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死亡数1~3月急増 国内3.8万人増、「感染死」の4倍 "超過死亡数はコロナ死?”

2022-06-06 19:28:48 | アベノマスク
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO61447940U2A600C2EA1000/2022年6月5日 2:00 [有料会員限定]

1~3月に国内の死亡数が急増したことが厚生労働省の人口動態調査(速報値)で分かった。前年同期に比べ3万8630人(10.1%)多い、42万2037人に上った。
同期間に新型コロナウイルス感染者の死亡は9704人で、増加分を大きく下回る。コロナ以外の要因があるとみられるが詳しい原因は不明だ。行動制限などの影響がないか検証が急務だ。
1~3月は変異型「オミクロン型」による第6波の時期だ。最大36都道府...

感想
コロナ感染者が減っていると思っていても、実は多くの人がコロナで亡くなっている可能性が大です。
インフルエンザの死者はほとんど出ていなくて、この数字です。

これだけ死者が多いということは自分がその中に入るリスクも高いということです。

学校で“突然死”の子ども AED使用の有無 7割が記載なし ”子どもの命を少しでも救いたいとの気持ちが薄いのでしょうか? 虐めがあっても認めない教育委員会と学校に求めることは無理?””

2022-06-06 12:58:00 | 社会
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20220604/k10013657391000.html NHK2022年6月4日 20時18分

学校や幼稚園での事故や急な病気などで亡くなる子どもが、16年間で約1500人。

NHKが公開データをもとに調べた結果、このうち500人近くは「突然死」だったことが明らかになりました。
さらに、救命に有効とされるAEDについては、突然死の7割で使ったかどうか分かりませんでした。


専門家は「再発防止のためには、救命処置のプロセスや課題を記録して検証にいかすことが必要だ」と指摘しています。

娘は倒れた直後にAEDが必要だったのに
学校で突然、倒れて亡くなった子ども。

母親の1人に話を聞きました。
さいたま市の桐田寿子さんの娘、明日香さん(当時、小学6年生)は2011年9月、駅伝の練習中に校庭で突然、心臓発作を起こして倒れ、翌日、亡くなりました。

さいたま市の調査によると、明日香さんは倒れた直後すぐにAEDによる措置が必要な状態でした。
しかし当時、現場の教師たちは呼吸と脈があると思い、直ちにAEDによる処置が必要だと判断できませんでした。


寿子さんは「どうして誰もAEDを使おうとしてくれなかったのかと、最初はずっと悔しい気持ちでいっぱいでした。過去に似た状況で亡くなっている事例を知り、また同じことが起こるのではないかと強い危機感を持ちました」と話していました。
大きな教訓を残した事故なのに
明日香さんの死をきっかけにさいたま市教育委員会は2012年、寿子さんとともに「ASUKAモデル」と名付けた教員向けの救急対応のマニュアルを作りました。

また、寿子さん自身も娘のことを教訓にAEDの大切さを知ってほしいと全国各地の学校などで講演活動も続けています。

明日香さんの事例は日本スポーツ振興センターが公開している「学校事故事例検索データベース」にもまとめられています。

このデータベースは幼稚園、保育園、小中学校や高校などの中や通学中に事故で死亡したり重い障害が残ったりした生徒や児童について、見舞い金の給付のために学校や園が提出した学年や発生場所、事故の種類や状況などをまとめたものです。
明日香さんのケースは「校庭で、駅伝練習の課外活動中、1000mを走り終え、15m程度歩いた後倒れた。すぐに病院に搬送、治療を受けたが、翌日死亡した」と記載されています。

寿子さんはAEDについて大きな教訓を残した事故なのにそれが伝わらず、とても短い文章で終わっているのが悲しいと感じています。

また、事例の詳細をできるだけ明らかにして教訓を誰もが共有できる仕組みに変えていかなければ、再発防止にはつながらないと考えています。
「事故の教訓が伝わるよう詳しく状況を載せてほしい」
寿子さんは「公開されたデータベースを見て他の学校で起きている事故を知ることで、決してひと事ではなく自分の学校でも起きるかもしれないという心の備えを持つことができる。事故の教訓が見た人にちゃんと伝わるよう詳しく状況を載せてほしい。それが再発防止につながるのではないか」と話していました。
学校事故を詳細に分析
学校や幼稚園などで事故はどれくらい起きているのか。

