宣教 サムエル記上1章1~20節
①士師記からサムエル記へ
本日から2カ月の予定で、サムエル記を礼拝で読んでいきます。
まずこのサムエル記についてでありますが、時は起源前1000年頃のお話です。先回まで礼拝で士師記を読んできましたが、その士師記の時代のイスラエルは一つの国家として成立しておらず、王もいませんでした。主である神さまこそイスラエルを治め、民を司るお方であったのです。当時12の部族による連合体としてイスラエルは構成されていましたが。この部族連合の政治、経済、宗教、軍事などをリードしていたのが、神が立てられた士師たちでありました。しかしサムエル記の時代になりますと、その12部族が一つのイスラエルの国として成立し、サウルやダビデといった王が立てられ、その王制もとでイスラエルは統治されていきます。イスラエルが一つの国家として成立し、王制を立てていくための橋渡しをなしたのが、最後の士師でもあったサムエルであったのです。
②サムエル誕生前
本日は、このサムエルの誕生についてのエピソードから御言葉を聴いていきますが、イスラエルの歴史に一人の女性の祈りと信仰が深く関わっていたということに驚きをもちながら、着目していきたいと思います。
さて、サムエルの父はエルカナといい、レビ族の家系であり、二人の妻がいました。
一人はハンナ、もう一人はペニナといいました。当時の時代一夫多妻というのはよくあることだったようです。エルカナは最初の妻ハンナに子どもができなかったという理由で、二人目の妻としてペニナを迎えたのでしょう。ペニナは息子と娘に恵まれました。
一方、子どもがなかった、ということにハンナの嘆きと苦しみは如何ばかりであったことでしょう。「私はもはや神さまから祝福されていないのか」「主は私をお忘れなのか」と、彼女の信仰も又、大きく揺さぶられます。
さらに追い打ちをかけたのは、もう一人の妻ペニナのハンナへの敵対心でした。ペニナはすでに息子、娘に恵まれていたのですから、ハンナに辛く当ることもなかったように思えますが、ペニナはハンナのことが恨めしく憎しみをもっていたのです。何がそれほどまでに恨めしかったかというと、それは5節に「彼(夫エルカナ)はハンナを愛していた」と記されているように、子宝に恵まれても夫エルカナの愛を自分が得ることができないという、その不満でした。そんな激しい嫉妬の念が、ハンナに対する敵対心となったのです。一夫多妻制という制度にも問題はありますが、何よりも家庭の一対一という夫婦の関係性が損なわれるところに様々な悲劇や不和が起こって来る、と言う見本のような本日のエピソードでありますが。
さて、ハンナは毎年、シロにある主の家で礼拝を捧げる度に、ペニナことで苦しんだ、とあります。まあ日常生活の中でも、ペニナのいけずはあったんでしょうが。年に一度の特別な主の家の礼拝でまざまざと見せつけられるその現実は、ハンナに神の祝福から隔てられているような惨めな感情を起こさせたでありましょう。
そのため、ハンナは食事の席で「今度も、泣いて、何も食べようとしなかった」というのですね。夫エルカナは「ハンナよ、なぜ泣くのか。なぜ食べないのか。なぜふさぎ込んでいるのか。このわたしは、あなたにとって十人の息子にもまさるではないか」と言葉をかけますが、ハンナは何も答えません。彼はハンナを慰めたつもりかも知れませんが、その言葉が彼女の心を軽くするどころか、かえって重荷ともなっていったようです。夫エルカナも本当の意味でハンナの苦しみの深さを計り知ることはできなかったのです。
③ハンナの祈り
ハンナは食事の席を離れ神殿で悩み嘆き、激しく泣きながら祈り、主に誓願を立てます。
「万軍の主よ、はしための苦しみを御覧ください。はしために御心を留め、忘れることなく、男の子をお授けくださいますなら、その子の一生を主におささげします」。
人はたとえ信仰をもっていなくとも願い、求める存在です。又、私どもの祈りも又、神さまに対して「~こうなりますように」「~が与えられますように」と、祈る場合が多いですね。確かにそれも祈りでありますが。
けれどもこのハンナの祈りの中で心に留まりますのは、「私の苦しみをご覧ください」「はしために御心を留め、お忘れにならないでください」というふうに、彼女が主に相対して強く訴えているということであります。ハンナの祈りは、何よりも主との閉ざされたかに思える関係を得ることにあったのです。彼女にとって何よりも辛かったのは、自分の苦しみを知り、理解してくれる者がいないという、その孤独から来ていました。
