Fuu

ある日には山 ある日には畑 自然体で気分良く暮らしています。

潜伏キリシタンの島 黒島Ⅰ

2013-10-03 22:17:53 | 旅行記

佐世保の街を通り越して相浦港まで行くと黒島行きのフェリーがでています。

黒島は潜伏キリシタンの島として知られています。今回この島を訪れるに当たって西海パールCリゾートに連絡を入れました。 島には公共交通機関が無いのでタクシー一台と運転手さん 現地ではガイドさんを手配してくれました。

せっかく行くのですからちょっと案内人が欲しいところです。桟橋手前の待合で簡単なレクチャーを受けて乗り込みます。

Feri
こちらから乗り込むのは 亭主と息子 そして私
タクシー1台 運転手一人です。

ここから高島を経由して50分ほどの船旅です。

Map
江戸時代の後期 大村藩のキリシタン達はこの島に逃れて渡ってきた。

今でもそうだけれど島は無人島かしら?と思えるほど人の気配が無い。

強いて言えば黒島港あたりに人工の建造物らしきものが・・・・

これは曹洞宗興善寺あたり
もともと平戸藩の統治下にあった頃は御影石の採石地であり 軍馬の飼育地だったので 人はいたわけだけれど カトリック信者は 外から家が見えるように建てて住むわけにはいかなかった。
だから外から見えない場所に 回りに木々を巡らして密かに暮らしていたらしい。

Takasima途中舟が寄っていく高島

その後ろに黒々と見えるのは黒島。

黒々した島という説も有り クルスの島という説も有り

Kurosima
真ん中あたりに鉄塔が見えるだけです。

多いときは2000人ほどいた住民も今では500人ほど

静かに神とともに暮らしています。

Korosimakou
黒島港にはこの島に住む現地ガイドさんが待っていてくれました。

もちろん潜伏キリシタンの子孫です。

早速タクシーに乗り込んで島の探検です。

黒島港に上がると黒島神社が有り 自然林があります。少し上がると興善寺と役所跡です。
今は公園になっていますが・・・・・と言ってもとても小さい。こんな所に役所?
一番人口が多いときで2000人ですから これでも良いのかもしれない。
ここでも踏み絵をやっていたと言うから 島の人は本当に息を潜めて生きるしか無かったようです。

うろ覚えですが 龍馬伝にでてきた蒼井優ちゃん扮する芸者さんは 黒島の出だったように記憶しています。

ただ黒島の信者さんは みんなで集まってお祈りをすると言うことが無かったそうです。 一人で あるいは隣の人と こそっとお祈りをしていたそうで・・・・・キリストの教えをどうやって学んだのか解りませんが

Hi
信仰復活の碑です。 
これはこの島の信者さんにとってとても意味があるものです。

キリスト教禁止令が解かれ
1864年 長崎に大浦天主堂が出来るとこの島の出口さんは(この碑のあるところに住居がありました) 夜中に舟を漕いで長崎へ行きます。
信徒である事を打ち明け 黒島に 沢山の潜伏キリシタンがいる事を話します。

外国人神父さんが黒島までやってきて出口親子の家でミサも行われるように成り 潜伏キリシタンは続々とカソリックに復活したのだそうです。

だから 復活の地です。

私達にしたら小さな狭い場所ですが
とても意味のある場所なのです。

Kyoudoubati
共同墓地です。
共同墓地ですから ○○家の墓と言った墓碑銘は付けられなかったのですが 最近それが許されて自分の所の墓を作る人が増えてきました。

本来墓は横向きですが ここでは日本の墓のような形をしていて上に十字架がついています。

代々の墓を持ったら 先祖の骨を掘り起こして集めるのだそうです。

えっ???? ちょっと驚きましたが

黒島のキリシタンの為に尽力を尽くされたマルマン神父様もみんなと一緒にこの丘に眠っていらっしゃいます。

コメント (2)
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