これってやはり化石? 私のライフスタイル!

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手前味噌 … あまりいい意味では使われないけど ほんとに自慢したくなる 手作り味噌のおはなし

2012-12-16 | 
今年の4月初め 亡き母の友人 エツコさんの指南で 味噌作りをしました

今まで8年ほど エツコさん手作りの味噌を毎年送ってもらっていました

でもエツコさんももう80歳になります

大変元気で 今でも車を運転していろいろと出かけたり ボランティアしたりするパワフルな方ですが 甘えてばかりもいられません

おいしい味噌が届くたびに 『あなたのお母さんに習った材料と作り方で作った味噌だから お母さんの作った味噌だと思って食べなさい』 と言われる味噌です


手作り味噌をいただくようになったきっかけは 私が出した年賀状に添えた一筆が 始まりでした

色々と母には教えてもらったけど 味噌作りを教えてもらえなかったことが残念です みたいなことを書いたのだと思います

その年賀状を見たエツコサンから電話があり 『 おばちゃんはあなたのお母さんから味噌作りを習ったのよ。 以来ずーっと あなたのお母さんが教えてくれたレシピで味噌を作っているし ご近所の人たちにも教えているの。 おばちゃんが作った味噌を送ってあげるから』 という内容で すぐに味噌が送ってきました

ほんとに母や祖母が作っていた味噌の味で 大変感激し ありがたく思ったことでした


私は母方の祖母の作る味噌が大好きでした

九州の味噌ですから 麦と大豆で作る麦みそです

祖母の作る味噌は 麹菌が甘酒麹を使っているということでしたが 生のまま舐めても しょっぱくなく 塩がこなれていて 甘い味噌でした (西京味噌とは違う甘さなのですが)

学生時代に その祖母の味噌をもらってきたことがあるのですが 横浜出身の食物学専攻の先輩に 『 料理に使うのはもったいない そのまま食べたいような味噌だ 』 と 言わしめたほどのものでた

祖母の手作りの味噌を喜ぶ私に触発されたのか 母も味噌作りを再開し 味噌作りの様子は傍らで見たことも たまには 臼で蒸した大豆を潰したりするのを手伝ったこともありました。
でも 自分で味噌を仕込めるほどには教えてもらっておらず そのうちにしっかりと教えてもらおうと思っていたものの 母が早くに他界し、私にとっては母や祖母の味噌は幻の味噌になってしまいました。

だからエツコさんが作る味噌は それはそれは 嬉しい贈物でした


4月は父の一年忌があり すこし長い時間鹿児島に帰ることになっていました

そこで 味噌作りを教えてもらいたいと エツコさんにお願いしました

もちろんエツコさんは 快く受けてくださり 法事ということで妹も帰省していたので 二人して 味噌作りを教えてもらえました

材料を買って 押し麦を蒸して 種麹をまいて 麹作りを始めてから三日目に 麦に薄い黄色の麹の花がたっぷりと咲きました

大豆を湯がいて エツコさん持参のミンサーで 大豆を挽きました (大豆を臼で潰す作業は ミンサーで挽くというふうに 進化していました)

出来上がった麹とミンサーで挽いた大豆と塩を混ぜあわせ 昆布を丸めて蒸したものを 間に入れ込みながら プラスチック容器に詰めていき 冷蔵庫に安置

あとは ゆっくりと味噌が熟成されるのを待ち続けて 9月に取り出してみると おいしい味噌が出来上がっていました

初めて作ったにしては 大変おいしい味噌になっていました


一回教えてもらっただけで うろ覚えなのですが この年末にまた味噌作りをしようと思っています

大豆を蒸す圧力鍋も麦を蒸すせいろもあるものの ないのがミンサーです

エツコさんが持っていたのと似たようなミンサーをアマゾンで見つけました

今度味噌を仕込むときは こと細かに記録して このブログも 覚書として残したいと思っています

ヘルシーミンサー DK-0580
クリエーター情報なし
貝印
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