けれども、ハンナはそこであきらめずにといいますか、決して引き下がらずに「このはしための苦しみを御覧ください」「御心を留め、お忘れにならないでください」と、主なる神に訴え続けた。まさにそこにハンナの祈りの芯があったのです。
さて、そのようなハンナの祈りは、祭司のエリに酒によっていると誤解されるほどに必死な祈りでした。そうして彼女は話しかけてきた祭司エリに自分の心の奥底に「深い悩みがある」ことを祭司エリに話します。しかし具体的なことは何も話さず、ただ「主に訴えたいこと、苦しいことが多くあるからです」とだけ話しています。それは訴えるべきは主、という彼女の信仰の表れと解することもできるでしょう。
そこで、祭司エリはハンナに「安心して帰りなさい。イスラエルの神が、あなたの乞い願うことをかなえてくださるように」と、祝福の言葉をかけるのですが、それを聞くとハンナは「はしためが主の御厚意を得ますように」と言ってそこを離れ、食事をした、とあります。
祈る前は食事の席で、泣いて食べようとしなかったハンナでしたが、祈り終えると自ら食事をとり、しかも「彼女の表情はもはや前のようではなかった」というのです。何が起こったのでしょうか? 何が変わったのでしょうか?
ハンナはこの段階で子どもを授かったわけではありませんでした。つまり現状は何も変わっていないのです。では、何が彼女に変化をもたらしたのでしょうか。
それは「祈り」であります。主に祈る中でハンナは変えられていったのです。彼女は祈って、祈って、その思いの丈をぶつけるように主に相対して祈る中で、主が彼女に心を留めておられることを確信したのではないでしょうか。「私は忘れられてはいない」「主は私を覚えていてくださる」。その信仰の確信は子どもを授かることにも勝る彼女の平安となったのではないでしょうか。さらに、祭司エリの祝福の言葉にも後押しされ、彼女は生きる力を取り戻して食事をします。彼女にとって主との交わりを確信していく祈りがあること、そこに何よりも大きな恵みがあり、平安があったのですね。それがもう一人の妻ペニナとの大きな違いであったのです。
④「サムエル」の誕生
心に平安を得たハンナは翌朝早く起きて一家で主の御前で礼拝し、ラマにある自分たちの家、生活の場へと帰って行きます。そういう主にある平安の中で、夫エルカナとの間にも心の一致が与えられ、夫婦の心が結びつきます。「主は彼女を御心に留められ、ハンナは身ごもり、男の子を産んだ」のです。主はハンナの祈りを「忘れることがなかった」のです。
ハンナの産んだ男の子は「サムエル」と名付けられました。「その名は神」という意味があるそうですが。それはきっと、「ハンナを忘れることなく、御心に留められた神さまの御名を讃えます」、との意味を込めて「サムエル」と名付けたのではないでしょうか。彼ら夫婦は、このサムエルをして「神さまは生きておられる」、とのあかしを日々立てていったことでありましょう。
最後に、このハンナからサムエルが生まれる本日の物語から思い浮かびますのは、アブラハムと妻のサラ、又ヤコブと妻ラケルの夫婦であります。それぞれサラからイサクが生まれ、ラケルからはヨセフが生まれ、イスラエルを導く偉大な働きをしましたが。イサクが生まれる時も、ヨセフが生まれる時も、サムエルと共通したものを含んでいました。長いこと子どもが生まれなかったこと、そのために夫婦や妻同士の間にハンナと同じような不和不幸が生じ、特に女性として大変苦悩を強いられていくのです。
しかし、その小さく弱くされた女性たちが、その信仰の祈りを通して神の造りたもうその歴史に深く関与し、用いられてゆくのです。
今日私たちはハンナの祈りを通して、もう一度、祈るとはどういう意味を持っているのか、を教えられました。望み願ったまま叶えられることもあれば、思い描いた形とは異なることもあるでしょう。しかし、いずれにしても祈ることは、神に覚えられることであり、神のご計画に参与し、用いられていくことなのです。
私たちには「祈り」によって、神さまの力を戴き、神さまのみ業を行う働き人として用いられている、ということを心に留めていきたいと思います。何よりも、私たちは祈りの中で、主は私を決して「忘れず、覚えていてくださる」その体験をさせて戴き、恵みと平安を得ることができます。