NHKは公開されている2005年度から2020年度までの16年間、8400件余りのデータを詳細に分析しました。

その結果、亡くなった子どもは1556人にのぼり内訳は▽高校生が最多の700人、▽中学生が380人、▽小学生が272人、▽幼稚園や保育園が97人などと、年齢が上がるにつれて多くなっています。

見舞金の申請件数を年度別でみますと、2011年度が137人と最も多く、その後、次第に減少する傾向がみられますが、ここ数年も毎年50人以上にのぼっています。

さらに、死因を詳しく調べると全体の3割、490人が急に心停止したことなどによる「突然死」だったことがわかりました。

心停止した際には速やかなAEDによる措置が有効とされていることから、倒れた前後の状況の記載にある「AED」や「除細動器」、「電気ショック」という単語を抽出して、データの中で使われた頻度や一緒に使われたことばなどを調べました。
突然死の7割 AED使用の有無 記載なし
その結果、突然死の7割(356人)では記載がなく、データからはAEDを使ったかどうか分かりませんでした。

一方、残り(134人)はAEDに関する記載があったものの、このうち「すぐに」や「ただちに」など機器を使うまでの時間の経過がうかがえるものは1割余り(19人)にとどまりました。

AEDによる電気ショックが1分遅れるごとに救命率は10%ずつ下がるとされていますが、日本スポーツ振興センターのデータには倒れてから使うまでの時間や設置場所までの距離などといった具体的な記述はありませんでした。

またAEDの記載があった134人のうち、28人(20%)では救急隊が到着してから使われていて、なぜ倒れてすぐに機器を使用しなかったのかなどの詳細は分かりませんでした。
専門家「救命プロセスや課題を記録し検証にいかして」
医師で学校での突然死に詳しい京都大学大学院医学研究科の石見拓教授は日本スポーツ振興センターのデータについて、事故がどういう状況で起きたのか把握するには非常に貴重なビッグデータだとした一方で「AEDがどう使われたのか、使えなかった理由は何かが書かれていないため、救命措置がどんなプロセスで行われたのかを検証するのには不十分だ」と指摘します。
そのうえで「再発防止のためには倒れた場所からAEDが置いてあった場所までの距離や機器を使用するまでの時間、対応した教師の判断など内容をより充実させて検証し、学校や社会全体で対策につなげていくことが重要だ」と指摘しています。

AEDがあるのに使われないケースも
学校での突然死をめぐっては、AEDがあったにもかかわらず使われなかったケースが起きているといいます。

学校での突然死に詳しい京都大学の石見教授によると、大きく2つのケースがあるということです。
<1.AEDの設置場所が適切でない?>
まずは、AEDが置いてある場所が遠かったり、使えない時間があったりしたケースです。

学校のグラウンドで部活動の野球の練習中に心停止した中学3年の男子生徒の場合、AEDがグラウンドから離れた校舎にあり取りに行くのに時間がかるため使用できなかったということです。

また、部活動中に意識を失った別の男子高校生のケースでは夜だったため校舎に鍵がかかっていて入れず、AEDを持ち出すことができませんでした。

このケースでは学校がその後、AEDの設置場所をグラウンドなどに見直したということです。
石見教授によると、AEDの設置場所としては以下の条件を踏まえた場所が最適だということです。

