ここ10年間の自殺者の総数は減少しているが、若年層だけは増え続けているのが現状。
深刻な相談を、いつでも、どこでも、気軽にできる時代になりました。近年、IT技術に独自のアイデアを掛け合わせ、社会問題の解決を目指す人が増えていますが、無料チャット相談窓口の「あなたのいばしょ」を設立した大空幸星さんも、その一人です。
「私自身が子どもの時に、自分ではどうにもできない家族の問題を抱えていました。誰にも相談できず、学校にも行かなくなり、ついには退学を決意。自らの命に対しても自暴自棄でした。でも、その時の担任の先生が親身になって背中を後押ししてくれたおかげで、今、私は生きています」
ご自身が課題に直面したタイミングで、恩師に救われたと話す大空さん。しかし、それは偶然の産物ともいえます。多くの場合、望んでいる人が最良のタイミングで現れることはありません。
「その原体験から、運に頼るのではなく、確実に助かる仕組みをつくりたいという想いを強く持つようになりました。調べてみると、日本では対策が実り、ここ10年間の自殺者の総数は減少しています。しかし、若年層だけは増え続けているのが現状です」
Zoom取材時の大空さん。緊急の相談が入ったことで取材を一度延期したほど、あらゆる方の相談に対してスピーディかつ真摯に対応しています。
その理由を考えた大空さんは、ひとつの問題点を見付けました。それは、主な相談方法が電話だったということ。中高年には対応できたものの、インターネットをメインで使う若年層にはアプローチができていなかったのです。
「私たちの世代の感覚かもしれませんが、友人にも相談できないことを、他人に電話で話すことはほぼありません。若い人たちが信頼できそうな人にアクセスできる仕組みとは何か。導き出した答えはチャットでした」
大空さんが「あなたのいばしょ」を開設した時期は、新型コロナウイルス感染症の拡大が始まっていた2020年の3月。準備してきたプロジェクトのスタートは、社会情勢の変化のタイミングに合わせてのことでしょうか。
「思いついてすぐに行動したので、たまたま重なっただけです。準備期間はほとんどありません。チャットで相談できる仕組みを作ろうと考えたときに、一人の友人に声を掛けただけで始めました。まずはやってみて、走りながら組織や仕組みを整えていこうと考えたのです」
スタートからわずか1年未満の「あなたのいばしょ」は「課題解決を走りながら考えて、柔軟に未来を描く」というスタイルをとることで、短期間のうちに国内はもちろん海外メディアにも取り上げられるまでの存在になりました。
孤独対策は各種相談窓口だけでは限界があると考える大空さんは、政府・与野党への提言も行なっています。
救ってほしい人、救える人。双方の架け橋に育ってきた「あなたのいばしょ」
行動力を軸に大空さんが始めた「あなたのいばしょ」は、いまや800人を超えるボランティア・カウンセラーが活躍しています。しかし、最初の頃は試行錯誤の連続だったそうです。
「見切り発車が良かったのか悪かったのか、スタートした次の日には40人を超す相談がやってきました。これは大変だとカウンセラーを増やそうとしましたが、相談への対応は簡単ではありません。研修も必要になります。それでも私は、カウンセラーの募集や研修もオンラインで行うことにしました」
大空さんがオンラインでの活動を徹底したところ、空いた時間だけでも活動したいという精神科医や臨床心理士の人たちが声をかけてくれたそうです。
「オンラインで募集を行うことで通常では出会えない人たちが業務の隙間時間や、プライベートの時間を活用して参加できるからと協力を申し出てくれました。プロフェッショナルの人たちが増えていくほどに、研修内容も、対応の内容も充実していったのです」
現在、「あなたのいばしょ」を利用する人の多くは10代や20代の女性たち。このコロナ禍の中で、一体どのような相談が寄せられたのでしょうか。
「平均年齢は26歳、8割が女性からの相談です。4〜5月は育児、家事、学校関係で、7月末以降は、死にたい、自殺という言葉が増えていきました。原因が明確ではない、漠然とした不安やストレスに関するものもあります」
たびたび報道されているように、コロナ禍において人々の生活環境は大きく変わり、精神的に追い詰められる方が増えています。大空さんの活動は、この状況下で行政や専門家では救いの手が届かなかった人たちにとって、大切な精神の拠り所になりつつあります。
24時間365日の対応こそが必要だった。なぜなら孤独こそが命を奪う元凶だから。
取材を行なったのは2020年の12月。「長期休暇中や休暇明けは特に相談が多い」と話す大空さんは、すでに目前に迫った正月休暇への対策に乗り出していました。
「悩みを抱えて自殺を選んでしまう人に共通するのは、孤独という環境にいたこと。特に今年のお正月は、帰省もままならず、人と会うことも遠慮すべき状況になっています。登録カウンセラーさんたちに、正月休みの中でも可能な範囲で対応していただけないかと相談しています」
