福聚講

平成20年6月に発起した福聚講のご案内を掲載します。

真言教誠義・・29

2018-06-05 | 法話
人間の生を受けるなかに東勝神洲の寿命は二百五十年。西牛貨(さいごけ)洲の寿命は五百年、しかれども若し難を受ければ中夭あり。この二州には仏法伝はりあり。北倶廬(ほっくる)洲の人は一千年の齢定まり、中夭もなく、我、我所なければ(主観客観の区別がない)自他の隔てもなく、父母妻子兄弟の別もなく、貧富貴賤の別もなく、難もなければ殺生等悪事をもせず、菩提心をも発せずして無記の心なれば佛の法は一向に伝はらず、故に八難のなかの一なり。然るに南贍部(なんせんぶ)洲の人(我々人間界)には貧富貴賤の差異ありて寿命の分限をも定まらず、病苦等の種々の難ありて中夭す。

・・三十才以上の人は分別盛りにして一切のことを弁ずる智慧あるなれば命終の時を思いて一切の悪事をば堅く止めて一切の善事をなすべし。・・慳貪の心をおこすべからず。若ししかせずば臨終の一期に於いて四の魔有て、必定して往生を妨げ悪相を現じて心を悩乱せしむるなり。魔をば障礙と翻ず。
四の魔とは
一には第六天の魔、これは欲界の天の魔なり。第六天の他化自在天の上に魔界の宮閣あり、その中の魔王と眷属とは常に「正覚を成じたり決定往生を唱えるもの」を障礙する。釈尊が正覚をとなへたまへし時も菩提樹の金剛宝座の辺に来臨して種々の様を変じて誑かし惑はし障礙をなせり。これをもって仏は堅牢地神を現じて降伏したまふ。この堅牢地神は不動明王の化身なり。不動明王は四魔降伏の本尊のゆえなり。
二には蘊魔、これは三界流転の有情なり。いわく欲界と色界とには色・受・想・行・識の五蘊が集まればみな有情となるをが、色界では色はなく(地上の生物のように物理的体がなく)、受・想・行・識の四があつまりて有情となる。このようにして出来上がった衆生を蘊魔という。これを以て南方の宝生如来は軍荼利明王を現じて蘊魔を降伏したまうなり。
三には煩悩魔、これは貪瞋癡慢疑の五の根本煩悩と百六十心の随煩悩なり。此の煩悩は南方の阿弥陀如来が大威徳明王を現じて降伏したまふ。
四には地魔、大地の中に障礙をなす種々の魑魅魍魎あり。北方の不空成就佛は金剛夜叉明王を現じて地魔を降伏したまふ。

不動明王は両部の大日の所変の憤怒の尊にして一切衆生の中の本有の菩提心なり。ゆえに五大明王(不動・軍荼利・降三世・大威徳・金剛薬叉)の中尊にして四大明王の総体なればし四魔(天魔・蘊魔・煩悩魔・地魔)をすべて降伏する尊なり。特に臨終のときの断末魔の苦しみを対冶したまふ尊なれば常に不動尊を念ずべし(不動尊のご真言、のうまくさまんだ・ばざらだん・せんだまかろしゃだ・そわたや・うんたらたかんまん)。



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