自分史をつくることが流行って久しくなります。私も自分史的なものをいただいたことがあります。だいたい組織でどういうことを成し遂げたかというようなものです。しかし我々一人一人の人生はそんな皮相的なものではないと思います。我々はその「一生」を通じて「お経を書いて」いるのではないか、と思っています。われわれは自分ではどうしようもない所与の条件のもとに生まれてきて一生を送りますが、現世の他に生まれる前の前世、死後の来世もあります。所与の現世の条件の本でどう生きて来世に繋いでいったかも大切な一生です。「一生」とは現世・来世を通じてのことです。また「お経を書く」というのは行動のみでなく、身・口・心という三密にわたって書いていることになるということでしょう。毎日の意識の状態や死後のあの世での意識の在り方もお経の内容になると思われます。
蘇東坡は「贈東林総長老」で 「渓声便ち是れ広長舌、山色豈に清浄身に非ずや、夜来八万四千の偈、他日如何が人に挙似せん」と全ての自然が常に説法していると喝破しました。
八宗要綱には「薄伽の教法に総じて無量の門あり・・・」とあり、金剛頂経も本来十万頌あったとされます。法身説法と考えれば森羅万象が説法しており経を説いていることは当たり前です。我々も一人一人がお経を書いているという事は当然だと思います。恥ずかしくない「お経」をのこしたいものです。
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