幸せに生きる(笑顔のレシピ) & ロゴセラピー 

幸せに生きるには幸せな考え方をすること 笑顔のレシピは自分が創ることだと思います。笑顔が周りを幸せにし自分も幸せに!

イエス・キリストの誕生日は12月25日? ”ご存知ですか?”

2015-12-28 03:08:00 | 社会
クリスチャン新聞 福音版 12月号(No471)
碓井真史氏「あなたのことが好きだから 人間の不思議を見つめる心理学エッセイ」より

私たちの身の回りで最も強い光を出すのは、太陽です。実は12月25日はもともとローマ帝国の太陽神の祭りの日でした。キリストが生まれた誕生日がいつなのかはだれにもわかりませんし、古代のキリスト教徒たちは、日付自体にはあまり関心がなかったようです。
でも、夜が一番長い時期だからといって太陽の神を拝むのは、違うと思ったようです。太陽を拝むのではなく、太陽を造られた本物の神様を拝もうと、古代のクリスチャンたちはキャンペーンを張りました。目に見える光ではなく、まことの光であるイエス・キリストが地上に来たお祝いをしようと人々は考えました。聖書は、最初からキリストこそが闇に打ち勝つ光だと繰り返し述べてきました。そうして、この日にキリスト降誕祭であるクリスマスの監修が始まったのです。

ウィキペディアより;
キリスト教においてもクリスマスは「降誕を記念する祭日」と位置づけられており、「イエス・キリストの誕生日」と考えられているわけでは無い。イエス・キリストが降誕した日がいつにあたるのかについては、古代からキリスト教内でも様々な説があった(例えば3世紀の初め頃には、アレクサンドリアのクレメンスは5月20日と推測していた)。

降誕祭とは別に、西方教会では1月6日にキリストの公現を祝う(公現祭)。12月25日の生誕祭は、遅くとも345年には西方教会で始まった。ミトラ教の冬至の祭を転用したものではないかと言われている。

感想;
今まで12月25日がイエス・キリストの生まれた日だと思っていました。
知らないことが多いです。キリスト教はイエス・キリストが復活後、その後の信者たちがいろいろ決めてきたことがたくさんあったのでしょう。
三位一体(神、イエス・キリスト、聖霊が一体)もその後に定められたものでした。
5月20日は王貞治氏の誕生日でもあります。




「イスラームの常識がわかる小事典」 鈴木紘司著 ”先ずはその宗教を知る”

2015-12-27 17:28:00 | 本の紹介
神からの啓示は、
旧約聖書」、「新約聖書」、「クルアーン」以外には存在しない。

人間ムハンマド(マホメット)の言行録「ハディーズ」
預言者のムハンマドの一挙手一投足がどうだったか。それをまとめたもの。その言動を模範しようとの動きが出てきて周りの人々の記憶をまとめた。
「クルアーン」が憲法とすると、「ハディース」は細則、判例といったものになるであろう。

イスラームは好戦的な宗教との見方もあるが、それは「右手にクルアーン(コーラン)、左手に剣」といった言葉による。
信徒のあいさつである「アッサラーム・アライクム」(平和があなたの上にあれ)という言葉には常に平和を希求してやまない気持ちが表れている。
イスラームは当初から人権をとお飛び、人種差別を完全に廃して、信教の自由を許し、武力によらず、交易を通しての伝道を行ってきた。
イスラームを信じている人にひげが多いのは、ムハンマドがひげを生やしていたので、それを見習っているからである。

イスラーム法の内容は、大別すると「宗教規定」と「行動規定」に分かれる。
宗教規定(イバーダート)の宗教儀式に関するもので、「イスラーム五行」と呼ばれる。
1)信仰告白(カリマ)
2)礼拝
3)喜捨
4)断食
5)巡礼

行動規定(ムアーマラート)は多岐にわたるが、
民放関連では、婚姻、離婚、遺産相続などについて詳細な規定があり、女性への配慮がなされ、女性の相続権y財産処分の権利が認められている。
商法関連では、売買、貸借、抵当、贈与など、貿易が盛んな当時の背景が明らかで、契約の精神が根底に流れている。
刑法関連では、殺人、強盗、窃盗、姦通、中傷、背教などについての罰則規定がある。
司法関連では、裁判、訴訟、証言、宣誓など。裁判官のあるべき態度や判定の方法についての記述がある。

感想
ムハンマドの生涯やどのようにイスラーム教が普及していったかなども説明されています。

ユダヤ教;旧約聖書、救い主はまだ現れていないと解釈。
キリスト教;旧約聖書&新約聖書、イエス・キリストは神(救い主が現れたとの解釈)。
イスラーム教;旧約聖書&新約聖書&クルアーン、キリストは預言者の一人、ムハンマドが最後の預言者

同じ根っこを持った宗教に、
1)ものみの塔
2)モルモン教
3)統一教会
他にもあるかと思います。

本来、一つの神で同じだと思うのですが、過去の歴史は対立の歴史/戦争の歴史/迫害の歴史でもありました。
宗教を信じるときには、その宗教の歴史や社会的な位置づけなどを知った上で信じることが必要なように思います
その宗教に使ってしまうと、適切に判断ができなくなります。

桜田淳子さん(統一教会に入り集団結婚)が、統一教会のツボを高く売っていることに対して、「その人がそれだけ価値があると思えばよい」と発言されました。
多くの訴訟が起こされたことは騙されて購入したとの思いが強かったからでしょう。
統一教会を脱退された方の本(山浩子さんの本も)を何冊か読みましたが、信者の方はとても人のよい方が多いように思います。
それだけに悲しい気持ちもします。韓国の農村の長男は嫁の来てがないため(日本でも農村に嫁が来ない)、統一教会に入信する人が多いそうです。
結婚できるからです。かなりの人数の日本人女性が韓国の農村に嫁いでいるそうです。

先ずは、その宗教を知ることが大切だと思います。
そして、1冊の本ではなく、何冊かの本を読み、少しでも客観的な見方をすることが必要なのだと思います。
ただ、それを考えていると、宗教を信じられないのかもしれませんが・・・。



阿川佐和子さん 「サワコの朝 内藤剛志さん」 ”来る仕事は断わらない”

2015-12-26 08:33:55 | 生き方/考え方
6年9か月ズーと連続出演。誰にも破られていない。今年60歳!幅広い演技が魅力。1955年生まれ、25歳「ヒコピラテス」初めて出演。日本テレビ「家なき子(1944年)」の父親役で人気に。
6年9か月連続30作品連続出演。水戸黄門、風車弥七役。

ドラマ役がどんどん来た。来る仕事はスケジュールが合わない限り断らない。一緒に俳優という夢を目指した仲間の分までやろうと思っている。
イメージは刑事、87%は刑事役、10%で警察の訳、残りが悪い役。どのように役柄を変えるか。似た役を演じ分ける。ポケットに手を入れる入れない。声は少しは変えている。ブレスを入れるかどうかでも変わる。話し方に倒置法を入れるとか。

一曲目はジョンレノンバージョンで「スタンド・バイ・ミー」。 将来に迷った大学時代に聴いた曲。
http://stimaron.seesaa.net/article/193408378.html
 夜が来て 周りが暗く 月の光しか見えなくなっても
 いいや僕は 怖くない そう 怖くないのさ ただ 君が そばにいてくれれば

だからダーリン ダーリン そばにいて
オー 僕のそばに オー そばに そばにいて そばにいて欲しい

もし僕らの見上げてる空が
崩壊して落ちてきても 山々が海まで崩れ落ちても

僕は泣かない 泣かないよ
そう涙はこぼさない ただ 君が 君がそばにいれば

だからダーリン ダーリン そばにいて
オー 僕のそばに オー そばに そばにいて そばにいて欲しい

好きな女の子がいた。結果がでなかった(俳優の仕事が来なかった)。彼女は横浜の子で、当時新宿に住んでいたので、すべてを捨てて彼女の所に行こうと思った。そして横浜に行った。俳優を捨てたら、全てを捨てたら、仕事が来るようになった。不思議なもので追いかけていたら来なかったのが追いかけないようになったら、向こうから来た。その時の彼女が今の妻。あらいやーだ(阿川さん)。

父はNHKのドラマスタッフ。スイッチャー。父は俳優になることは不安だった。父は俳優に反対だった。みんな頑張っていた。運だと思う。「おまえはスイッチヤ-の気持ちがわかっていない」と言われた。いい俳優は話し終わってもスイッチを切らせない。画面を考えながら話さないといけない。一番最初の観衆はスタッフだと言っていた。まずスタッフを感動させたい。今もそうですね。笑

最近主演が多くなってきたが、“名脇役”と呼ばれている。歳を重ねるにつれて、主演がだんだん減って来る。椅子が少なくなってくる。だったらパイプ椅子(脇役)でよい。NGが少ない俳優だったのに、歳を取ると噛んだりすることが55歳以降で増えてきた。50代で感じた体の衰えを感じた。体の衰えと向き合いながらやろうと思った。主演が多くなってきた。主役をやりたい。主役を演じる魅力は、何かパーティを主催しているような感じ。しかし、主役が来ても短く終わることが多かった。ある時渡瀬恒彦さんの主演ドラマに呼ばれた時に長く続くこつを尋ねた。「主演とはまずは周りの人の台本をまず見る。おまえ自分のだけを見ていないか。出演している人皆が楽しくやろうとしているかだ。脇役を引き立てるのが主役の役目だ」。それをやるようになってから長く続くようになった。

2代目”風車の弥七“に抜擢された。その役はないはと思った。もうイメージが出来上がっていた。寅さんを別の人ができない。引き受けたが苦労した。へたくそと言われるのは仕方がない。しかし、それは弥七じゃないなと言われた。イメージが付いた役をやるのは辛かった。”弥七らしさ“を守る難しさ。言葉ひとつとってもいい方が違う。
めちゃめちゃの悪役は?3%はやったが、見ている人には刑事のイメージが。大河ドラマ「花燃ゆ」で悪役になった。

二曲目は水戸黄門の主題歌。人生の応援歌と感じる曲。人生を肯定している歌詞。歳を取るほど感じてくる。「ああ人生に涙あり」。人生にいろいろある。トータルするといいのではないかと。
http://kado-chan.blog.so-net.ne.jp/2015-06-23
人生楽ありゃ苦もあるさ 涙の後には虹も出る
歩いてゆくんだしっかりと 自分の道をふみしめて

人生勇気が必要だ くじけりゃ誰かが先に行く
あとから来たのに追い越され 泣くのがいやならさあ歩け

人生涙と笑顔あり そんなに悪くはないもんだ
なんにもしないで生きるより 何かを求めて生きようよ

人生一つの物なのさ 後には戻れぬものなのさ
明日の日の出をいつの日も 目指して行こう顔上げて

母は人形を作っていた。嫁は帽子を作っている。嫁は出演したドラマを見てても何も言わない。仕事には何も言わずにいてくれる。

感想;

ドラマも一人ひとりが輝かないとよいドラマができない。
主役だけでは良いものはできない。皆が輝いているからそのドラマの魅力が出てくるのでしょう。

来る仕事は断らずに何でもやってみる。
セミナーの講師依頼が来ますが、自分にできるかな?と不安になることが多いですが、そんな時、アンパンマンの作者 やなせたかしさんの本にも、「来る仕事は断らずにやってきた」とあり、それを信じてやっています。それが結果として自分を広げていくということを実感しています。
同じことを内藤剛志さんが言われていて、やっぱりそうなんだと思いました。


<高浜原発3、4号機>NOからYESへ…8カ月で大転換 ”判断した裁判官が異なる?”

2015-12-25 07:33:08 | 社会
http://news.goo.ne.jp/article/mainichi/nation/mainichi-20151225k0000m040105000c.html12月24日毎日新聞

 関西電力高浜原発3、4号機の再稼働を認めた24日の福井地裁の判断は、運転差し止めを命じた4月の仮処分決定とは180度、異なる結論となった。わずか8カ月で判断を変えたのは、国や電力会社が事故リスクを「ゼロ」にするよう目指すべきなのか、「起こりうる」前提で安全対策を講じる姿勢を評価するのかといった、リスクの解釈の違いだった。一方、事故時の住民避難などについては「重層的な対策を講じるべきだ」とし、国に注文を付けた。

 関電は来年1月以降、高浜3、4号機を再稼働させる方針だが、原発の安全性をめぐる争いは今後、名古屋高裁金沢支部に舞台を移して継続される。

 「事故に向き合う姿勢の違いが、司法判断の違いになった」。九州大の吉岡斉教授はこう話し、今回の地裁決定を批判。原発の新規制基準を作った原子力規制庁の担当者は「当事者ではなくコメントできない」と話した。

 今回の決定はA4判で225ページで、46ページの仮処分決定(4月14日)の約5倍に及んだ。争点の一つは、将来、原発に到来する揺れの大きさを示す「基準地震動」だ。仮処分決定は「楽観的見通しに過ぎない」と批判したが、今回の異議審決定は、争点の中でも最も多い44ページを費やして異なる見解を示した。

 異議審決定は、基準地震動を超える地震が起きる確率を「1万〜10万年に1回程度という極めて低い数値」とし、想定の合理性を認定。「最新の科学的、技術的知見に照らして算定された基準地震動であり、原発の耐震安全性を確保するための基準として信頼に足る」と評価した。

 新規制基準については、仮処分決定が「緩やかに過ぎ、適合しても原発の安全性は確保されていない」と指摘したのに対し、▽最新の科学的・技術的知見に基づく安全性確保▽原子力規制委が中立公正な立場で審査−−の枠組みが機能していることを条件に合理性が認められるとした。

 事故リスクのとらえ方も大きく変わった。今回は「社会通念上、無視し得る程度にまで管理されているか」との観点で判断し、「深刻な災害の恐れが万が一にもないといえるような厳格な内容」を新規制基準に求めた仮処分決定を覆した。【堀江拓哉】

感想;
▽最新の科学的・技術的知見に基づく安全性確保
▽原子力規制委が中立公正な立場で審査−−の枠組みが機能していることを条件に合理性が認められるとした。
今、最新の科学的・技術的知見に基づく安全性が十分でないこと、原子力規制委が中立公正な立場で審査できていないから、問題がこれまでも起き、そして今後も起きるリスクを抱えているのではないでしょうか?
福島第二原子力が一番津波に弱いことが科学的・技術的知見に基づいてわかっていました。
しかし、東電は100億円の設備投資をまもなく廃炉になる施設に投入することができませんでした。
東北電力の女川原発のように設計時から津波予測を14.8mとして設計していればよかったのですが、最初の設備投資の予算を惜しんだばっかりに取り返しのつかないことをしてしまいました。その責任は追及されていません。

「家族という病」 下重曉子著 ”家族に期待することがあるからいろいろな問題が起きるのでは?”

2015-12-24 11:29:02 | 本の紹介
ほんとうはみな家族のことを知らない(一部タイトルを抜き出し)
第一章;家族はむずかしい
・家族を盲信する日本人
・なぜ事件は家族の間で起きるのか
・結婚できない男女が増えたワケ
・子離れ出来ない親は見苦しい
・大人にとっていい子はろくな人間にならない
・家族の期待は最悪のプレッシャー
・お金が絡むと家族関係はむき出しになる
・夫婦でも理解し合えることはない

第二章;家族という病
・家族のことしか話題がない人はつまらない
・家族の話はしょせん自慢か愚痴
・「結婚くらいストレスになるものはないわ」
・結婚はしなくても他人と暮らすことは大事
・家族ほどしんどいものはない

第三章;家族を知る
・家族と言う名の暴力
・家族に迷惑をかけられる喜びもある
・知的な家族ほど消滅する
・家族写真入りの年賀状は幸せの押し売り
・一番近くて遠い存在が家族

第四章:旅立った家族に手紙を書くということ


他人の家族との比較が諸悪の根源
 家族の話のどこが問題かといえば、自分の家族にしか目が向かないことである。それ以外のことに興味がない、家族エゴ、自分たちさえよければいい。

結核(著者)は敗戦と共に治ったらしく、学校へ一年の遅れもなく戻ることになったが、一人でいる癖はずっと続いた。父とけんかになっても、何でも許容してくれる母が歯がゆく、自分の世界に籠っている方が無難だということがわかっていた。
家族に期待していなかったために、向こうから期待されることは負担だった。
この先自分の好きな道へ進み、自分で生きて行かねばならぬと思ったからだ。特に、経済的自立は必須だった。されがなければ何も始まらない。
 自分の考えと生活をはっきり自覚することができるようになって、母とも対峙出来るようになった。彼女の育ち方や考え方を許容出来るようになった。
 家族も独りの集団なのだ。三人、四人、誤認、という親、きょうだいという家族の一団ではない。
 自分の家族と思うから余計な期待をしてしまう。それがストレスになり甘えになる。
 孤独に耐えられなければ、家族を理解することは出来ない。
独りを知り、孤独感を味わうことではじめて相手の気持ちを推しはかるkとおが出来る。家族に対しても、社会の人々に対しても同じことだ。
なぜなら家族は社会の縮図だかれである。

 夫がハワイで虫垂炎になり、急きょ手術をした。腸がぐちゃぐちゃでえ一か月かかると。さらに手術の後が癒着して何日もガスが出ず、再度回復手術をした。そのため急速に衰え、それから一か月入院になった。クリスマス、正月をはさんで知人もおらず、日本に帰ることも出来ず、私は途方にくれた。ある日、その病室に日本人牧師が来てくれた。
ホテル暮らしの私を心配して牧師夫妻が私を自宅に引き取ってくれた。そして帰国まで世話をしてくれた。見ず知らずの私への心からの奉仕。教会に通う信徒の人々は毎日のように、花まで持ってきて病室を飾り、病院食ではとれない、おかゆなどを運び、退院時にはお赤飯まで炊いてくださった。
なんとお礼を言っていいのか、どの人もそれまで一面識もなかったのだ。
帰国時に、が是を変えなければならないつれあいの面倒をみるために、日系二世の看護師長が日本まで来てくれた。多くの人々のおかげでつれあいは今も元気でいる。

 そこで知ったのは、ボランティアの意味だ。日本人は知っている人には親切であるが知らない人には冷淡である。家族、親族、知人とはこれ以上ないというほど結びつきを大切にするが、関係のない人には掌を返したよう。キリスト教の精神が根底にあるのか、ほんとうのボランティアが根づいていた。誰かにどこかで私もお返しせねばと思った。
何か事があったら相手を思いやり、助けることが出来るのが家族。ほんとうの家族とは、血のつながった家族を超えたところに存在する。

感想;
父は陸軍の上の方の人で、公職追放の一人で、その後の仕事が上手く行かず苦労があったようです。
父と兄はあるときとっつかみ合いの喧嘩をして家を出て行きました。それから疎遠になってしまいました。

佐野洋子さん、中山千夏さん、遠野なぎこさん、母との確執がありました。
佐野洋子さんは長女で母を捨てたいが、捨てられない辛さ。
母が欧州旅行に行きたいと。佐野洋子さんは一緒に行きたくないが長女として一緒に行きますが、楽しくない。
次女は「私は行かない。お金は出す」と。三女は母と旅行中も楽しくやっていた。
中山千夏さんは母とのことを本に書いてだしたことより、こだわりから離れることができたと。

遠野なぎこさんは母から愛された記憶がない。

家族とは無条件な愛情があるかどうか。良い子だから愛するのではなく、良い子悪い子関係なく無条件に愛することができるか。
無条件に愛することができる相手なら、それは家族なのかもしれないと思いました。