とある研究結果によると、孤独が自殺率を26%も高めるという試算が発表されています。何よりも悩んでいる人を一人にしてしまわないことが大切。そう考えていた大空さんは、当初より24時間365日の対応を行ってきました。
「人にはどうしても孤独になりやすい時間帯があります。それは、深夜と早朝。でも、多くのカウンセラーさんたちは就寝しています。そこで、私は海外で暮らす日本人の方たちに活路を求めました。時差を使えば、日本でケアが薄くなる時間帯でもフォローできると考えたのです」
世界中からカウンセラーを募った結果、一般的な相談所の返答率が1割程度にとどまる中、「あなたのいばしょ」は6割もの返答率になったそうです。「さまざまな方々がオフラインでの支援を充実させてくれているからこそ、私たちはオンラインに集中できる」と話す大空さんですが、運営するにあたってどのようなことに留意しているのでしょうか。
「どうしても相談者のメンタルケアに目がいきがちですが、私たちが最優先に考えているのは、カウンセラーのケアです。特にボランティアを希望される方々は、とてもやさしい人ばかり。どうしても、相談を自分ごとのように考えてしまい、精神的な負荷が大きくなってしまいます。適切な表現かはわかりませんが『本気の他人事』として取り組むことが大切だと、日々、話しています」
カウンセラーの中には、過去に誰かから手を差し伸べられた人や、自死遺族の方もおられるとのこと。「助かってほしい」というやさしい思いをひとつにするために必要だったのは、対極ともいえる俯瞰的な視点でした。
悩んでいても相談できない人たちがまだまだいる。もっと身近な存在になりたい。
現在、大空さんは大学3年生。一般的にはこれから社会に羽ばたく年齢です。ご自身や「あなたのいばしょ」の今後の予定について質問しました。
「同級生たちと同じように、企業に就職したい気持ちはありました。でも、多くの人を巻き込んでここまで大きくなったので、責任が問われます。就職はせず、今後も『あなたのいばしょ』を活かして、もっと世の中の役に立ちたいです」
チャット内で1日にやり取りされる文字数は、なんと文庫本4冊分。つまり、いつ、どこで、どの時間帯で、どのような相談が多いのかをデータ化して分析できます。そこで浮かび上がった傾向を行政に伝えて活用してもらうことを実現した大空さん。次の目標に掲げたのは、男性が相談できる環境を整えることでした。
「データなどによると、男性はギリギリまでガマンし続けて改善が見込めなくなった結果、自死を選ぶ人が多いようです。強くあらねばという風潮もあり、誰かに相談しても解決しないという考えから、相談すらしないことがほとんど。しかし、最後の窮地に追い込まれてしまった時には、話せる存在がいなければと考えています」
チャットのメリットは、頭に思い浮かんだことから書いていき、会話の中で自分の考えや思いを整理できること。今後は、気楽さと信頼性をさらに向上させることで、追い詰められる前の段階から相談してもらえる存在を目指すそうです。
「入力された言葉に優先順位が付くため、気楽なメッセージは返信が遅くなりますが、中には『路上ライブやるので応援してください』『自分のつくった詩をみてください』といった相談まで寄せられます。でも、私はそれで良いと思うのです。人とつながることで、マイナスにいる人はゼロを目指せるし、ゼロ以上の人はもっとプラスを目指せる。そんな世の中になればと思います」
人によって追い詰められたことも、人によって救われたことも体験してきた大空さん。その経験は、「つながり」によって「命」を救うための「いばしょ」となり、今日もたくさんの相談者とカウンセラーが「つながり」から未来を生み出しています。
大空幸星(おおぞら こうき)
NPO法人あなたのいばしょ理事長。1998年愛媛県松山市出身。慶應義塾大学総合政策学部在学中の2020年3月、「信頼できる人に確実にアクセスできる社会の実現」と「望まない孤独の根絶」を目的として同NPO法人を設立。孤独対策、若者の社会参画をテーマに活動している。
感想;
なぜ大空幸星さんにできて、いのちの電話にはできなかったのでしょうか?
それは、電話でスタートしたので、責任者が電話に拘ったからです。
見方を変えると、電話に自分たちが縛られていたのです。
いのちの電話がスタートした時、カウンセリングの専門家から「電話で何ができる?」との声を気にせず、信じる道を歩まれたから出来たのでしょう。
『心の絆療法』にはいのちの電話の黎明期には多くの若者からの相談があったことが書かれています。
ところが東京いのちの電話の30年で若者からの相談は1/6に減っているようです。
いのちの電話もネット相談をされているようです。
しかし統計資料からは受信件数はまだ少ないようです。
新しいことは既存組織から出てこないという、ビジネスの教科書に書いてある通りのことが相談においても起きたようです。
過去は過去。
今これからどうするかが、問われているのですが・・・。