福聚講

平成20年6月に発起した福聚講のご案内を掲載します。

原爆の日に思うこと

2020-08-06 | 法話
今日は原爆の日です。
仏教者として原爆の日に際して、また核兵器に対してどうかんがえ行動するか、は自分でも解答が出ていません。
考えると「原爆を考えたのも、造ったのも、落としたのも、人の心』です。。そうすると人の心は原爆よりも恐ろしいということになります。十善戒で言うと「不殺生戒」の前の「不邪見戒」の段階でそもそも原爆を開発した者も命令した者も爆撃した者も関係者は永劫に続く計り知れない重い罪業を作ったことになります。こういう罪業を二度と作らせないためにも世界の人の心をいかに正常なものにしていくか、これが日本人に課せられた(当然仏教者に課せられた)使命ではないかと思ったところです。昔「地球を歩きやすくするために地面を皮で覆うことはできないが、一人一人の足に皮を履かせればよい」(つまり一人一人の心を穏やかにすれば地球は穏やかになる)という言葉を山田無文老師から聞いたことがあります。まずは自分自身の心の中の「「貪瞋痴」という原子爆弾を消滅させるべく努力しなければなりません。それが被爆者へのせめてもの供養になるのではないでしょうか。

今日一日だけでも十善戒を守ることがせめてもの被爆者への供養になると思います。
最近のコロナ禍に於ける世界の指導者の「餓鬼化・低俗化」をみるにつけてもいまこそ十善戒を説く仏教の歴史的使命があると切に思います。
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