イ キ ン グ コ ー ス を 上 る


上り始めて、初っ端から分かれ道。



ここは「城址公園」の看板がさし示す右が正解。



整備されたハイクングコースで段差がそれほど大きくありません。
まぁ、疲れますけどね。



上り始めて約5分、ガードレールが見えてきました。
ここでハイキングコースと公道と交差します。





このポイントで、多くの登城者が迷うのだとか。
パッと見だと、山麓公園からの階段道、左右の公道の3方向の道があるにもかかわらず、方向をさし示す看板は2方向だけ。
しかも看板の表示が、山麓公園では「城址公園」なのに、ここでは「佐志能神社」となっているのです。
佐志能神社は笠間城の天守台に鎮座する社なので、笠間城址へ向かうには佐志能神社の方向へ進めばいいのです。
しかし佐志能神社を指している方向・・・これが非常に誤解されやすいのです。



この画からだと、佐志能神社の方向はコンクリートの公道だと誤解してしまうでしょう。



じつは、斜向かいに上りの階段道がひっそりとたたずんでいます。
この階段道こそ、佐志能神社への正解の道。



よ~く見るとこの立て看板、不自然な方向を指しています。
古ぼけて傾いているようにも見える看板ですが、佐志能神社のさす方向の延長線上に・・・



この階段道があるのです。

多くの登城者を混乱の渦に陥れてきた立て看板。
これは改めたほうがいいんじゃないですかねぇ。




再び始まる坂道。



時折「石垣かな?」と思わせるものも見受けられます。
(実際には石垣ではないようです)



公道との交差ポイントから上ること約8分、本丸に到達しました。
ハイクングコースは終始緩やかな階段と坂道で整備されていて、上りやすかったです。




午 後 1 2 時 2 5 分

笠 間 城 本 丸




ハイキングコースという搦め手をたどって、一気に本丸を衝きました。



本丸では、家族連れが一足早いお花見をしていました。



本丸の中にある高台に上ってみます。



高台には八幡台櫓という櫓が建っていました。



八幡台櫓【茨城県指定文化財】は現在、笠間市内の真浄寺に移築されています。




八幡台櫓の高台を下り、本丸の隅からさらに山登り。



こちらはハイキングコースではないので、いささか上りづらい石段。



「笠間城天主跡」の石標が見えたら、石段もあと少し。


本丸から約3分、



天守曲輪に到達しました。





天守台を上り、天守跡に鎮座する佐志能神社へ。
佐白山、標高205メートル、登頂しました!





益子・笠間の遠回り

2020-01-05 | 鉄道の旅


平 成 3 1 年 ( 2 0 1 9 年 ) 3 月 3 1 日 ( 日 )

午 前 9 時 1 0 分

栃 木 県 芳 賀 郡 益 子 町

坂 東 3 3 箇 所 2 0 番 札 所 ・ 西 明 寺



坂東33箇所霊場第20番札所・独鈷山西明寺



笑い閻魔を詣で、



鎌倉時代作の仏像群を詣で、境内を出ました。




杉木立の参道。



のどかな風景。



午前10時前、益子駅に戻りました。



西明寺城? 今回はパス・・・。




午 前 9 時 5 8 分

真 岡 鐡 道 益 子 駅


次の目的地は、やぶ蚊の大群の前に退却を余儀なくされた笠間城です。



出発地の益子から目的地の笠間までは、直線距離で約30kmほど。
県境を挟んで隣同士なので、サクっと行きたいところ。
しかし益子から笠間までの交通機関は、1日1本のバスのみ。



バスの時刻までは相当時間があるので、下館駅経由で向かうしかありません。
移動距離は約60kmと、ほぼ倍になります。



この日は「ときわ路パス」先生がご一緒なので、なんのためらいもなく鉄道に乗るんですけどね。




「SLもおか号 乗車90万人達成」ですか・・・今回の旅では乗らないでしょうね。



今度の列車は、10時04分発 真岡鐡道真岡線 普通列車 下館行きです。
ちなみにSLは15時01分発・・・今回は乗れませんね。



朝に乗車したものと同じモオカ14形気動車がやってきました。



列車は、定刻どおりに益子駅を発ちました。



益子から2駅、西田井駅
味のある木造の駅舎です。



SLを模した真岡駅の駅舎。



久下田駅で下り列車と行き違い。
真岡鐡道は、個性的な駅舎が多いですね。



「ぐち」しか見えませんが、久下田駅の隣駅・ひぐち駅です。
漢字で書くと「樋口」なのですが、埼玉県の秩父鉄道にも樋口駅があるため、混同を防ぐためにひらがな表記にしているのだそうです。


ひぐち駅の次は、折本駅



下りのSLもおかが入線しています!
SLもおかは年末年始を除く土日祝日に運行し、起点の下館駅と終点の茂木駅を1往復します。
停車駅は普通列車よりも少ないのですが、下館・益子間で比較すると普通列車よりも10分ほど多くかかります。
観光列車のため、各駅の停車時間が長いからでしょう。



上りの普通列車が先に発車しました。
振り返ると、折本駅に停車中のSLがものすごい勢いで蒸気を立てていました。


下館二高前駅を過ぎ、



JR水戸線が見えてきたら、そろそろ終着です。



10時49分、定刻どおり下館駅に到着しました。




午 前 1 0 時 5 2 分

茨 城 県 筑 西 市

下 館 駅


下館駅で、JR水戸線にお乗り換えです。



今度の電車は、11時03分発 常磐線直通 普通電車 勝田行きです。
発車時刻まで少々時間があるので、



駅の外に出てみました。
駅舎には5枚のステンドグラスが埋め込まれていて、しゃれたデザインですね。
駅舎前の裸婦像は・・・???

さてこの日は手持ちのお茶だけでここまで来ましたが、そろそろ食べ物を口にしたい頃合い。
待ち時間で飲食店を探して食事することはできそうにないので、駅に隣接するNEW DAYSで・・・



朝食!・・・・・・う~ん、ショボイ。
ですがこれから訪れる笠間城は山城。
ある程度のエネルギーは摂取しておかなければならず、贅沢は言ってられないのです。



少々残念な朝食をとって数分後、電車がやって来ました。



残念といえば、この日の車窓。
曇天のため、筑波山が全く見えないのです。



なんらかの湿地帯?
調べてみると、大池という農業用のため池なんだそうです。



大池からほどなく、大和駅に到着。
奈良県(大和国)でも、神奈川県(大和市)でもない、茨城県の大和駅です。







のどかな風景ですが、筑波山にお目にかかれないまま・・・



11時32分、笠間駅に到着しました。



【今回の乗車記録】

真岡鐡道 益子駅 1番線 10時04分発
真岡線 普通 下館行き 1両ワンマン
下館駅 1番線 10時49分着

JR東日本 下館駅 2番線 11時03分発
水戸線 普通 常磐線直通 勝田行き 5両
笠間駅 1番線 11時32分着

*所要時間 1時間28分 (移動時間 1時間14分 乗換時間 14分)
*移動距離 52.2km
*運賃 ときわ路パス使用(使用しない場合、1,256円(真岡鐡道 760円、JR線IC運賃 496円))





笠間駅の外へ。



駅を出て右にある観光案内所から、笠間城の登城は始まります。