幸せに生きる(笑顔のレシピ) & ロゴセラピー 

幸せに生きるには幸せな考え方をすること 笑顔のレシピは自分が創ることだと思います。笑顔が周りを幸せにし自分も幸せに!

医者の判断での明暗 義母の死から思うこと ”患者も病気について知っておく”

2015-12-21 14:03:11 | 生き方/考え方
義母が100歳で亡くなり、その通夜と葬儀に行きました。
私の社内研修が一週間ほどあったので、妻はまだ子供もいなかったで家にいても仕方がないので実家に帰りました。
実家に夕方帰ったら母(義母)がお腹周辺が重苦しいと言って寝ていたそうです。

家の近くの町医者に行ったとのことで、医者からは疲れだろうから薬を飲んで寝ているようにと言われたそうです。
様子を見るといつもの疲れとは違うように感じたそうです。
そこで翌日、妻は母を医者に連れて行ったそうです。
どこの病院に連れて行くか迷い、循環器系の病気だと命にかかわる(脳出血/脳梗塞、狭心症/心筋梗塞)。
それ以外だとすぐに命にかかわることは少ない。
それと前に時たま胸が苦しくなる(すぐに回復する)と言っていたのを思い出しました。
それで地域で一番専門の循環器病センターに連れて行きました。

診察を受けたら、すぐに入院してくださいと言われました。
では帰って準備してからと言ったら、帰らずにこのまま入院してくださいとのことでした。
病室に行き、体重計に乗ったら、そこで倒れました。
心筋梗塞の発作が進んだのでした。
そこの病院には集中治療室があり、即そこに移されました。
直ぐに適切な処置がされましたが、心筋梗塞はどこまで進むかは医者もコントロールできないので、このまま亡くなる可能性も高いから家族をすぐに呼ぶようにと言われたそうです。

歳を取ると穏やかな心筋梗塞は心臓の痛みよりも周辺がなんとなく重かったりするようです。
初期の心筋梗塞を町医者が判断できなかったのです。
幸い、妻の判断で医者に連れて行き、そこの医師は心筋梗塞と判断したので、病院で倒れても即処置ができました。
それが67歳の時でした。循環器センターに連れて行かなければその時に亡くなっていた可能性は大きいでしょう。
心臓の一部が機能しなくなってもそれから33年生きることができました。

・たまたま私の社内研修がなければ
・たまたま妻が実家に帰らなければ
・妻が医者に連れて行かなかったら
・循環器センターに連れて行かなかったら
亡くなっていたでしょう。
医者の見立て違いによることは時々あります。
患者も知識を持って、医者に尋ねたり、その医者が信頼できない時は医者を変えることも必要なのでしょう。
どこの病院を選ぶかも生死にかかわることなのでしょう。

その時に亡くなっていてもおかしくありません。
それからはそれまで以上に義母は健康に留意しました。
孫も、ひ孫を見ることができました。

一病息災 という言葉があります。
病気を持つことで、無理をせず、健康に留意すると長生きできるとの教えです。

製薬会社に勤めていた私が言うのもなんですが、「薬よりもまずは睡眠、そして栄養と規則正しい食事時間」だと思います。
私も胃を2/3切除してからは、食事に気を遣うようになりました。
・野菜を温野菜で多く摂る。
・食事時間は決める
・よく噛む
バナナ、ヨーグルト、野菜/トマトジュース、チーズは毎日摂るようにしています。
食べるもので体調も大きく変わるのを実感しています。