2020年9月13日で神戸フイルムオフィスが20周年を迎えたそうです。
2000年9月13日の神戸フイルムオフィス創立以降、初代の神戸フイルムオフィス代表
を務めた田中まこさんが下に添付の冊子(表紙のみ)で創立から16年間の歴史を
綴っておられます。現在の代表者の松下真理さんも活躍されています。
この冊子で初めて神戸フイルムオフィスが20周年を迎えたことを知りました。
眞に目出度く、今後益々のご発展を祈る次第です。
2020年9月13日で神戸フイルムオフィスが20周年を迎えたそうです。
2000年9月13日の神戸フイルムオフィス創立以降、初代の神戸フイルムオフィス代表
を務めた田中まこさんが下に添付の冊子(表紙のみ)で創立から16年間の歴史を
綴っておられます。現在の代表者の松下真理さんも活躍されています。
この冊子で初めて神戸フイルムオフィスが20周年を迎えたことを知りました。
眞に目出度く、今後益々のご発展を祈る次第です。
2018年11月17日、神戸市立外国人墓地の中にある米艦隊遭難者の慰霊碑の写真を
撮りましたので写真紹介します。
兵庫(神戸)開港から間もない慶応3年(1867)12月15日(新暦換算1868年1月11日)、
大阪湾で海難事故が起こりました。アメリカ海軍の一行が大坂湾沖に停泊していた
軍艦ハートフォード号からボートを下ろして安治川口へ向かっていたところ、ボートが
浅瀬に乗り上げ、さらに強風に煽られて転覆。海軍のベル少将(Henry Haywood Bell)と
J.H.レイド中尉、水兵10人合わせて12人が冬の海に投げ出され溺死しました。
犠牲者の遺体は神戸に運ばれ、小野浜墓地に埋葬されました。
但し、ベル少将とレイド中尉の墓は後に本国に移されたため墓地に残らず、アメリカ艦隊
遭難事故の犠牲者10人の水兵のお墓だけが残りました。
のちに海軍兵士たちが慰霊碑を建てました。
以上の記述は谷口利一 著の「神戸外国人墓地物語 使徒たちよ眠れ」神戸新聞出版センター
1986年、Page22-24に詳述されています。
慰霊碑は船のマストをイメージしたようなデザインでこの地に眠る人々を見守っています。
上の2枚の写真は小野浜墓地の近遠景(戦前)
遠景は神戸税関から撮った写真です。