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西郷隆盛の活躍と薩摩藩伏見屋敷の絵図

2018年01月13日 06時06分33秒 | Weblog
2018年1月7日(日)よりNHKテレビ大河ドラマが始まりました。
最近のテレビで西郷隆盛や大久保利通さらに島津久光など薩摩藩に関する番組が
多く放映されています。

そんな中、Gooブログでタイムリーな記事が見つかりましたのでリンク紹介します。

西郷隆盛が大活躍! 戊辰戦争の前半戦『鳥羽・伏見の戦い』から『江戸無血開城』


また、薩摩藩伏見屋敷絵図が2017年6月3日、城南宮の鳥羽重宏宮司が京都市内の
古書店で見つけ公表されました。

薩摩藩伏見屋敷絵図は京セラ美術館の秋季特別展「維新の夜明け~鳥羽伏見の戦い」で
展示されていました。(期間:2017年10月28日(土) ~ 12月3日(日))


英雄たちの選択 新春スペシャル「幕末ヒーロー列伝 これが薩摩藩の底力だ!」の
番組(2018-1-8放送)でも上述の城南宮の鳥羽重宏氏が登場され薩摩藩伏見屋敷絵図
について紹介されていました。

番組内で紹介されたものを使用して幕末期の薩摩藩伏見屋敷絵図など幕末期の伏見の姿を
思いをはせてみたいと思います。


上の写真は薩摩藩伏見屋敷絵図の全体図
「御玄関」や留守居役が駐在する「御仮屋守(おかりやもり)居所」、参勤交代で
藩主が利用する部屋(御座の間)など屋敷内の間取りが詳細に描かれています。


上の写真は天明6年(1786)12月16日に描かれたことが判る
「伏見御屋敷惣絵集」=薩摩藩伏見屋敷絵図


上の写真は御座の間付近の拡大図
この部屋に第13代将軍・徳川家定の正室・篤姫も宿泊したとされる。


上の写真は坂本龍馬が慶応2(1866)年、船宿「寺田屋」で幕府側の襲撃を受け、
約1キロ先の伏見屋敷に運び込まれた運河口(裏口)付近の絵図。
坂本龍馬は約1週間滞在して治療を受けたという。
尚、伏見屋敷は慶応4年(1868)の鳥羽・伏見の戦いで焼失しています。

2009年12月15日、寺田屋で坂本龍馬負傷した事件で伏見奉行所の報告書の写し
が見つかり話題となりました。



上の写真は江戸時代の伏見の様子




上の2枚の写真は薩摩藩の大名行列に付随の琉球人の行列
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