幸せに生きる(笑顔のレシピ) & ロゴセラピー 

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加計学園がコメント発表 「誤った情報を与えた」 ”どのようにごまかすかを知恵を絞った結果”

2018-05-27 09:04:48 | 社会
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180526-00000038-asahi-pol 5/26(土)

 学校法人「加計(かけ)学園」は26日、愛媛県今治市への獣医学部新設をめぐり、2015年2月に加計孝太郎理事長が安倍晋三首相と面会したと記した県の文書についてコメントを発表した。当時の担当者に記憶の範囲で確認したとし、「実際にはなかった総理と理事長の面会を引き合いに出し、県と市に誤った情報を与えてしまったように思うとの事でした」としている。

【写真】朝日新聞に届いた加計学園名のファクス

 県文書の記載を打ち消す内容で、28日の衆参両院予算委員会の集中審議で議論になりそうだ。

 県が21日、参院に提出した関連文書には、安倍首相が15年2月25日に加計氏と15分程度面会したという学園から県への報告内容が記されていた。首相が「そういう新しい獣医大学の考えはいいね」とコメントしたという記述もあった。

 学園は首相と同様、面会の事実を否定してきた。この日のコメントでは、県文書になぜ面会の記載があるのかを説明。当時は「獣医学部設置の動きが一時停滞していた時期であり、何らかの打開策を探していた」とし、「構造改革特区から国家戦略特区を用いた申請にきりかえれば活路が見いだせるのではないかという考え」から担当者が面会に言及した、としている。

 今治市の菅(かん)良二市長も25日、市職員が学園から面会について聞いていたと明らかにした。学園は「不適切な発言が関係者の皆様にご迷惑をおかけしたことについて、深くお詫(わ)び申し上げます」と記載。広報担当者は取材に対し、「質問には文書で応じるが、今日は答えられない」としている。
朝日新聞社

感想
安倍首相と側近、加計氏が一生懸命考えて、どの方法が良いかと一生懸命考えられたのでしょう。
そして生みだしたのが、加計学園のスタッフが言ったことが虚偽だったとのことにされたようです。
なぜ、その時に担当者が虚偽しなければならないのでしょう。
もし、虚偽なら、その担当者を処罰しなければなりません。
今治市の記録でも安倍首相と加計氏が会ったと言われています。

なぜ、隠す必要があるのでしょうか?
それは今までの答弁が虚偽になるからです。

昔からの友達で、何度も私的に会っている(ゴルフやバーベキューなど)のに、一言も獣医学部新設の話をされないこと自体不自然ですから。

虚偽をしてもそれを当たり前という社会はどうなのでしょう。
日大の内田元監督と井上コーチも同じです。
その前は栄コーチ。

人は間違えます。
大切なことは間違えた後の対応を間違えないことだと思います。



「人生やり直し読本」柳田邦男著 ”今どう生きるか”

2018-05-27 08:56:48 | 本の紹介
・ボービー氏フランスのファッション雑誌「ELLE」の編集長 43歳の時に脳出血。意識も考える力も記憶も完全に元のままだった。意識は清明なのに、周囲の人に自分の感情も意思も伝えることができないとは、何と苛酷な状態であることか。全身麻痺の障害のため声を出すこともできなくなっていた。
幸運だったのは、左のまぶただけはまばたきの機能が生きていた。
それを友人が発見し、アルファベットを読み上げて、該当するアルファベットでまばたきすることで言葉を伝えることができるようになった。そうしてまばたきを繰り返して書き上げたのが「潜水服は蝶の夢を見る」だった。
発売されるやたちまち14週連続のベストセラー一位となったのだが、ボービー氏は発売から二日後に感染症による合併症のために急逝してしまった。

・天畠大輔さん 「『あ か さ た な』で大学に行く」で第42回NHK障害福祉賞優秀作品
14歳のの中学生時代に急性糖尿病で入院したところ、医療ミスによって心肺停止の状態になったのに、医療者がそのことに気づかず、20分以上も放置されて、蘇生に成功したが、脳への酸素補給が20分以上も断たれ、脳に重大な損傷が生じ、四肢麻痺、発語障害、視覚障害の後遺症が残ったのだ。
医師は誤診した。「息子さんは、これからずっと植物状態が続くでしょう。知的レベルも幼児段階まで低下しています」と。
しかし、母親はショックを受けながらも、医師の言葉を信じなかった。親が懸命に話しかけると、息子の表情に変化があり、ふと笑みを浮かべることもある。母親はコミュニケーションを絶対に取れるとはずと信じ続けた。
母が五十音を言って、反応を確認した。天畠少年は、はじめ目で合図を送ったが、母親には伝わらない。あれこれ試しても、うまくいかない。それでも。とうとう舌をわずかに出すというサインで、母親は息子の反応を確認できるところまで漕ぎつけた。1時間以上かけてはじめて表現した言葉は、「へつた」だった。そして、生きることすらあきらめていた天畠少年に、生きようとする意志が甦ってきたのだ。
「母親の愛の力は凄い」としか言いようがない。実際、天畠少年にこの母親の努力がなかったらと想像すると、その力の大きさが浮き彫りになって見えてくる。高等部を卒業して3年後、一校だけ親身になって対応してくれた大学を見つけた。三鷹市になるルーテル学院大学だった。
天畠さんは、卒業論文のテーマを自らの苦労を活かすために、「わが国の肢体不自由養護学校高等部における進路支援のあり方について~障害者の大学進学を進めるためには~」と決め、一年以上かけてA4判136頁におよぶ論文を書き上げた。

