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障がい者カフェは本当いできるのか

2014年08月24日 | 福祉
障がい者という未知の世界を垣間見ている。


最近街中でも車いすの人をときどき見かけるようになった。

それはボクの意識がそれをキャッチしやすくしているせいかもしれない。


一人で行動している人が多い。

電動化などでずいぶん使い勝手がよくなったことも影響しているのだろう。


だが、まだまだ隠れた部分が多すぎて、その実態がわからない。

だが、知れば知るほど大変な世界なのだとわかる。


気の毒に思う気持ち。

何とかしたいと思う焦り。


相手は人間であり、一人ひとり症状も違えば、人格も違う。

発達障害と鬱とは相いれない、とも聞く。


もう一度原点に返って考えてみたい。


「障がい者の、障がい者による、障がい者のためのカフェ」

障がい者の方々が、のびのび、生き生き働ける場の提供だ。


ただ、経営をしていけなければ成り立たない。

収益を上げなければならない。

だからと言って儲けに走れば本末転倒になる。


助成金や給付金に頼って経営、運営だけにフォーカスすれば、

障者一人一人に対する意識が薄れそうで怖い。


どうしても現実的になればなるほどその傾向が強くなる。


だが、ここは踏ん張りどころだ。

易きに流れてはことを仕損じる。


あえて茨の道を選ぶのがボクのやり方なのだ。


もう一度、なぜ「障がい者カフェ」をやりたいと思ったのか。

そこを見つめなおしたい。