①士師記からサムエル記へ
本日から2カ月の予定で、サムエル記を礼拝で読んでいきます。
まずこのサムエル記についてでありますが、時は起源前1000年頃のお話です。先回まで礼拝で士師記を読んできましたが、その士師記の時代のイスラエルは一つの国家として成立しておらず、王もいませんでした。主である神さまこそイスラエルを治め、民を司るお方であったのです。当時12の部族による連合体としてイスラエルは構成されていましたが。この部族連合の政治、経済、宗教、軍事などをリードしていたのが、神が立てられた士師たちでありました。しかしサムエル記の時代になりますと、その12部族が一つのイスラエルの国として成立し、サウルやダビデといった王が立てられ、その王制もとでイスラエルは統治されていきます。イスラエルが一つの国家として成立し、王制を立てていくための橋渡しをなしたのが、最後の士師でもあったサムエルであったのです。
②サムエル誕生前
本日は、このサムエルの誕生についてのエピソードから御言葉を聴いていきますが、イスラエルの歴史に一人の女性の祈りと信仰が深く関わっていたということに驚きをもちながら、着目していきたいと思います。
さて、サムエルの父はエルカナといい、レビ族の家系であり、二人の妻がいました。
一人はハンナ、もう一人はペニナといいました。当時の時代一夫多妻というのはよくあることだったようです。エルカナは最初の妻ハンナに子どもができなかったという理由で、二人目の妻としてペニナを迎えたのでしょう。ペニナは息子と娘に恵まれました。
一方、子どもがなかった、ということにハンナの嘆きと苦しみは如何ばかりであったことでしょう。「私はもはや神さまから祝福されていないのか」「主は私をお忘れなのか」と、彼女の信仰も又、大きく揺さぶられます。
さらに追い打ちをかけたのは、もう一人の妻ペニナのハンナへの敵対心でした。ペニナはすでに息子、娘に恵まれていたのですから、ハンナに辛く当ることもなかったように思えますが、ペニナはハンナのことが恨めしく憎しみをもっていたのです。何がそれほどまでに恨めしかったかというと、それは5節に「彼(夫エルカナ)はハンナを愛していた」と記されているように、子宝に恵まれても夫エルカナの愛を自分が得ることができないという、その不満でした。そんな激しい嫉妬の念が、ハンナに対する敵対心となったのです。一夫多妻制という制度にも問題はありますが、何よりも家庭の一対一という夫婦の関係性が損なわれるところに様々な悲劇や不和が起こって来る、と言う見本のような本日のエピソードでありますが。
さて、ハンナは毎年、シロにある主の家で礼拝を捧げる度に、ペニナことで苦しんだ、とあります。まあ日常生活の中でも、ペニナのいけずはあったんでしょうが。年に一度の特別な主の家の礼拝でまざまざと見せつけられるその現実は、ハンナに神の祝福から隔てられているような惨めな感情を起こさせたでありましょう。
そのため、ハンナは食事の席で「今度も、泣いて、何も食べようとしなかった」というのですね。夫エルカナは「ハンナよ、なぜ泣くのか。なぜ食べないのか。なぜふさぎ込んでいるのか。このわたしは、あなたにとって十人の息子にもまさるではないか」と言葉をかけますが、ハンナは何も答えません。彼はハンナを慰めたつもりかも知れませんが、その言葉が彼女の心を軽くするどころか、かえって重荷ともなっていったようです。夫エルカナも本当の意味でハンナの苦しみの深さを計り知ることはできなかったのです。
③ハンナの祈り
ハンナは食事の席を離れ神殿で悩み嘆き、激しく泣きながら祈り、主に誓願を立てます。
「万軍の主よ、はしための苦しみを御覧ください。はしために御心を留め、忘れることなく、男の子をお授けくださいますなら、その子の一生を主におささげします」。
人はたとえ信仰をもっていなくとも願い、求める存在です。又、私どもの祈りも又、神さまに対して「~こうなりますように」「~が与えられますように」と、祈る場合が多いですね。確かにそれも祈りでありますが。
けれどもこのハンナの祈りの中で心に留まりますのは、「私の苦しみをご覧ください」「はしために御心を留め、お忘れにならないでください」というふうに、彼女が主に相対して強く訴えているということであります。ハンナの祈りは、何よりも主との閉ざされたかに思える関係を得ることにあったのです。彼女にとって何よりも辛かったのは、自分の苦しみを知り、理解してくれる者がいないという、その孤独から来ていました。