▽心停止のリスクが高い運動場や体育館などの近く
▽使う可能性がある現場まで片道1分以内
▽24時間、誰でもアクセスできる場所


そのうえで、再発防止のためには個々のケースについてさらに詳細なプロセスや対応の記録をとり対策を検討することが必要だと指摘します。

<2.呼吸があるから使わなかった>
もう1つのケースは倒れた子どもが呼吸をしていたことからAEDは必要ないと判断したケースです。

突然、心停止した際には呼吸が途切れ途切れになる「死戦期呼吸」というけいれんのような症状が見られることがあります。

こうしたふだんと明らかに違う呼吸は「AEDを使用するサイン」ですが、知らない人も多く「呼吸をしているからAEDを使ってはいけない」と認識して対応してしまった事例が実際にあったということです。
「迷った時はためらわず、すぐにAEDを」
石見教授は「AEDは機械が自動的に心臓の動きを解析し、電気ショックが必要かどうかを判定してくれる。迷った時はためらわず、すぐにAEDを使うことが重要だ」と話しています。
AED使用 67%が後遺症なく社会復帰
残念ながらAEDを使ったとしても助からないケースはあります。

しかし、適切な救命措置により命が救われたケースも多数、報告されています。
日本学校保健会が行った調査では小学校や中学校、高校などで児童や生徒に対してAEDによる心肺蘇生を実施した件数は2012年度から2016年度の5年間に147件で、このうちおよそ67%(99件)では後遺症もなく社会復帰しているということです。


石見教授は「突然の心停止でもAEDの使用によって多くの命を救うことができる。学校で心停止する事態は決してまれなことではく、教師や生徒の誰でもAEDを使えるよう、使い方を学んでおくことが非常に重要だ」と話しています。
データ分析 詳細は
「学校事故事例検索データベース」の分析結果です。

2005年度から2020年度までの間に、死亡見舞金もしくは、障害見舞金が支払われた8404件のケースが掲載されています。

これらのデータについて日本スポーツ振興センターは「事故の再発防止策を検討するための資料として誰でも見ることができるようにしている。学校現場などで活用してほしい」としています。
死亡事例は減少傾向
データの詳細です。

8404件のケースのうち、2005年度から2020年度までの16年間に死亡した子どもの数は1556人にのぼっています。

詳しく見ていきます。
<年度別(見舞金の申請)>
公表されたデータの中では
▽2005年度が134人
▽2006年度が119人
▽2007年度が125人
▽2008年度が123人
▽2009年度が114人
▽2010年度が115人と減少する傾向が見られます。

▽2011年度には137件と増えますが再び減少し
▽2012年度は81人
▽2013年度が85人
▽2014年度が76人
▽2015年度が83人
▽2016年度が78人
▽2017年度が77人
▽2018年度が82人
▽2019年度が69人
▽2020年度は58人とこの16年で半数以下となっています。
<学校別>
死者が最も多いのが高校で700人と全体の半数近く(45.0%)を占めています。

次いで中学校が380人(24.4%)小学校が272人(17.5%)保育園や幼稚園が97人(6.2%)と学年が上がるにつれて死亡事故が増えていることがわかります。
<場所別>
事故の起きた場所を見てみると
▽道路が最も多く575人(37.0%)
▽教室や保育室が179人(11.5%)
▽運動場や校庭、園庭が150人(9.6%)
▽体育館や屋内運動場が95人(6.1%)
▽学校外の運動場や競技場が49人(3.1%)
▽廊下が36人(2.3%)
▽プールが25人(1.6%)
▽河川が25人(1.6%)
▽トイレが23人(1.6%)
▽海や湖、沼や池が17人(1.1%)
▽スキー場を含む山や林野が16人(1.0%)
▽学校外の体育館が14人(0.9%)
▽階段が14人(0.9%)
▽公園や遊園地が14人(0.9%)
▽ベランダが12人(0.8%)となっています。

道路が最も多い傾向は小中学校、高校などで変わりませんが、高校では2番目が運動場や校庭、3番目が体育館や屋内運動場などとなっていて、小中学校と比べて部活動などの機会も増えることが背景にあるとみられます。

