漢検一級 かけだしリピーターの四方山話

漢検のリピート受検はお休みしていますが、日本語を愛し、奥深い言葉の世界をさまよっています。

貫之集 091

2023-07-16 04:57:36 | 貫之集

子の日

はるがすみ たなびくまつの としあらば いづれのはるか のべにこざらむ

春霞 たなびく松の 年あらば いづれの春か 野辺に来ざらむ

 

子の日

春霞がたなびく子の日(ねのび)の小松のように長寿となったなら、いつの年の春にも野辺にでかけよう。

 

 003 にも登場した「子の日(ねのび)」。そちらでは

 「子の日」は「ねのび」と濁って読みます。「根延び」に掛けて、根が長く延びる小松を引き抜いたり若菜を摘んだりして、宴を催して長寿を祝う行事のこと。

とご紹介しました。優美な平安絵巻といった光景が目に浮かびますね。


貫之集 090

2023-07-15 05:39:49 | 貫之集

延喜十七年の冬、中務の宮の御屏風の歌

元日

からころも あたらしくたつ としなれば ひとはかくこそ ふりまさりけれ

唐衣 あたらしくたつ 年なれば 人はかくこそ ふりまさりけれ

 

新しい年が来ると、人このように年齢を重ねて、ますます古くなってゆくのであるよ。

 

 「中務の宮」は、第59代宇多天皇の第四皇子で第60代醍醐天皇の弟にあたる敦慶(あつよし)親王のこと。この詞書による歌が 096 まで7首続き、貫之集第一巻の掉尾となります。「唐衣」はここでは「たつ」の枕詞ですね。


貫之集 089

2023-07-14 04:40:43 | 貫之集

ふるゆきを そらにぬさとぞ たむけける はるのさかひに としのこゆれば

降る雪を 空に幣とぞ 手向けける 春のさかひに 年の越ゆれば

 

冬から春になる境目で年を越えたので、降る雪を幣として空に手向けたのだった。

 

 新年と立春が同時に訪れるとともに舞い散る雪を、国境を越える旅路で道祖神に手向ける幣になぞらえての詠歌。特異な発想と言えると思いますが、この歌が添えられたのはどんな屏風絵だったのでしょうね。


貫之集 088

2023-07-13 06:04:37 | 貫之集

ものごとに ふりのみかくす ゆきなれど みづにはいろも のこらざりけり

ものごとに 降りのみかくす 雪なれど 水には色も 残らざりけり

 

いろいろなものに降りかかってそれを覆い隠してしまう雪であるけれど、水の上だけにはその雪の色も残らないのであるな。

 

 あらゆるものを覆い隠してしまう雪であるが、水の上に降った分は即座に消えて行ってしまう、そんな当たり前のことを詠んだだけの一首ですが、その極端な対比に着目した妙というところでしょうか。491 には、すべてを同じ白に染めてしまう雪も梅の香を隠すことはできないという歌が登場しますが、類似の着想と言って良いでしょう。

 

おなじいろに ちりまがふとも うめのはな かをふりかくす ゆきなかりけり

おなじ色に 散りまがふとも 梅の花 香を降りかくす 雪なかりけり

 

 この 088 の歌は17番目の勅撰和歌集である「風雅和歌集」(巻第八 「冬」 第859番)にも入集しています。風雅和歌集は1349年の完成とされ、貫之の生きた時代から450年ほども経た時期の編纂ですが、「風雅和歌集」という名には「王道が正しく行われている時の和歌を集成した歌集」の意がこめられており、貫之の歌も 28 首採録されています。

 

 

 


貫之集 087

2023-07-12 05:09:07 | 貫之集

しらなみの ふるさとなれや もみぢばの にしきをきつつ たちかへるらむ

白波の 故郷なれや もみぢ葉の 錦をきつつ たちかへるらむ

 

紅葉の葉が川面に散って、川が錦を着たようになっているのは、川に立つ白波が錦を着て故郷へ帰る姿なのであろうか。

 

 一読して「故郷へ錦を飾る」という言葉を踏まえた詠歌とわかりますが、この言葉は中国の史書(『梁書』)に由来する言葉なのですね。改めて調べて見て、今回初めて知りました。
 この歌は拾遺和歌集(巻第十七 「雑秋」 第1130番)に入集していますが、そちらではよみ人知らずとされています。そうなっている事情背景はわかりませんでした。