地蔵菩薩三国霊験記 2/14巻の11/16
十一、貧を轉じて富を得る事
愛宕山に蔵算房と云ふ僧、本は仁和寺の門下なりしが天性貧窮無福にして更に一粒の依怙もなく、此の旧業を思ひ地蔵菩薩を信仰して他事なくぞ念じける。去る程に星霜相移て六十餘の春をぞ送りけるに宿業の故に埋木の何花咲くともなく簟瓢(たんひょう)屡空く増して老樹の事なれば入里乞食の起動も心の如くならず、自然老病に侵され一生将に尽んとほっす。彼の僧哀みを成しける。或夜夢中に小僧一人立向給ひて告げ玉はく、宿業の拙き者は必ず貧賤に生じて不如意の老躰になる。此の苦を免れんと欲せば早く伯耆の大山に詣り難苦の行を至し、積累の功を励むべし。必ず小分の利益あるべしと云々。彼の僧夢覚めて思念すらく、今老身になりていかばかりの楽しみを望むべきにあらねども今生の因亦未来の果なり。しかのみならず彼の権現は地蔵の應化として大智慧明神とあらはし玉ひ和光利物新に在す。何ぞ忽ちの義を致さん。若し勤行の中、身退ば亦幸いにあらずやと急ぎ伯州大山に登り形の如くぞ苦行しけるに病患も安くなり再び枯れ木の春に値が如くなれば修法勤行畢て故郷に皈りけるに、修験世に無双名價を披き富利人に越へたり。されば一夢を以て二を得たり。福を得、病は平復を得。信(しんなる)哉、彼の經の中に衆病悉く除して財宝盈溢の益を挙げ玉ふこと(仏説延命地蔵菩薩経「亦是菩薩は十種の福を得しむ。一は女人泰産、二は身根具足、三は衆病悉除、 四は寿命長遠、五は聡明智慧、六は財宝 盈溢、七は衆人愛嬌、 八は穀米成熟、 九は神明加護、十は證大菩提。」)併しながら是れ地蔵薩埵の大悲門を開き無為寂光の室に引導し玉はんとの方便なり。貧乏の病身の族を信ずべからざらんや。