一方で保育園や幼稚園は保護者が連れ添って送り迎えすることが多く、道路の割合が減る一方、保育室や教室が45人と全体の46%を占め、最も多くなっています。
<亡くなった原因は>
死因は
▽「頭部外傷」が472人(30.3%)で最も多く
▽「心臓系突然死」が267人(17.2%)
▽「全身打撲」が177人(11.4%)
▽「窒息死」が149人(9.6%)
▽「内臓損傷」が119人(7.6%)
▽「大血管系突然死」が118人(7.6%)
▽「中枢神経系突然死」が105人(6.7%)
▽「溺死」が62人(4.0%)
▽「熱中症」が27人(1.7%)
▽「けい髄損傷」が25人(1.6%)
▽その他・不明が30人(1.9%)などとなっています。
<突然死 年度別>
体調の急変などで亡くなる突然死は、死亡事例のうち3割にのぼり、減少する傾向が見られます。

▽2005年度が45人
▽2006年度が35人
▽2007年度が41人
▽2008年度が35人
▽2009年度が39人
▽2010年度が39人
▽2011年度は38人
▽2012年度が27人
▽2013年度が23人
▽2014年度が25人
▽2015年度が30人
▽2016年度が19人
▽2017年度が25人
▽2018年度が25人
▽2019年度は25人
▽2020年度は19人でした。
<学校別>
学校別で見てみると高校が178人(36.3%)、中学校が126人(25.7%)小学校が89人(18.2%)で高校と中学校では突然死の割合が特に高くなっています。
<発生状況>
突然死を状況別にみると、野球や陸上といった部活動などの「課外指導」中が140人とおよそ3割を占め、次いで体育の授業などの「各教科等」が96人となっています。
<突然死 場所別>
突然死のデータも、身体を動かすところで体調が急変するケースが多くなっています。

▽学校内の運動場や校庭、園庭が最も多く103人(21%)
▽教室や保育室が95人(19.4%)
▽体育館や屋内運動場が68人(13.9%)
▽道路が62人(12.7%)
▽学校外の運動場や競技場が29人(5.9%)
▽プールが12人(2.4%)でした。
AED使用の状況
心停止した際には速やかなAEDによる措置が有効とされています。

倒れた前後の状況の記載から「AED」や「除細動器」、「電気ショック」という単語を抽出すると、490人のうち134人には記載がありました。

「誰が」使ったのかを調べると、
▽教職員や生徒がAEDを使用したとみられるケースが102人(76.1%)
▽救急隊が使用したのが28人(20.8%)
▽病院で使用されたのも1人ありました。

※詳細は日本スポーツ振興センター「学校事故事例検索データベース」を参照してください。

感想
対句する場所にはAEDを備え付ける(体育館)。
また校庭などでマラソンをするときは、AEDを持って行く。

何よりも、先生がAEDの使用方法を学び、定期的に復讐することでしょう。

大切な子どもたちの命を、一人でも救いたい。
救える命ならできることをしたい。
との熱い思いがあるかどうかです。

虐めがあると、教育委員会と学校は自分たちの責任回避するために、「虐めがあったの根拠はない」などと十分調査しなかったり、都合の良いところだけを見ています。

教師としての使命を忘れている教育者が多いように思います。
もちろん高い使命を持って日々活動されている先生方も多いと思います。

亡くなったデータだけでなく、AEDや人工呼吸で助かったケースのデータも開示して欲しいです。

「うつ病を体験した精神科医の処方せん 医師として、患者として、支援者として」蟻塚亮二著 ”薬を自分で処方する!”

2022-06-06 04:12:12 | 本の紹介
・私もしばしば安定剤を利用する。出張に行く前に精神安定剤を飲んでおくと、普段とちがう環境の中を移動し、多くのストレスにさらされても疲れなくてすむ。だから、「薬に依存する、頼る」と考えないで、「薬を上手に利用する」と考えよう。

・うつ病の場合、セロトニンや、その子分的存在のドパミンやノルアドレナリンの過不足が問題とされているので、生活のなかでそれらを調整するような行動をデザインできれば理論的には良いことになる。例えば、快感を感じる場面を増やせば脳内で快感をつかさどるドパミンが増える。幸福感・安定感などを増やせれば、ドパミンやノルアドレナリンの濃度が安定するのみならず、それを大局から母親の如く調整するセロトニンも増えるかもしれない。運動はセロトニンを増加させるので決まった運動は治療的に働く。毎日明るい陽の光を浴びるとセロトニンが増えて精神的安定をもたらし、かつその子分のメラトニンを通じて睡眠が改善する可能性がある。家事や生活の習慣化あるいは、「あきもせず仕事に通う」ことなども「平常心を保つ」ことにより、セロトニンが増えるそうだ。

