ほんとうはみな家族のことを知らない(一部タイトルを抜き出し)
第一章;家族はむずかしい
・家族を盲信する日本人
・なぜ事件は家族の間で起きるのか
・結婚できない男女が増えたワケ
・子離れ出来ない親は見苦しい
・大人にとっていい子はろくな人間にならない
・家族の期待は最悪のプレッシャー
・お金が絡むと家族関係はむき出しになる
・夫婦でも理解し合えることはない
第二章;家族という病
・家族のことしか話題がない人はつまらない
・家族の話はしょせん自慢か愚痴
・「結婚くらいストレスになるものはないわ」
・結婚はしなくても他人と暮らすことは大事
・家族ほどしんどいものはない
第三章;家族を知る
・家族と言う名の暴力
・家族に迷惑をかけられる喜びもある
・知的な家族ほど消滅する
・家族写真入りの年賀状は幸せの押し売り
・一番近くて遠い存在が家族
第四章:旅立った家族に手紙を書くということ
他人の家族との比較が諸悪の根源
家族の話のどこが問題かといえば、自分の家族にしか目が向かないことである。それ以外のことに興味がない、家族エゴ、自分たちさえよければいい。
結核(著者)は敗戦と共に治ったらしく、学校へ一年の遅れもなく戻ることになったが、一人でいる癖はずっと続いた。父とけんかになっても、何でも許容してくれる母が歯がゆく、自分の世界に籠っている方が無難だということがわかっていた。
家族に期待していなかったために、向こうから期待されることは負担だった。
この先自分の好きな道へ進み、自分で生きて行かねばならぬと思ったからだ。特に、経済的自立は必須だった。されがなければ何も始まらない。
自分の考えと生活をはっきり自覚することができるようになって、母とも対峙出来るようになった。彼女の育ち方や考え方を許容出来るようになった。
家族も独りの集団なのだ。三人、四人、誤認、という親、きょうだいという家族の一団ではない。
自分の家族と思うから余計な期待をしてしまう。それがストレスになり甘えになる。
孤独に耐えられなければ、家族を理解することは出来ない。
独りを知り、孤独感を味わうことではじめて相手の気持ちを推しはかるkとおが出来る。家族に対しても、社会の人々に対しても同じことだ。
なぜなら家族は社会の縮図だかれである。
夫がハワイで虫垂炎になり、急きょ手術をした。腸がぐちゃぐちゃでえ一か月かかると。さらに手術の後が癒着して何日もガスが出ず、再度回復手術をした。そのため急速に衰え、それから一か月入院になった。クリスマス、正月をはさんで知人もおらず、日本に帰ることも出来ず、私は途方にくれた。ある日、その病室に日本人牧師が来てくれた。
ホテル暮らしの私を心配して牧師夫妻が私を自宅に引き取ってくれた。そして帰国まで世話をしてくれた。見ず知らずの私への心からの奉仕。教会に通う信徒の人々は毎日のように、花まで持ってきて病室を飾り、病院食ではとれない、おかゆなどを運び、退院時にはお赤飯まで炊いてくださった。
なんとお礼を言っていいのか、どの人もそれまで一面識もなかったのだ。
帰国時に、が是を変えなければならないつれあいの面倒をみるために、日系二世の看護師長が日本まで来てくれた。多くの人々のおかげでつれあいは今も元気でいる。
そこで知ったのは、ボランティアの意味だ。日本人は知っている人には親切であるが知らない人には冷淡である。家族、親族、知人とはこれ以上ないというほど結びつきを大切にするが、関係のない人には掌を返したよう。キリスト教の精神が根底にあるのか、ほんとうのボランティアが根づいていた。誰かにどこかで私もお返しせねばと思った。
何か事があったら相手を思いやり、助けることが出来るのが家族。ほんとうの家族とは、血のつながった家族を超えたところに存在する。
感想;
父は陸軍の上の方の人で、公職追放の一人で、その後の仕事が上手く行かず苦労があったようです。
父と兄はあるときとっつかみ合いの喧嘩をして家を出て行きました。それから疎遠になってしまいました。
佐野洋子さん、中山千夏さん、遠野なぎこさん、母との確執がありました。
佐野洋子さんは長女で母を捨てたいが、捨てられない辛さ。
母が欧州旅行に行きたいと。佐野洋子さんは一緒に行きたくないが長女として一緒に行きますが、楽しくない。
次女は「私は行かない。お金は出す」と。三女は母と旅行中も楽しくやっていた。
中山千夏さんは母とのことを本に書いてだしたことより、こだわりから離れることができたと。
遠野なぎこさんは母から愛された記憶がない。
家族とは無条件な愛情があるかどうか。良い子だから愛するのではなく、良い子悪い子関係なく無条件に愛することができるか。
無条件に愛することができる相手なら、それは家族なのかもしれないと思いました。