・聖路加病院 小児科教授 細谷先生
「亡くなった子どもたちも、十年間の中で何人かいたわけですけど、その子どもたちが、亡くなっていった事はとても悲しいことなんだけど、でも、そういうことを、こう、思わせてくれて亡くなっていってくれた子どもたちがいるわけですよ、その、友達に。
その、命には限りがあるとか、わからせながら逝ってくれた人たちとか。すごく奇跡的なことだと思いますよね」

・ある地方でのこと。C子ちゃんは、自分の病気が小児白血病であることを、ナースセンターになったカルテをのぞき見て知ってしまったのだが、母親を心配させないために、母親がいる間は、病名も知らないふりをして、明るく振る舞っていた。しかし、母親が返ると、ベッドにもぐって泣いていた。C子ちゃんは、なぜ明るいふりをするのか、そのわけを同室のS子ちゃんだけにうち開けていた。C子ちゃんが亡くなった後、S子ちゃんがそのことを自分の母親に話したので、C子ちゃんの母親も知るところとなった。C子ちゃんの母親は、幼いわが子の心を読み取れなかったことに衝撃を受けた。彼女はその後、がんの子どもを守る会に入って、支援活動を続けている。

・母親をA子さん、娘さんをE子ちゃん。E子ちゃんは知的な発達遅れのある障害児で、当時養護学校に通っていた。
ある日、家で一緒に遊んでいた仲良しの友達から、突然言われた。
「ゴメン、もう遊べないんだ。遊んじゃいけないって、ママに言われたから。一緒にいると馬鹿になるって」
E子ちゃんは、その言葉の重さを理解できなかったのか、「じゃあ、またね」とニコニコして手を振って別れた。
友達の言葉をそばで聞いていた母親のA子さんは、「一瞬耳を疑い、娘の顔を見たという。『ああ、この娘は、言葉の意味がわからなかったんだ。この娘は友達を失い、もう遊べないんだということに気づかないのだ』そう思うと、近所の子の「言葉の残酷さに心がボロボロに傷ついた。A子さんは不眠症になり、精神安定剤がないと日常生活が遅れなくなったという。それから半年後、授業参観の日があった。出かけたA子さんは、クラスの子どもたちが、それぞれに自分の作文を読むのを聞いていた。娘はどんな作文を書いたのだろうと、期待と不安の入り交じった気持ちで心待ちにしていると、E子ちゃんの番になった。E子ちゃんは作文に、想像もしなかったことを書いていた。
「あっちゃんが、私を馬鹿だと言った。私はそれを聞いたママがかわいそうでした。私が馬鹿だから、ママが悲しみました。私のママは綺麗で優しい人です。ママを悲しませないでください」。
A子さんは、この日を境に、“強い母”になろうと決心したという。クヨクヨしてばかりいた自分に決別し、娘を宝物だと自慢して、どこにでも堂々と連れていき、一緒に勉強に取り組む日々を送るようになったのだ。
ラジオ番組への投稿時には、その出来事から12年が経ち、E子ちゃんは成長してパン屋で働くまでになっていた。そして、A子さんは友人たちに、こう言うようになったという。
「この娘は知能が遅れているんじゃない、怒りという感情を持ち合わせていないのと、人よりのん気なだけなんだ」。そして、「娘の焼くパンは、世界一おいしんだ」と自慢しているという。

・「大人こそ絵本を」という活動をしてきた中で気づいたのは、「感性を再生させよう」と、いちばんメッセージを届けたい人ほど、耳を傾けてくれないということだった。考えてみれば、それは至極当然なことで、感性を失った人は、本も新聞も読まないし、講演会に出かけることもしないからだ。

・マックス・ルケード「たいせつなきみ」絵本
・サインを求められると、「読むことも 書くことも 生きること」という言葉を書く。
・ティエリー・デデュー作「ヤクーバとライオン Ⅰ勇気 Ⅱ信頼」
・鎌田實医師著「言葉で治療する」
・悲しみの連帯が人の生きられる社会を創る。

感想
人生何があっても、生き直しをされた人々を紹介されています。

ロゴセラピーでは、”二度目の人生を生きるように今を生きなさい”との考え方があります。
5年後に、5年前あれをしていればよかったと思えるように今を生きるということです。

ロゴセラピーでは、自分から意味を問うのではなく、”人生が自分に問いかけてくる”と考えます。
その人生からの問いかけにどう応えて生きるかだと思います。

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-ロゴセラピー(ヴィクトル・フランクル「夜と霧」)-