ビール飲みオヤジの日々雑感

ビール飲みオヤジが日々感じる雑感を徒然なるままに。

生存権

2009年05月03日 | 時事
憲法記念日の定番と言えば第9条【戦争放棄、軍備及び交戦権の否認】についての議論です。
今年もソマリア沖での海賊から日本の船舶を守るという名目で海上自衛隊が派遣され、それに関わる議論もあって相変わらず活発です。

第9条については議論を続けるしかないと思います。
今の議論も立場により視点や論点はまだまだ大きな隔たりがあると思います。国の将来を思い議論し続ける中で歴史が動き、いずれその時点での収斂すべき着地点が見えてくるのだと思います。

今年はそれに加えて第25条【生存権、国の生存権保障義務】についての意見や議論が目立ちました。
まさに100年に一度の世界的経済危機と言われる中で、日本においては「派遣切り」なるもの初めとして、国民の生存権(すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。 )が脅かされているという議論です。

一方でこの第25条が含まれる憲法の第3章は「国民の権利及び義務」と名付けられています。
ここでは国民の3大義務と言われる「教育」、「勤労」、「納税」について定められています。日本国憲法の成り立ち自体に今でも多くの議論がありますが、権利と義務をしっかり併記しているところは当たり前と言えば当たり前ですがよく考えられています。
権利は常に義務と表裏であり、義務を果たさずに権利の主張は有り得ず、あるいは権利の主張は義務の履行と切り離せないことです。

ところがこの義務の議論が、権利の主張の時にはほとんど触れられないのが不思議なことです。
権利の主張が先か、義務の履行が先か、これまた議論が避けられないところですが、仕事はあっても自分のやりたい仕事ではないといって、仕事が無い、働く場所が無い、これは生存権の侵害だなどという主張をごもっともとして果たして良いのでしょうか。

オヤジには本当に解決すべき状況に、どうもそんな手前勝手な議論がかなり混じって問題が肥大化、複雑化してしまっているように感じてなりません。
コメント
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