第一章;家族はむずかしい
・家族を盲信する日本人
・なぜ事件は家族の間で起きるのか
・結婚できない男女が増えたワケ
・子離れ出来ない親は見苦しい
・大人にとっていい子はろくな人間にならない
・家族の期待は最悪のプレッシャー
・お金が絡むと家族関係はむき出しになる
・夫婦でも理解し合えることはない
第二章;家族という病
・家族のことしか話題がない人はつまらない
・家族の話はしょせん自慢か愚痴
・「結婚くらいストレスになるものはないわ」
・結婚はしなくても他人と暮らすことは大事
・家族ほどしんどいものはない
第三章;家族を知る
・家族と言う名の暴力
・家族に迷惑をかけられる喜びもある
・知的な家族ほど消滅する
・家族写真入りの年賀状は幸せの押し売り
・一番近くて遠い存在が家族
第四章:旅立った家族に手紙を書くということ
他人の家族との比較が諸悪の根源
家族の話のどこが問題かといえば、自分の家族にしか目が向かないことである。それ以外のことに興味がない、家族エゴ、自分たちさえよければいい。
結核(著者)は敗戦と共に治ったらしく、学校へ一年の遅れもなく戻ることになったが、一人でいる癖はずっと続いた。父とけんかになっても、何でも許容してくれる母が歯がゆく、自分の世界に籠っている方が無難だということがわかっていた。
家族に期待していなかったために、向こうから期待されることは負担だった。
この先自分の好きな道へ進み、自分で生きて行かねばならぬと思ったからだ。特に、経済的自立は必須だった。されがなければ何も始まらない。
自分の考えと生活をはっきり自覚することができるようになって、母とも対峙出来るようになった。彼女の育ち方や考え方を許容出来るようになった。
家族も独りの集団なのだ。三人、四人、誤認、という親、きょうだいという家族の一団ではない。
自分の家族と思うから余計な期待をしてしまう。それがストレスになり甘えになる。
孤独に耐えられなければ、家族を理解することは出来ない。
独りを知り、孤独感を味わうことではじめて相手の気持ちを推しはかるkとおが出来る。家族に対しても、社会の人々に対しても同じことだ。
なぜなら家族は社会の縮図だかれである。
夫がハワイで虫垂炎になり、急きょ手術をした。腸がぐちゃぐちゃでえ一か月かかると。さらに手術の後が癒着して何日もガスが出ず、再度回復手術をした。そのため急速に衰え、それから一か月入院になった。クリスマス、正月をはさんで知人もおらず、日本に帰ることも出来ず、私は途方にくれた。ある日、その病室に日本人牧師が来てくれた。
ホテル暮らしの私を心配して牧師夫妻が私を自宅に引き取ってくれた。そして帰国まで世話をしてくれた。見ず知らずの私への心からの奉仕。教会に通う信徒の人々は毎日のように、花まで持ってきて病室を飾り、病院食ではとれない、おかゆなどを運び、退院時にはお赤飯まで炊いてくださった。
なんとお礼を言っていいのか、どの人もそれまで一面識もなかったのだ。
帰国時に、が是を変えなければならないつれあいの面倒をみるために、日系二世の看護師長が日本まで来てくれた。多くの人々のおかげでつれあいは今も元気でいる。
そこで知ったのは、ボランティアの意味だ。日本人は知っている人には親切であるが知らない人には冷淡である。家族、親族、知人とはこれ以上ないというほど結びつきを大切にするが、関係のない人には掌を返したよう。キリスト教の精神が根底にあるのか、ほんとうのボランティアが根づいていた。誰かにどこかで私もお返しせねばと思った。
何か事があったら相手を思いやり、助けることが出来るのが家族。ほんとうの家族とは、血のつながった家族を超えたところに存在する。
感想;
父は陸軍の上の方の人で、公職追放の一人で、その後の仕事が上手く行かず苦労があったようです。
父と兄はあるときとっつかみ合いの喧嘩をして家を出て行きました。それから疎遠になってしまいました。
佐野洋子さん、中山千夏さん、遠野なぎこさん、母との確執がありました。
佐野洋子さんは長女で母を捨てたいが、捨てられない辛さ。
母が欧州旅行に行きたいと。佐野洋子さんは一緒に行きたくないが長女として一緒に行きますが、楽しくない。
次女は「私は行かない。お金は出す」と。三女は母と旅行中も楽しくやっていた。
中山千夏さんは母とのことを本に書いてだしたことより、こだわりから離れることができたと。
遠野なぎこさんは母から愛された記憶がない。
家族とは無条件な愛情があるかどうか。良い子だから愛するのではなく、良い子悪い子関係なく無条件に愛することができるか。
無条件に愛することができる相手なら、それは家族なのかもしれないと思いました。