ウクライナ侵攻やイスラエル・パレスチナ紛争等の地域紛争によって、国連主導の秩序が脆弱化することを一番恐れているのは中国である。それは長年国連を舞台に展開してきた外交利益が失われる可能性があるからだ。台湾有事の鍵を握るのは、国連主導の秩序がどう転ぶかである。
中国研究者でありインドの国立大学研究フェローの中川コージ氏は中国がアメリカを凌駕する国になることを目指していることをもって、「既存の国際秩序に挑戦する」と解説されることがありますが、これは大きな間違いです。どちらかと言えば、「既存の国際秩序を守り、利用しつくして、その支配の確立に挑戦する」と言った方が適切でしょう。と語る。
国連での代表権を北京中央(中国)が台湾(中華民国)から奪ったアルバニア決議(1971年)以降半世紀、中国は国連を舞台に大きな外交利益を得てきました。中国側は、国連(憲章)のもと、唯一の中国代表であることを喧伝し、「1つの中国」原則というロジックで、多くの国家に対し二カ国間で唯一性を承認させています。
チベット、ウイグル、モンゴルを含む中国の現在の国境線が認められ、国内問題への国際社会からの批判を「内政干渉だ」と突っぱねられるのも、内政不干渉を是とする国連中心の国際秩序の賜物です。
もし、宇露戦争や2023年10月から激化しているイスラエル・パレスチナ間の衝突などで国連の枠組みが揺らぐと、中国は半世紀にわたって投資してきた貴重な「外交資産」を失います。だからこそ、地域紛争が国際秩序に影響を与えることを防ごうと動くのが中国の第一原則です。
現在のところ中国は、宇露戦争に関しては中立化戦略を取り、イスラエル・ハマス間の紛争に関しても「二国家解決」を前提とした中立を表明して、言い換えれば「知らんがな」のスタンスを取っています。国際法違反であるイスラエルの攻撃を非難しない西側諸国を「ダブルスタンダードだ」と攻撃することもあります。
中国メディアの中には「欧米はウイグルを批判するが、ガザに暮らす人々よりはマシだ」などと書く媒体もありました。こうした攻撃も、国連という枠組み、現在の国際秩序が存在する中でこそ生きるものです。
北京中央は中華人民共和国建国百周年にあたる2049年までに米国を凌駕する野心を持っているがゆえに、2040年代までは米国に対して「戦いません、勝つまでは」戦略を継続する見込みです。米中の成長スピードが相対的に中国に有利に推移することを確信し、産業と経済の力で中国の国力が自然に増大し、世界覇権を「実質的に」握れると判断しているのです。
そうした北京中央が想定するシナリオを前提とすれば、日本にとっても関心が高い「中国は台湾をどうしたいのか」についても、自然に想定が見えてきます。
中長期的には、北京中央は中華人民共和国の国力が圧倒的に米国を凌駕した時点で、台湾執政に関与する流れを想定しています(シナリオA)。その場合は国連という組織と、国連中心の国際秩序が続くことが欠かせません。
そのため、国連での中国の影響力に疑問符が付くような行動には慎重になります。過激なアクションを起こさず、待てば待つほど、北京は台湾の執政への関与に軍事力を用いることなく、低コストで近づけると考えているからです。
宇露戦争が短期で収束し、国連中心の秩序が維持されるなら、ロシアが中国に依存することで経済的利得も増し、台湾危機をエスカレートさせる動機は低くなりましたが、侵攻開始から丸2年が過ぎ、イスラエルに対する決議でアメリカが連続して拒否権を行使するような状況にある現在、中国はここから国際秩序がどの方向に動くか注視しているはずです。
もう一つのシナリオは、国際秩序が国連中心からG7を中心とした新秩序にシフトすることです。その場合、台湾の国際的な位置づけが抜本的に変更され、それに伴って台湾人が何らかの外からの圧力(アメとムチ)や影響を受けて仮に独立を望むことになれば、北京中央にとっては平和裏に両岸問題を解決するという選択肢を失うことになり、内政コストと軍事コストが増します。これは北京中央が最も嫌い、警戒する事態です(シナリオB)。
宇露戦争の長期化で、国連主導の秩序が脆弱化する可能性がありました。宇露戦争発生時にG7各国が連携して新たな国際秩序の構築へ動けば、大きな転換となる可能性もあったのですが、今のところはその傾向は消失しています。仮に、今後何らかの大規模な地域紛争が発生し、国連主導の秩序が崩れれば、中国が長年育てた「資産」が埋没コスト化し、何よりも「1つの中国」原則が揺らぎます。
台湾執政に関与できる見込みが薄れると、中華人民共和国の憲法にも記される台湾統治への安定的道筋が崩れ、末端党員や大衆人民に党中央の無謬性(「党中央に失敗はない!」)を証明できなくなります。普通選挙がないからこそ、無謬性の崩壊は党による統治体制を根幹から揺るがし、正統性にイエローカードが突きつけられるわけです。
これは、中国共産党(北京中央)が最も避けたい事態です。北京中央は、党による統治の正統性と無謬性の低下を回避すべく、軍事侵攻を画策する蓋然性が高まります。世界と日本は、現在の「戦狼外交」の比ではない、中国の圧倒的な粗暴化に直面し、台湾有事のエスカレーションへの対処を強いられます。
日本がシナリオBを望むことは、選択肢としては「あり」です。ただし、新国際秩序には莫大な立ち上げコストがかかり、軍事的にリスキーなので、日本がシナリオBに突き進む決断を実際にする必要は、今はありません。しかし政治的な選択肢としてシナリオBが存在しているのを意識するだけで、中国を牽制するカードになる。その意味で「あり」なのです。