・患者さんの回復には家族の精神的な回復や、治療への理解が欠かせない。

・精神疾患の場合には、患者自身が「この病気を引き受けて生きていく!」という一番大きな課題と格闘する仕事に加えて、周囲の反応に耐えるという二つの課題に直面することとなる。ありふれた身体疾患よりもよほど大変なのである。

・治るということ
「治る」ということの真意は病気になる前の状態に復することではなくて、「肩から力を抜いてもっと楽な生き方に変わる」ことに他ならない。病気になる前の「肩肘張った自分」に戻るだけなら、また同じ病気になる。
実際には何度かの試行錯誤を経て、その中で「生き方」「人生への考え方」「生きる環境」などを変えて「治る」、つまり「社会へのその人にあった再適応」を果たされていくようだ。
聞くところによると、チャイコフスキーはその人生で50回の躁うつ病のエピソードを繰り返したといわれるが、50回はあまりにも多い。普通はもっと早くに自分の身の丈にあった生き方を見つけて再発しなくなるものだ。
ラフマニノフのピアノ協奏曲第二番はとても印象的なメロディーで知られるが、彼がうつ病の時に書いた作品だ。同じくピアノ協奏曲第三番はうつ病が治ってから書いたという。二つの作品の曲想のちがいはまるで別人が書いたかのように歴然としているが、背後の精神状態のちがいによるのである。

・「いつになく行動できる自分」を無視し、いつもの「やれない自分」に甘えてしまおうかという誘惑が生まれる。これを私は、「うつ病者のうつへの親和性」と呼んでいる。つまりうつ病を病む者は、同時にうつ気分をキープしようとする自分、あるいはうつに気分的に依存しようとする誘惑とをその内面に併せ持っているのである。
ただしこのような気分は、「うつで動けない」状態と「うつだけどどうにか動ける」状態との境目にあり、どちらにころんでもおかしくない病相の時に存在する。

・うつ病の主婦の患者さんは、家事の中で最も手間のかかる炊事という仕事ができないと悩んでおられた。で、私は外来の看護師諸君に「献立作り、買物、調理、食べる、後片付け」という炊事のプロセスの中で何が一番大変な課題であるかを聞いた。答えは全員一致して、「献立作り」だった。そこで、同居しておられる年金生活の夫に、毎日の献立作りと買物の分担とをお願いした。これで彼女の家事にまつわる負担感と自分を責める心は、大幅に軽減され症状も改善した。

・「機関銃(よく喋る相手)対策会議」で患者さんにいう内容の多くは、中国の魯人が北京大学の教官をしている時に抗日運動にはやる学生たちに語った言葉がヒントになっている。
「相手が機関銃を持っている時に丸腰で出て行くのは真の勇気でない。機関銃が相手なら、ともかく伏せることだ。すると弾は頭の上を飛んでいく」
魯迅の話はうつ病の療養にも通ずると思う。魯迅いわく、「失敗は生きている証拠だ」。

・死ぬわけでねえ
琉球大我の精神科から講演を依頼されたことがある。私は那覇のホテルにいたが地理不案内なものだから、琉球大学は那覇市内にあるものと思っていた。で、時間ぎりぎりにタクシーに乗ったら隣の西原町にあることが分かり、講演開始時間に遅刻した。その時、教授の小椋先生に言われた。「蟻塚先生は遅刻なんてたいしたことと思っていないでしょう」と。

・時にひどく行き詰って、死ぬことすら相談にこられる人がいる。私は「死ぬくらいだったら」、「駆け落ち、蒸発、トンズラ」を奨め、「生き恥をさらしても生きる」ことを奨めることにしている。少し前のことだが、半年あまりの間に、一人は沖縄へ蒸発、一人の主婦は車で一か月トンズラした。トンズラが有効だった例は他にもあるが、この主婦の場合は娘や夫との共依存状態を断ち切るのに有効だった。

