Fuu

ある日には山 ある日には畑 自然体で気分良く暮らしています。

紅葉の飛騨街道

2007-10-28 11:45:00 | 旅行記

父には 飛騨の山奥に住む妹がいる。 年で言えば10ほど若いのだけれど 父が年を取ってからは特別に大事な存在になってきている様だ。 それは私にとっても同じで 父や母の親類縁者が殆どいなくなってしまった今 私と両親の故郷 飛騨を繋いでいる 大事なおばさんだし 療養生活の長い父の大きな力になっているので 第二の親のような気持ちでいる。

町育ちでお嬢さん育ちのおばさんが どうしてあんな山奥にお嫁にいったのか 詳しいことはわからないけれど きっと昔は神岡鉱山の好景気で さほど僻地では無かったのだろう。

何しろ 谷に落ちないように落石を気にしながら 緊張して運転しないと行けない奥の奥にいるのだから

それはさておいて 父がお墓参りをしたいと言っていた。 春のことだった。 弟が連れて行くことになっていて とても喜んでいたのだけれど うんの悪いことにおばさんの孫が学校で大けがをしたと言うことで 飛騨行きはお預けになった。

娘が結婚して行くに当って もう行けないかもしれないから行きたい。と言いだし 春の一件を思い出した私は 両親を連れて行くことにした。

「これで最後かもしれないな」という親に また連れて行ってやるから と言いながらも はっきり最後じゃないと言い切れないのがちょっと辛い。

朝両親を迎えに行った後 岐阜から東海北陸道を ひたすら北上。美濃の山々はなだらかで優しい。 いかにも里山で 生活に大きく関わっている山という気がする。 紅葉はちらほら。

ところが郡上辺りからすこしずつ様子が変わってくる。 山は見事に紅葉。大きな山が重なってどっしりしている。 この日は 季節外れの台風で雨模様。それでも山々の稜線重なる所から霧が沸き立ち 錦の山々は霞んでいく。 彩り鮮やかだけれど 幻想的。

去年訪れたのは2週間ほど前だった。 残念ながら紅葉見られなくて 今回は少し外した。それがぴったんことなって 歓声が上がる。両親も懐かしい故郷が美しく彩られているのを幾つもいくつものエピソードを語りながら喜んでいる。

Mozumitani

雨上がっていたらな

次の日 台風は去り どんぴしゃの紅葉狩り日和。 去年諦めた穂高に行こうと画策しているので 少し気がもめる。 おばさんとしては早くに帰るのを残念がっているし 両親も もう来られないかもと思うのか 名残惜しがる。 しかし母の実家のお墓は 穂高回りで行くことにしてあるので 再訪を誓って別れる。国道に出るまで 山の木々の間から姿が見えなくなるまで見送っているおばさんの姿が浮かぶ。

神岡に出てから平湯の方に向かって走る。 何と綺麗な・・・

Kouyou

あ 雪

穂高だろうか?時々見える山は真っ白 錦に輝く紅葉と 冠雪で白くなった山 青い空のコントラストはとても綺麗。

車運転中で 駐まるには交通量多くてうまく撮れないのが残念。

Kansetu ロープウェーに乗って アルプスの山々を見せたいと思ったけれど 何か嫌な予感。 駅には長蛇の列。40人乗り(だったと思うけれど)5分おきに出ているけれど50分待ち。 更に 第二ロープウェーにいたっては 70分待ちだとか・・・

少し並んでは見たけれど 父の躰の事も心配だったので諦める。朝早くから来たのにな。 そりゃ この天気で この紅葉と来たら みんな同じ事考えるよね。

第二ロープウェー近くの展望地まで行ってみる。 去年おばさんが景色が良いから大好きって言った場所だ。

目の前に錫杖岳が見える。 あの山を見ながらお風呂に入ったんだった。ここも人は多かったけれど 路肩に車を寄せて 紅葉を楽しむことができた。

Syakujyou アルプスの山々を見ることはできなかったけれど 両親にとっては 子どもの頃の あるいは二人が出会った頃の里で 昔を思い出すことができたことで 良かったのかもしれない。

母の実家のお墓参りを済ませ 思ったより早く岐阜に送り届けることができた。 

来年も行けると良いな。

コメント (6)
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