けれども、ハンナはそこであきらめずにといいますか、決して引き下がらずに「このはしための苦しみを御覧ください」「御心を留め、お忘れにならないでください」と、主なる神に訴え続けた。まさにそこにハンナの祈りの芯があったのです。
さて、そのようなハンナの祈りは、祭司のエリに酒によっていると誤解されるほどに必死な祈りでした。そうして彼女は話しかけてきた祭司エリに自分の心の奥底に「深い悩みがある」ことを祭司エリに話します。しかし具体的なことは何も話さず、ただ「主に訴えたいこと、苦しいことが多くあるからです」とだけ話しています。それは訴えるべきは主、という彼女の信仰の表れと解することもできるでしょう。
そこで、祭司エリはハンナに「安心して帰りなさい。イスラエルの神が、あなたの乞い願うことをかなえてくださるように」と、祝福の言葉をかけるのですが、それを聞くとハンナは「はしためが主の御厚意を得ますように」と言ってそこを離れ、食事をした、とあります。
祈る前は食事の席で、泣いて食べようとしなかったハンナでしたが、祈り終えると自ら食事をとり、しかも「彼女の表情はもはや前のようではなかった」というのです。何が起こったのでしょうか? 何が変わったのでしょうか?
ハンナはこの段階で子どもを授かったわけではありませんでした。つまり現状は何も変わっていないのです。では、何が彼女に変化をもたらしたのでしょうか。
それは「祈り」であります。主に祈る中でハンナは変えられていったのです。彼女は祈って、祈って、その思いの丈をぶつけるように主に相対して祈る中で、主が彼女に心を留めておられることを確信したのではないでしょうか。「私は忘れられてはいない」「主は私を覚えていてくださる」。その信仰の確信は子どもを授かることにも勝る彼女の平安となったのではないでしょうか。さらに、祭司エリの祝福の言葉にも後押しされ、彼女は生きる力を取り戻して食事をします。彼女にとって主との交わりを確信していく祈りがあること、そこに何よりも大きな恵みがあり、平安があったのですね。それがもう一人の妻ペニナとの大きな違いであったのです。
④「サムエル」の誕生
心に平安を得たハンナは翌朝早く起きて一家で主の御前で礼拝し、ラマにある自分たちの家、生活の場へと帰って行きます。そういう主にある平安の中で、夫エルカナとの間にも心の一致が与えられ、夫婦の心が結びつきます。「主は彼女を御心に留められ、ハンナは身ごもり、男の子を産んだ」のです。主はハンナの祈りを「忘れることがなかった」のです。
ハンナの産んだ男の子は「サムエル」と名付けられました。「その名は神」という意味があるそうですが。それはきっと、「ハンナを忘れることなく、御心に留められた神さまの御名を讃えます」、との意味を込めて「サムエル」と名付けたのではないでしょうか。彼ら夫婦は、このサムエルをして「神さまは生きておられる」、とのあかしを日々立てていったことでありましょう。
最後に、このハンナからサムエルが生まれる本日の物語から思い浮かびますのは、アブラハムと妻のサラ、又ヤコブと妻ラケルの夫婦であります。それぞれサラからイサクが生まれ、ラケルからはヨセフが生まれ、イスラエルを導く偉大な働きをしましたが。イサクが生まれる時も、ヨセフが生まれる時も、サムエルと共通したものを含んでいました。長いこと子どもが生まれなかったこと、そのために夫婦や妻同士の間にハンナと同じような不和不幸が生じ、特に女性として大変苦悩を強いられていくのです。
しかし、その小さく弱くされた女性たちが、その信仰の祈りを通して神の造りたもうその歴史に深く関与し、用いられてゆくのです。
今日私たちはハンナの祈りを通して、もう一度、祈るとはどういう意味を持っているのか、を教えられました。望み願ったまま叶えられることもあれば、思い描いた形とは異なることもあるでしょう。しかし、いずれにしても祈ることは、神に覚えられることであり、神のご計画に参与し、用いられていくことなのです。
私たちには「祈り」によって、神さまの力を戴き、神さまのみ業を行う働き人として用いられている、ということを心に留めていきたいと思います。何よりも、私たちは祈りの中で、主は私を決して「忘れず、覚えていてくださる」その体験をさせて戴き、恵みと平安を得ることができます。