本当の出口戦略とは何か 1次防衛ライン・抗体カクテル皮下注射ほか
令和ルネサンス会議 2020年10月8日
兪炳匡(ゆう へいきょう) YOO,Byung-Kwang
神奈川県立保健福祉大学大学院ヘルスイノベーション研究科教授 (専門は医療政策・経済学)
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Road Map
1. 本当の出口戦略の概要
2. 「ワクチンパスポート・検査パッケージ(陰性証明)」(分科会提案)への批判
3. 神奈川県独自のコロナ感染予測モデル
8月18日と9月10日に神奈川県黒岩知事と私 で2度の記者発表(NHK、日経・朝日新聞等で広く報道)
4. その他の論点
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1.本当の出口戦略の概要
A) 共有すべき前提条件
・日本に残された限られた資源・リソースを有効に使うには、国家レベルのコーディネーションが必要。
・資金はまだ十分ある
・テクノロジーはかろうじて部分的に残っている
・人材は不足気味だが、適切な人材配置さえすれば かなりの部分を補うことは可能
ー>有限な資源の有効利用は、経済学の目的
B) 3次の防衛ラインの概念
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1.本当の出口戦略の概要
B)3次の防衛ラインの概念
できるだけ上流でせき止める(感染者を減らす)
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1.本当の出口戦略の概要
B)3次の防衛ラインの概念
1次防衛ライン ・抗体カクテル皮下注射 ・ワクチン ・検査体制の拡充
2次防衛ライン(軽症者の隔離・モニター)
3次の防衛ライン(医療崩壊の予防)
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1.本当の出口戦略の詳細
1次防衛ライン:(a)抗体カクテル皮下注射
家庭内感染の予防効果 (NEJM.org;doi:10.10156/NEJMoa2109682)
発症予防(約80%)
感染予防(約66%)
症状消失期間:3.2週から1.2週に短縮
(注意)重症化の予防効果については不明
限られた抗体カクテル資源は(a)治療目的の静注か (b)予防目的の皮下注射かの資源配分を、費用対効果分析(現時点では存在しない)を参考にすべき。
Source:デモクラシー・タイムズの動画:
小島勢二(名古屋大学名誉教授)「コロナと治療薬‾抗体カクテルと酸素ステーショ ン」
【山岡淳一郎のニッポンの崖っぷち】2021/09/08
https://www.youtube.com/watch?v=bxXSmDsCPPk&list=PLtvuS8Y1umY_fDdeoh2x0O0870v7WuW0
山岡淳一郎氏「コロナ戦記」岩波書店、単行本化今年11月
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1.本当の出口戦略の詳細
1次防衛ライン: (b)ワクチン
予防効果は変異株次第で低下
感染予防:デルタ株では非常に低い
重症化の予防:デルタ株(分類が雑/追いつかない)にいつまで有効か?
変異株・予防効果をモニターするシステム構築が必要 ー>今後日本特有の変異株がDominantになる可能性あり
ー>mRNAワクチンを日本「のみ」向けに、国内でライ センス生産できる体制構築が必要
ー>日本オリジナルは、周回遅れなので諦めた方がよい。
参考:必要な資金額は?
