この手水鉢は吉川経幹の墓所にあります。
着物の袖に形がにていることから「誰が袖」
(たがそで)の手水鉢と呼ばれ小堀遠州の
作といわれています。
経幹の姉の夫、小堀勝太郎(遠州の末家)が
弘化3年(1846)に経幹に贈りました。後に
毛利家との仲直りした時、毛利慶親(よしちか)
に贈り、その写しを造って残したものです。
傍にあった説明文を要約
着物の袖に形がにていることから「誰が袖」
(たがそで)の手水鉢と呼ばれ小堀遠州の
作といわれています。
経幹の姉の夫、小堀勝太郎(遠州の末家)が
弘化3年(1846)に経幹に贈りました。後に
毛利家との仲直りした時、毛利慶親(よしちか)
に贈り、その写しを造って残したものです。
傍にあった説明文を要約