Fuu

ある日には山 ある日には畑 自然体で気分良く暮らしています。

若すぎる死

2007-10-26 13:31:47 | 日記・エッセイ・コラム

あまり悲しい記事は書きたくないと思っているけれど 彼女があまりに哀れで書かずにいられない。 

丁度一月ほど前「疲れた 疲れた」と連発していた。 彼女はいつも会社に出てくると わたしの所へやってきて わたしが忙しそうでないと なんだかんだと話をして持ち場に出かけて行っていた。

疲れた のSOSには 人間関係も含まれていたので 解決は難しかった。「私が言ってあげることは簡単だけれど こじれるとあなた居づらくなるから マネージャーに相談してみたら? それで私のできることはするよ。」

にこっと笑って部屋を出て行って・・・それから2日ぐらいしてから バックヤードから電話「Fさん 頭痛いって横になっているから 救急車呼んで」 「意識は?」「今はある 寝てれば良いって言っているけれど」

躊躇しないで救急車呼んだ。 何か嫌な予感がした。

警備のおじさんが「Fさん飲み過ぎだよ」と言ってきた。そんなことならどれだけ良いか。 なんだか違う気がした。 管理のMさん 救急車に同乗。

その間に家族への連絡先を探す。 ない。 家へ電話しても 誰も出ない。 子どもが二人いたはずだけれど 以前聞いたことがある。「お姉ちゃんと息子と仲悪くてねぇ。 うちへ寄りつかなくなってしまって。」寂しそうに笑っていた彼女のバッグには 小学生の頃のスイミングスクールの会員証のなかで笑っている息子がいた。 でも彼はもう27-8の筈だった。

いつか知らないけれど 離婚して 二人の子を育てるために働いて働いて働いて来た人だった。 「匂い桜が咲いたから。芍薬だよ。 ボタンが咲いたよ。」アパート暮らしの彼女 植木鉢で差立てた大事な花を いつも事務所に持ってきて飾ってくれる人だった。

病院から最速 ご家族の人に連絡は付きましたか?

彼女の持ち物を 頭痛いと言いながらも意識があったので聞きながら 連絡先を探す。 携帯を持たないので メモ帳を丹念に探す。 駄目だ

何度も繰返して見ている間に 7けたの乱雑に並んでいる数字を見つけた。少し離れて五木とある。 ん? 彼女は確か九州の人だった。ひょっとしたらこの数字五木の誰かの電話番号? 市外局番を探してくっつけてみよう。 駄目で元々。 深夜だけれど ごめんなさいで許してもらおう。

幸いそれが彼女自身のお姉さんのうちだった。 そこから子どもに連絡してもらったけれど 病院まで来てもらえるまでに 早二日。 手術遅すぎた。

すでに意識もなくなって彼女の愛した子ども達が来てくれたこともわからず 一ヶ月後に亡くなった。 

息子さんはとても立派な子で 一安心とはいえ 若い子がいきなり高額医療の負担 その他でかけずり回り 可愛そうでならなかった。会社としてできることはしてあげたい。その手続きをすます前に 逝去

息子さんから電話。 「お母さんの写真がないんです。 入社の時の写真で良いから貸してもらえませんか?」 次からつぎへと 心痛む話が持ち上がる。

連絡がもっと早く取れたら 悔やまれて仕方ない。 苦労ばっかりの彼女 これからは息子さんの元で 小さな幸せをかみしめていられたかもしれないのに・・・ Mさんと 私は いつも「悔やまれる」と思う。

あれから直ぐにアルバイトも含めて 緊急連絡先のデータを わけを話して提出してもらった。 こんなことあってはいけないけれど もしこれがあったら 彼女を救うことができたかもしれない。

いろんな事を考えて参列した告別式は みんな号泣。 早すぎた死に悲しさもだけれど くやしさ 無念さに 胸がかきむしられるような辛さだった。

今更どうにもならないけれど 安らかにね と言わないといけないのだろうね? でも まだ私には そんな気持ちにはなれないで 鬱々としている。

最後に喪主の挨拶で「母は一人で寂しく暮らしていると思ったら 驚くほどの沢山のお友達や 会社の仲間が駆けつけてくれて こんなに嬉しいことはありません。」 その言葉がせめてもの救いだったよ。 

コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする