たちぬはぬ きぬきしひとも なきものを なにやまひめの ぬのさらすらむ
裁ち縫はぬ 衣着し人も なきものを なに山姫の 布さらすらむ
伊勢
裁ったり縫ったりしない衣を着た人も今はいないのに、どうして山姫は布をさらしているのだろう。
詞書には「竜門にまうでて、滝のもとにてよめる」とあります。歌の解釈は上記の通りですが、その意味するところはわかりづらいですね。詞書の「竜門」は奈良県にあった竜門寺というお寺のこと。その近くに滝があったのでしょう。「裁ち縫はぬ衣」はいわゆる天衣無縫のことで、天人や仙人が着る衣は裁断したり縫ったりしないことを指しています。「山姫」は山の女神。竜門寺には仙人が住んでいたという伝承があり、そのことを踏まえて、「無縫の衣を着る仙人はもう今はいないのに、どうして山の女神は布(=滝)をさらしているのか」と詠んだわけですが、この時の伊勢は恋に破れて里に戻る旅の途上にあり、やりがいのないこと、する必要のないことに対する虚無感が詠ませたのかもしれませんね。