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1.本当の出口戦略の詳細
1次防衛ライン: (c)検査体制
防疫体制強化
十分なPCR検査体制
一般人の視点から:PCR 検査を無症状者がいつでもどこでも 無料で受けられる環境を整えるまで時期尚早。
公衆衛生学視点から:検査能力の数量的な判断基準
検査陽性率:米国CDC(5%未満)、カリフォルニア州(2%未満)
全住民の1%以上を「毎日」PCR検査できる
効率的な検査の組み合わせを医療経済評価で判断
PCR検査、抗原検査:診断
抗体検査、下水PCR検査:ハイリスク・グループ同定
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1.本当の出口戦略の概要
2次防衛ライン(軽症者の隔離・モニター)
3次の防衛ライン(医療崩壊の予防)
ー>共通の問題
医療資源の偏在・不足:首都圏の病床数比較
ー>仮設病院が必須
ー>人材不足には
ワクチン接種の打ち手は、非医療者でも可に
遠隔医療を時限的に認めるべき
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Fig.1 100万人当りの2週間累計感染者数 2020年9月‾現在:
2021年7月以降、日本特に 「東京・大阪(平均)」は、
台湾・韓国・ドイツよりも悪化し、米国の水準に近い。
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Fig.2 100万人当りの2週間累計感染者数 2020年9月‾現在:
2021年5月以降(第4波)の大阪は、米国とほぼ同水準
2021年7月以降(第5波)の東京は、米国とほぼ同水準
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Fig.4 100万人当りの2週間累計死者数 2020年9月‾現在
2021年5月以降(第4波)の大阪は、米国・インドよりも悪化し、世界最悪水準に近かった
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医療崩壊の一因としての構造的問題
総論その1:政策立案者の思考回路の硬直化
・過去30年間、「右肩上がりのマクロ経済成長」を前提に、「硬直 的」に産業界を支援
(例、企業減税、経済効果が低くとも止められ ないリニア等巨大公共事業)
・他方、過去30年間、「高齢化故に、社会保障は抑制すべき」を前 提に、「硬直的」に医療資源を削減してきた。
パンデミック下です ら医療資源を拡大する思考を、政策立案者が持てていないのでは?
o 対照的なドイツの例;重症者対応のためにICUを創設する医療機 関に対して、政府が積極的に支援。具体的には病院のインセン ティブを考慮し、コロナ用ICU創設を補助金(1床600万円=5 万ユーロ)で支援し、全国で2.8万床だったICUが一気に4 万床 に増床できた。
(https://www.jri.co.jp/MediaLibrary/file/report/okina/pdf/12393.pdf)
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医療崩壊の一因としての構造的問題
各論その1:コロナ以前からICU病床数すなわちICU専門家育成を軽視
・資金を投入して病床数を増やせても、ICU専門家は速成できない。
o とはいえ、過去1年半で、ICU専門家研修に政府はそもそも前向きだったか?
・日本、ドイツ、米国、韓国、OECD平均の比較(スライド)
o 単位人口当たりのICUは日本に比べ、ドイツは6倍以上、米国5倍、韓国2倍。
ICUの多さは、医療コスト高の要因として批判の対象となっていたが、今回の危機にはこれが医療崩壊の回避に寄与した。
o 病院に勤める「集中治療専門医」の人数。ドイツが8,328人(2018年) に対し、日本は1,850人(2019年)。人口当たりで約7倍の開き。
(Source:翁百合. (2020). ドイツのコロナ対策から何を学べるか.
医療態勢・機動的対応・財政運営. NIRA オピニオンペーパー, 54, 1-10.
https://www.nira.or.jp/paper/opinion54.pdf accessed 9-30-2021)
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医療崩壊の一因としての構造的問題 各論その2:希少な医療資源・人材の最適配分・適材適所ができていない。
・「3次の防衛ライン」において1次防衛ラインの軽視が、医療崩壊の一大原因。
・予防接種事業への希少な医療人材を投入。
o 看護師の給与の上限設定を通じ、政策的に予防接種に看護師人材を過大配分
(他の職種であるキャビンアテンダント等で代替可能)。
o 感染症対策の専門医まで動員。(Q3-3で後述ように遠隔医療(Telemedicine) を用いて、全国のコロナ治療を行う医師のRemote支援に当たるべき)
・大規模接種会場の非効率さ(私がこれまで3日経験)。
o テクノロジーを無視した、古典的・近視眼的な人海戦術に没入。
o なぜ(医師だけが可能な)問診を対面で行うのか?