・『養生訓』(貝原益軒)の中には、「心は楽しむべし、苦しむべからず。身は労すべし、やすめ過ごすべからず」と心と体(行動)について述べられている要するに、「心は楽にして、からだは使え」というのが養生の心得であり、これはうつ病の療養態度に通じる。

・「行動が心を変える」のだ(森田療法)。これはすごい発見である。

・患者さんに自分の処方せんを作ってもらえばいいのだ。勿論あらかじめ、患者さんに病気と薬についての情報を十分に提供しておくことがその前提である。加えて、たいていの薬は私が試しに飲んでいるので、心臓への負担の程度や眠気などについては私が分かる。患者さんがご自分で作った処方の薬は確実に飲んでもらえるし、私は処方を考える苦労が軽くなるので大いに助かる。こういう患者さんの数をもっと増やしていきたい。

・私は相手の言うことが妄想さと分かっていても、まずは本人の言葉を言いたいだけ聞く。そして、その言い分の中に感情的に共感・同情できる点を探し、言葉で「そりゃあ大変だね」と言ってあげる。

・そして最後に心構え(基本は休息と薬物療法)。一番大切なのは、病気や病気によってもたらされた生活状況の変化(失職・休職その他)から基本的なところで「逃げないこと」、「何とかしてみせる」、「何とかなるさ」という腹をくくる勇気が必要。

・うつ病とともに生きる術
こうして生きてみれば、きっと神様はまた別の人生の脚本を用意してくれることでしょう。人生って生きてみないと何がおこるか分からなくて面白い。だから、死なないほうがいいのだと思う。

・薬だけでうつ病が治るかのような妄想を至急に改めるべし。

・『死ぬ瞬間』で有名な精神科医のキューブラ・ロスは、晩年に「脳卒中に六回見舞われたけど、好きなタバコとチョコはやめないわよ」と豪語して車椅子の生活を送っておられた(『人生は廻る輪のように』)が、私はこれからどうしよう!

感想
著者はうつ病だけでなく、ガンも体験されました。

精神疾患の人は、「治りたい」との気持ちを強く持たれています。
「治る」とはうまく対処する方法を見つけることなのでしょう。

なにより、病気になって大変なことやそれで生活や人生が変わったけれど、それは違う人生の幕開けなのでしょう。
違う人生をよりよくしていく覚悟が重要になるようです。
その違う人生はそれまでの人生では得られない素晴らしい人生が待っている可能性もあります。

中途失明し、パラリンピックのマラソンで優勝された人の講演を聞いたことがあります。
見えないという大切なものを失ったけど、今の家内と出会って結婚したこと、金メダルを取ったことは、見えなくなったから得るという貴重な体験が出来ましたと言われていました。

ラフマニノフのピアノ協奏曲第二番と三番を聞いてみましたが、確かに違います。
うつだから、そうだから、発達障害だから、できないこともありますが、それだからこそ生み出せるものもあるようです。
できないことを挙げて人生悔やみ愚痴りながら過ごすか、あるいはできることに力を注ぎそれを生かすことで新しい人生に出会うことを求めるかはまさに自分の選択なのでしょう。

人生からいろいろな問いかけ、時には過酷なことも、「さあ、どうしますか?」があります。
その時に、それを受け容れ、そして出来ることをしていくと意味ある人生にすることも可能なのでしょう。
この時に、手助けになるのが「ロゴセラピー」だと思っています。

エリザベス・キューブラ・ロス女史はキューブラセンターにエイズ患者を引き受けることを考えていたら、放火されてしまい、全てが消失してしまいました。
それは形あるものが失くなっただけでなく、女史の活動にも多大な影響を与えました。
さすがの女史もすっかり気落ちされてしまいました。
その後、ヒーラーが女史のもとを尋ねたりしたそうです。
そして、地域の運動会に車椅子で参加されるまで回復されたそうです。