学問空間

「『増鏡』を読む会」、第9回は2月22日(土)、テーマは「上西門院とその周辺」です。

「みい」と「みつい」、そして長縄光男氏の誤解(その3)

2020-01-12 | 渡辺京二『逝きし世の面影』と宣教師ニコライ
投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2020年 1月12日(日)12時19分14秒

昨日、長縄光男氏に対するイヤミを念入りに書いてしまったので、自分の方が何か誤解していたら恥かしいなと思って原杢一郎編『原敬日記 第8巻』(乾元社、1950)を確認してみましたが、やはり米騒動関係の話であることに間違いないですね。
「ニコライ教会の司教三井某(岩手の者)」が登場するのは1919年(大正8)1月15日ですが、前年12月25日に、

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〇二十五日
【中略】
 田中陸相来訪(過日来病気)西伯利より半数已上撤兵の事は裁可を得たるに因り参謀本部に通牒して其処置を取る事となせり。予め参謀本部等に相談せば種々の議論もあるべしと思はれたれば決定後に之を公示し一切の議論を抑止せりと云へり、同時に田中は先頃より問題となり居る米輸入の件に付軍事協約を利用し支那内地より買入れて満洲に集むる事となせば約百万石は得べしと思ふと云ふに付予は賛成を表し速かに着手すべしと云ひ置けり。【中略】
 高橋蔵相田中陸相より米買入の内談を受けたりとて米産額等の諸表も携帯して来訪、山本農相も来会して種々の協議をなしたり、山本は高橋が農商務省の調査に反して米の不足にあらずと諸表に就き論ずるは不平にてもあらんか、米穀の事は価格に関係するが故に大蔵省にて爾後担任せば如何と云ふに付、余は官制上許さざる所なる事を説示し、尚ほ米穀の問題は内閣総掛にて措置を取るを要すれば閣僚中にも熱心に講究する事となりたれば力を合せて之が処置を取るべし、陸相の買入談も至急着手せしむべく又陸相が馬糧に是迄の麦使用を高粱使用に変更すと云ふことも直に実行するを要すとの趣旨を説示し、要するに余も産米の不足とは思はざるも上下不足を訴へ居る今日なれば米を潤沢にするは第一の急務にて、且つ政治の要は人心をして安定せしむるに在れば悲観説を述べて徒に人心を不安に陥る事を避くべしとの方針を縷示したり。
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とあります。(p121)
米騒動は1918年7月に始まりますが、原敬が首相となった同年年9月末の時点では暴動は既に終息しています。

1918年米騒動
https://ja.wikipedia.org/wiki/1918%E5%B9%B4%E7%B1%B3%E9%A8%92%E5%8B%95

そして、年末の時点では米それ自体も不足していないようですが、原は「余も産米の不足とは思はざるも上下不足を訴へ居る今日なれば米を潤沢にするは第一の急務にて、且つ政治の要は人心をして安定せしむるに在」るので、「内閣総掛にて措置を取るを要」し、田中陸相の「軍事協約を利用し支那内地より買入れて満洲に集むる事となせば約百万石は得べし」という提案も「至急着手せしむべく」と指示する訳ですね。
長縄光男氏が引用した記事だけでは、何故に陸軍大臣の田中義一が出て来るのかが分からず、あるいはシベリア出兵がらみなのかと思いましたが、シベリア出兵とは直接の関係はなく、米輸入が内閣全体の緊急課題なので田中も関与しただけですね。
年が明けて正月7日には、

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【前略】糧食問題に付高橋蔵相は決して米穀の不足なき事を主張したるも、産米の不足と否とを論ずるより先日決定通此際朝鮮台湾は勿論何れの国よりにても米を輸入して国民に安心を与ふるを必要とす、世間米価に付て騒然たるも実は数字の問題にあらずして世間は之を政略問題となし居れば其積にて考案するの外なし、閣員其心すべきものなりと注意したり。
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とあり(p128)、原の明晰かつ強力な指導力が窺えます。
また、10日には、

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 午前閣議を官邸に開らく、議会に於ける米問題に付山本高橋の意見根本的に相違に付答弁二途に出ては妙ならずと考へて両人に注意せしに、高橋蔵相は此問題は一切山本農相に譲りて自分は一言せざるべしと云へり。仏領印度は我政府の請求より米の輸出禁止を解除せりとの公報に接し内田外相之を披露せり、又田中陸相は支那に於て米輸出を承認したれば三井の手にて価の少々高き位は頓着なく速かに買入せしめては如何と云ひ一同異議なく、又前回問題となりし朝鮮米は兎に角陸軍に於て買入宇品港に輸入する事となしたり、山本農相如何にも熱なきも閣僚進んで其途を講じたれば米の輸入は益々増加するならん、
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とあり(p132)、ここに「三井の手にて価の少々高き位は頓着なく速かに買入せしめては如何」と初めて「三井」の名前が出てきます。
そして、これは15日に登場する「ニコライ教会の司教三井某(岩手の者)」ではありえません。
ということで、「みい」「みつい」問題は疑問の余地なく解決しました。
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