・―>Video診療(Telemedicine)で時限的に問診可能にすべき。いずれは人工知能 (AI)での問診も検討すべき。
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仮設病院(野戦病院)の最大の課題 は、人材不足
・遠隔医療(Telemedicine)を活用すべき。
o 例、2次医療圏ごとに、専門医が特定の病院のICUないし、Telemedicine Centerで集中的に、仮設病院を含む医療機関の医師からの相談に応じる。
o (できればTelemedicineについてのスライドを追加する予定)
・私が勤務したUC Davisは米国のTelemedicineの中心の一つ。
Telemedicineの研究グ ループの一員として多くの研究に従事した。
o 日本の遠隔医療の経済評価の総説論文(英文)も出版した。
・この分野でも国際的に日本企業は大きく出遅れ。
・日本での遠隔医療の臨床応用も、ハコモノ公共事業と同じで、予算が止まると維持 不可能。
o 医師会の反対。地方の医療機関にとっての潜在的なリスクを厳密に評価すべき。
o 日本と米国のTelemedicineの社会的条件の違い。
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ワクチンパスポート・検査パッケージ(陰性 証明)」(分科会提案)への批判 1
総論1)一言で言えば、時期尚早、ないし準備不足過ぎる。
・そもそも、全員が無料で受けられるワクチンと、無症状者は自己負担しなければならない検査を同列に扱うのはおかしい。
・ワクチンについて言えば、希望者全員がワクチンを接種するま で時期尚早。
・十分なPCR検査体制(上述)を整備するまで時期尚早
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ワクチンパスポート・検査パッケージ(陰性 証明)」(分科会提案)への批判 2
各論1)どうしても実施を前倒しにしたいのであれば、限定した地域でパイロット事業を行い、厳密な評価をすべき。
下記の神奈川県の感染予測で用いた数学・統計学モデルはこのような厳密な評価に極めて有用である。具体的な評価項目の例は以下。
・パイロット事業地区で3%人流が増えた場合の入院数の増加がX人、
それ以外の地区で3%人流が増えた場合の入院者数の増加がY人とする。
統計学的に、X人がY人よりも少なければ、「ワクチン・検査パッケージ」が「人流の質を変えた」、「政策として成功」と評価可能。
・入院者数の変化には多くの要因(ワクチン接種率、ウイルス変異株等) が関与するので、神奈川県の感染予測モデルで用いた統計学の手法である重回帰分析が必要。
o 重回帰分析も、経済学・統計学の博士課程レベルの知識が必須。
このレベルの知識を持つ人材不足は深刻。
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神奈川県庁ホームページ:新型コロナウイルス感染症対策ポータル
ー>新型コロナ・予測モデルによる重症者数等シミュレーション (掲載日:2021年9月22日)
https://www.pref.kanagawa.jp/docs/ga4/covid19/simulation.html
予測モデルの概要
「GoogleAI・COVID-19感染予測(日本版)」や人流のオープンデータ、 ワクチン接種状況等のデータを加味し「中等症」及び「重症」となる患者数を中心に推計するモデルを開発しました。
例えば、現在からある割合の人流が抑制されると、地域別の「重症者」「入院者」「療養者」について、「最もよく起こる」、「最良」、「最悪」の3パターンの予測がどう変化するかなど、表及びグラフで シミュレーションすることが可能となりました。
これにより、「人流」「ワクチン接種率」等の変化の割合等が療養者数や入院者数に与える影響について、シミュレーションが実施可能になるなど、有効な新型コロナ感染防止対策の影響度を測りやすくなります。
共同開発者
神奈川県立保健福祉大学
新型コロナ感染者情報分析EBPMプロジェクト分析チーム
チームリーダー:Yoo, Byung-Kwang
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感染予測モデルの論点
論点1)予測モデルの意義
・メディアは「当たったか外れたか」を注目しがち。
・最大の意義は「予測される最悪のシナリオに事前に備えるという公共政策のあるべき姿」の実現。
論点2)第6波の到来
・数学モデルのみで予想することは、不可能と考えて良い。
・大規模かつ定期的なPCR検査による早期探知が必要。
・臨床PCR検査と下水PCR検査の「効果的な組み合わせ」を検証すべき。
論点3)複数の研究グループが個別に予測すべき。
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