第一、真言宗名章
(真言宗という名称は大日経及び金剛頂経によるもの。真言の宗名は身語意の三密の中では語密について建ているが之によって声字即実相の深意を示し、以て一切諸法の本不生を覚らしめんがためである)
真言の宗名は人師所立の宗名の比にあらず。教主大日如来自ら両部大経の中に建立したまへるところなり。大日経に云く、「衆生に隋順してその種類の如く真言教法を開示す」(大毘盧遮那成佛神變加持經卷第二入漫茶羅具縁眞言品第二之餘)と。金剛頂経に云く、「真言陀羅尼宗は是れ一切如来秘密の教え、自覚聖智修証の法門なり」(略述金剛頂瑜伽分別聖位修證法門序に「夫眞言陀羅尼宗者。是一切如來祕奧之教。自覺聖智頓證法門。」とあり)凡そ真言といふは法身如来の言語なり。この言語は能く諸法の実相を顕して如義真実なるがゆえなり。ここに種々の異名あり。或は陀羅尼宗と名つ゛け、或は明と名つ゛け、或は神呪と名つ゛け、或は密号と名つ゛く。陀羅尼と名つ゛くる所以は陀羅尼は総持の義なり、一字一文に無量の教法義理を総摂し、無量の光明・神通・福徳・智慧等の徳を任持するが故也。彼の世間の周易の八卦にすらよく天地万物治乱興廃の理を含めり。なんぞ況や法身如来の真言をや。故に高祖大師は「一字に千理を含む」(「般若心経秘鍵」に「真言は 不思議なり 観誦すれば 無明を除く 一字に 千理を含み 即身に 法如を証す・・」とあり)次に、明と名つ゛くる所以は、真言は是れ如来智慧の光明輪の中に炳現して自体清浄円明なり。若し能くこれを念誦する時は無用業障悉く消滅して身心共に清浄円明なることをうべし。故に蘇婆呼童子経に曰く「たとえば室内に久来より闇あらんに若し灯を将いて入らば即ち暗滅するが如く、念誦の灯を以て罪障の闇を照らさば悉く消滅することを得」(蘇婆呼童子請問經卷下分別道分品第十に「譬如室内久來有闇。若將燈入即便闇滅。以念誦燈照罪障闇。悉得消滅。念誦眞言乃至呼摩。便獲成就・・」とあり)
次に神呪と名つ゛くる所以は之を念誦する時は不思議の法験顕れて現身に五神通を得るべき故あり。欲界の他化自在天にも自在悦満意の呪あり。天王ひとたびこれを唱ふる時は、微妙の衣服飲食等の物忽ちに現れて欲界の天衆一時に快楽を受ることを得る。また色界の摩醯首羅天王には勝意生の呪ありて一時に三千大千世界の衆生に応じて各々所願を満足せしむ。(大日経巻六、悉地出現品に「・・又善男子如摩醯首羅天。有勝意生明。能作三千大千世界衆生利益。化一切受用遍受用」とあり)僅かに有漏の福報力によりて得たる世間の神呪すら猶ほ此の如し。況や一切智智を具したまへる如来所説の神呪をや。不空三蔵のいはく「此の中の真言文字、三摩地相応の威力を以て真言者の支分に遍布するに由って麤重の身を変じて微妙の色身を得易し威徳自在にして寿量無尽なり。」(不空の総釈陀羅尼讃に「・・三摩地密言者。由此中眞言文字三摩地相應威力。遍布眞言者身支分。變麁重身易得微妙色身。獲得五神通威徳自在壽量無盡・・」とあり。)
次に密号と名つ゛くる所以は、真言は法身如来内証智の言説なれば自眷属の諸尊を除きては自余の因人の測り知る所にあらざるが故也。故に龍猛菩薩は之を軍の密号にたとへ給へり。凡そ顕教の宗意は有為の諸法を離れて無為の空理を証明するにあり。有為法の中においても声字言説のごときは色法の所摂にも非ず。是れ仮法の中の仮法なりとして一向に遠離するところなり。是れ未だ法身如来所具平等三密の深旨を知らざるが故也。この義具さには以下に述べるが如し。真言の宗名はこの三密の中には且く語密について建つるなり。語密について建つる所以は之によって声字即実相の深意を示し、以て一切諸法の本不生の実義を覚らしめんがための故なり。法身如来の三密は平等無礙なるゆえ、語密の一法即ち三密の全体にして真言密教の深義すべてこの宗名に摂し尽くさずといふことなし。